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日がな一日
004


「孝ちゃん彼女いるのに、そんなの冗談でも言わないでよ」

軽薄な孝太に対して瀬田は珍しく怒っていた。
詩音と付き合う前は特定の相手を作らず遊んでばかりいた孝太だが、詩音と付き合った後もその性格は変わらず浮気とも呼べる行為を繰り返していたのだ。
一応詩音は彼女として特別扱いではあったものの、少し思いを寄せていた相手だったこともあり孝太の彼女への扱いには前々から思うところがあった。

「あいつのことなら気にしなくていいぜ。そもそも俺たち、偽装カップルだからな」

「え、…え!?」

孝太からの衝撃的な言葉に瀬田は一瞬放心した。その場かぎりのいい加減な嘘などではなく、彼の顔は大真面目だった。

「詩音はさぁ、やっぱいいとこのお嬢様、しかも一人っ子だからそれなりの相手を婿養子にとらないといけないわけよ。椿みたいに婚約者がいるわけじゃないけど、あいつ真面目だからいつか別れる男と付き合うのは相手に悪いとか思ってるわけ。それでもたった一度の高校生活、恋人がいる青春を経験したいってんで、俺に彼氏役頼んできたんだよ。変な女だろ?」

「……そ、それほんと?」

「ほんとだって、本人にきいてみろよ。俺はお前にバラしたのアイツに知られたら、かなり怒られるだろうけど」

「立脇さんは、何で孝ちゃんに?」

詩音が彼氏役を誰かに頼んでいたとして、他人から見て理想の彼氏とはいえない浮気性の孝太を選ぶなんておかしい。瀬田のその考えはばっちり伝わったらしく、孝太は不満げに顔をしかめた。

「どういう意味だよ。あいつが言うには俺なら自分に本気にならないから、だとさ。偉そうに、何様なんだよな。お前といい詩音といい失礼すぎ。俺が傷つかないとでも思ってんの?」

「……」

「それに言っとくけど、俺は詩音にいっさい手ぇ出してねぇからな。あくまで彼氏"役"だったし。だからそんな目で見んな」

手の早い孝太が詩音に何もしていなかったと知って、瀬田はほっとしていた。美男美女のお似合いカップルだと恋人同士になった二人を祝福していたはずなのに、心のどこかでは女遊びを続ける孝太は彼女にふさわしくないと思っていたのだ。今なら詩音がそんな孝太に怒ることも悲しむこともなかった理由がよくわかる

「まあでも俺も詩音がいたら、最初から遊びでもオッケーって女ばっか寄ってくるから楽だったよ。持ちつ持たれつってヤツだな」

「孝ちゃんは立脇さんが好きじゃなかったの? 付き合いたいとは思わなかった?」

「そりゃ顔はいいし嫌いじゃねえけど、ヤらせてくれない女とか論外だろ」

「……」

最初からわかっていたことだが、萩岡孝太は最低の男だった。友達としては嫌いになれなくても、孝太の暴言に気分が悪くなった。

「俺が本気で好きな奴ができたら彼氏役は終わりって、最初からそういう約束してんだアイツとは。だから、な、いいだろ?」

「何が?」

「俺とお前が付き合っても」

「……え?」

孝太のしつこさと本気の目に瀬田も何と答えればいいのかわからなくなる。言い寄ってくる女性はたくさんいるのに、何故自分などと付き合いたいのか。正直、椿への当て付けぐらいしか思い当たらない。例え何が理由でも答えは一つだ。

「む、無理」

「はぁ!? 何でだよ。俺には彼女も婚約者もいねーし、椿よりも良い男だろうが」

「……う、浮気されるのは嫌だから」

もっと根本的な理由があるはずだが、瀬田は何故かそれしか言えなかった。女遊びの激しさと軽薄さ、それぐらいしかすぐには駄目なところが思い付かなかったというのもある。

「おいおい、浮気なんか男なら一度くらいするだろ。一人だけでいいなんてのは不細工の綺麗事で、結婚なんかしたら嫌でも一人選ばなきゃいけねーんだから、それまでに色んな女を試したいってのが男子共通の本望だぜ」

「さ、最低だ」

「自分に正直って言えよ」

女遊び云々以前に、まず彼の人間性を疑うべきだと孝太の発言に引いていた瀬田は思った。いくら顔がよくてもこれはいけない。

「……でも、瀬田がいうならお前以外に手ぇ出すのはもうやめる。瀬田以上に一緒にいてほしい奴はいないし、身体の相性もいい。俺が欲しいもんは全部お前が持ってる」

「孝ちゃん」

確かに瀬田にとっても、孝太は大事な存在だった。ずっとホモだのなんだのと言われ続けたことも最早怒ってはいない。恋愛感情など持ったことはないが、ここまで熱烈に口説かれたら頷いてしまったかもしれない。昔の自分なら。

「ごめん、すぐには返事できない」

「なあ瀬田、俺は本気で…」

「駄目だって」

「何でだよ」

「まず弘也に訊いてみないと」

「は?」

大事な事を決めるときは相談しろと言った友人の許可なく返事をするわけにはいかない。けれど孝太はその瀬田の返事に激昂した。

「何であの眼鏡にきくんだよ」

「俺の判断はろくなことにならないし、弘也の方がちゃんと考えられるから」

「それがおかしいっつってんだろーが。あの眼鏡のいうことなんかきいてられるか。杵島の意思も、それこそお前の意思も関係ない。お前は俺のもんだ」

「弘也がいいって言ったら、孝ちゃんのものでも何でもなるよ」

「……」

瀬田はもう一人ではない。孝太に流されそうになって、断る口実に弘也を使ったのは自分が弱い証拠だ。けれどもし弘也が本気でいいと言えば、瀬田は孝太と付き合ってもいいと言ったのは嘘ではなかった。それくらい、瀬田は弘也を信用していたのだ。






孝太は瀬田が出ていこうとするのを止めたが、身体を洗いたいと言われれば無理には引き止められなかった。そのまま自分の部屋に戻りここには帰ってこないとわかっていても、今はその背中を見送るしかない。どうせここにずっと閉じ込めることなどできはしないのだから。


瀬田がいなくなって冷静にものを考えることができるようになったが、自分が彼にしてしまった事に後悔はなかった。元々自分はずっとこうしてやりたかったのだ。
詩音に彼氏のふりなどという失礼なお願いをされたときだって、断らなかったのは瀬田が彼女の事を好きだと気づいていたからだ。自分が付き合えば瀬田も詩音を諦めざるをえない。告白して玉砕する勇気もなく、影ながら詩音を想う瀬田にあの時の孝太はイラついていたのだ。

孝太はずっと、いつか瀬田に相応しい女をあてがってやろうと思っていた。しかしそんな女は一向に見つからなかった。それもそのはず、もとより、孝太は誰にも瀬田をわたしてやる気などなかったのだ。それに気づくのが遅れて、一年近くも瀬田を一人にさせてしまった。

「くそっ……」

自分自身に悪態をついて、じっとしていられなくなった孝太は財布だけを持って部屋を出た。一階にある自販機で飲み物を買おうと廊下を歩いていると、タイミング悪く大嫌いな男と鉢合わせしてしまった。


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