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日がな一日
003



あの時も今も、孝太はどこまでも瀬田から逃げていた。瀬田は何度かこちらと話そうとしていたが、そのすべてを拒絶し、彼がホモだということを言いふらした。それで瀬田が孤立していることに満足していたのだ。




「あんた、こんなとこで一人だけサボっていいのかよ」

瀬田から離れるためひたすら足を進めていた孝太は、気づくと人の殆どない下流にまで来ていた。すると背後から、今はあまり聞きたくない声で呼び止められた。

「…お前、何でここに」

「それはこっちのセリフ。せっかく人気のないところでゴミ拾いしてるフリしてたのに、瀬田からあんたを怒らせたどうしようって、連絡きたんだよ」

「俺の居場所アイツにおしえたんじゃねぇだろうな」

「まさか。俺はどちらかというと瀬田にはあんたと関わって欲しくねーし」

「……」

杵島弘也の存在は彼が転入してきた時から、孝太を酷くイラつかせた。どこにでもいそうな地味な男のくせに、自分に真っ向から反抗してあっという間に瀬田の友人というポジションにおさまってしまったのだ。瀬田とつるんでいるせいでホモだのなんだの言われてもまったく気にしていない図太い男だ。

「頼まれなくても俺はあいつと話す気はねぇ」

「そりゃ良かった。それ聞いて安心したよ。瀬田には俺の方からよくよく言っておくからさ」

満面の笑みの杵島を孝太は殴り飛ばしたくなったが、時と場所を考えて我慢した。孝太自身喧嘩をしたことは何度もあるが、状況をよく見てしていたことなのでその事実が明るみに出たことはない。

「お前こそ、瀬田なんかと一緒にいてホモだのなんだの言われんの嫌じゃねーの? それともお前元々あいつのお仲間なわけ?」

孝太が杵島を苦手とするのは、考えが読めないからでもある。色々な意味で瀬田には相応しくない男だ。

「え、なに? まさかお前瀬田がマジでホモだと思ってんの? おめでたい奴だなー」

「…は?」

その挑発的な口調も癇に障ったが、杵島の言葉は聞き流せないものだった。

「潜在的バイなのは確かだろうけど、あいつは基本的には女が好きだよ。立脇さんとかゆり子様と一緒にいるときのが楽しそうだし。椿とかいう野郎より断然好きそう付き合いたそう」

「だとしても、あいつ自身が椿が好きだって言いやがったんだぜ。だいたいその気がなけりゃ男なんかとヤれるかよ」

「いやーそれには俺も完全同意だけど。ほら、瀬田ってアホじゃん? 救いようのないアホだからさー、自分が椿が好きだって錯覚してんのよ。アホだから」

「……」

アホという言葉を何度も使われ、孝太のイライラはさらに増した。自分はよくても、自分以外の人間が瀬田を馬鹿にすると腹が立って仕方がなかった。

「椿の方は知らねえけど、もし瀬田が本気ならとっくに付き合ってるだろ、あの二人。瀬田は椿とかいうクソ野郎に無理矢理ヤられて、そのショックから逃げるために奴を好きだって思い込もうとしてるんじゃねーの」

「無理矢理?」

「殆ど無理矢理だよ。椿にも瀬田にもあんまり自覚ねーけどさ。あいつから話聞いてない?」

何も聞いていない、と答えようとして気づいた。聞いていないのではない。ずっと聞こうとしなかったのだ。

「何かこういうとあいつ結構悲惨な人生送ってんな。友達には嫌われて、生徒会長に襲われて、勉強もスポーツもできないし、どんくさいし。いや、それは関係ないけど」

「無理矢理…」

瀬田は多少性格が気弱でも、体格は大人顔負けの男だ。その瀬田が椿なんかに無理矢理犯されるなんて考えたこともなかった。それに瀬田は助けを求めてこなかったのだ。男のプライドか、孝太を信じきれなかったからなのか、それはわからない。けれどあれだけ守りたいと思っていたはずの瀬田を守れなかったばかりか、突き放してしまったのは事実だ。

「でも大丈夫、なんたって今は俺が瀬田のそばにいるからな!」

杵島の言葉がやけに重たく響いた。とんでもない会話をしているはずなのに杵島の声は怖いくらい明るかった。

「椿って結構ヤバイ奴じゃん? このまま放っといたら瀬田も流されて付き合っちゃうかもだけど、それは瀬田のためにならないと思うんだよ」

メガネのフレームを押さえながら考え込むポーズをとる杵島。孝太よりも低い身長にも関わらず、見下ろされているような気がした。

「椿のことはさっさと忘れるように俺が瀬田をきっちり躾けてやるからさ。あとは任せてくれ」

杵島の申し出は孝太にとって都合がいいはずだった。瀬田に関わることなく椿から引き離すことができるのだから。けれど目の前の男に任せていいとはどうしても思えなかった。

「今の瀬田は俺のいいなりだから、その気になれば椿を拒絶させることくらい簡単だよ。あんな男、瀬田には相応しくない」

確かに椿は瀬田からすぐにでも引き離すべき存在だ。しかし目の前のこの男も、孝太には同じくらい危険に見えた。


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