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日がな一日
002


まだ一年生だった冬のこと、萩岡孝太にはどうしても我慢ならないことがあった。
最近、大嫌いな従兄弟、椿礼人が自分の知らないところで親友の瀬田にちょっかいをかけていることを知ったのだ。これは釘を刺してやらなければと思い立ち、おさまりきらない怒りを抱えながら椿を呼び出した。自分から従兄弟に会う約束を取り付けたのはこれが初めてのことだった。

いくら椿の性格の悪さを日頃から教えているとはいえ、瀬田は誰かを強く拒絶したりできない性分だ。椿が何を考えているのかわからないが、自分の友にしつこく付きまとってもらっては困る。

話し合いのために椿が待ち合わせ場所に指定したのは生徒会室だった。その頃の椿は会長ではなかったが、その日は生徒会活動のない日で、部屋には二人しかいなかった。

「椿、うちのクラスの瀬田柊二と話したことあるか?」

生徒会室の奥にある会長専用の席に勝手に座る椿に、脅すような口調で訊ねた。頬杖をついた椿は顔色一つ変えず孝太の質問に答えた。

「あったらどうなんだ」

「もう話すな。あいつは俺の連れだ」

孝太の言葉に椿は笑った。ようやく孝太の方を見た椿は椅子に座ったまま足を机に乗せる。おおよそ孝太の前でしかしないような、偉そうだとかそういうレベルを超えた態度だ。

「ちょうど良かった。僕の方からも孝太に頼みがあったんだ」

「……頼み?」

「僕と瀬田くんの関係を認めてくれ。孝太がそうやって僕を必要以上に嫌うから瀬田くんも困ってるんだぞ」

「…関係って、んなもんただの無関係だろ」

椿は笑顔を絶やさないまま首を振る。足を組み替え、よく通る声で良い放った。

「お前は知らないだろうけど、瀬田くんは僕の事が好きなんだ。孝太に認めてもらえなければこれからもコソコソと付き合っていくしかなくなる。彼にそんな辛い思いをさせるのはお前だって嫌だろう」

「は、はあ? なんっだよその妄想、頭おかしいんじゃねぇの。瀬田がお前の事なんか好きなわけねーだろ。てかお前、ホモかよ」

椿の言葉は突飛すぎてまるで理解できなかったし、ついに勉強のしすぎで頭がおかしくなったのかと思った。冗談にしても椿がなぜそんなホラ話をするのかわからず、ひたすら気味が悪かった。

「僕は同姓愛者じゃない。ただ瀬田くんがあんまり必死だから、応えてあげてもいいかと思ったまでだ」

「はは…馬鹿かお前。いくら俺でも、そんな嘘に騙されるわけねぇだろ」

「嘘? その言葉は聞き捨てならないな。不愉快だ。疑うなら瀬田くんに直接訊けばいい」

「俺の従兄弟に恋愛感情があるかって? んなキチガイ話できるか。真面目に言ってんなら頭おかしいよ、お前」

「孝太は、瀬田くんの左の股にホクロがあるのを知っているか」

「……は?」

「知らないだろうな。あんなところ普通にしていれば見えないし。でも瀬田くんは身体は綺麗なものだったから、あそこのホクロがよく目立っていた」

椿の妄言としか思えない言葉に愕然とする。この従兄弟は頭が良すぎてついに妄想までするようになってしまったのか、それとも…。

「他の誰も知らない彼を知っているくらい、僕達は濃密な関係だということだ。まあ、お互い初めてだったから、あまり余裕がなくて堪能できなかったのが残念だったが」

「…っ!」

「…孝太?」

孝太は椿をその場に残し、昇降口に向かって走りだした。椿の話はやけにリアルで、もし嘘ならば椿の演技力を褒めるしかないくらい真実味があった。椿に言い返すには瀬田の口から真実を聞くより他なかった。あんな嘘真に受けるなんて馬鹿だと思われてもかまわない。早く瀬田に会って安心したい。そしてもう二度と椿には近づけさせないと、孝太はすでに固く誓っていた。


「瀬田!」

寮に帰っているはずの瀬田の部屋の扉をドンドンと無遠慮に叩く。瀬田の同居人はいないことが多く、その存在を気に止めたことはなかった。瀬田いわく、萩岡がよく突入してくるのが嫌で一人部屋の友人の部屋に逃げ込んでいるらしい。

「…孝ちゃん? どうしたの」

ドアを開けた瀬田の前をむすっとした顔で通りすぎ中へ入る。瀬田が扉を閉め戻ってきたのを確認して、孝太は口を開いた。

「頼むから本当のことを言ってくれ。瀬田はあのクソ野郎が好きなのか」

「クソ野郎?」

「椿だよ」

「…えっ椿くん!? なんで!?」

「いいから訊かれたことに答えろ。椿の野郎が好きなんて嘘だろ? 第一お前もアイツも男なんだから」

「……」

とにかく答えが欲しくて性急に瀬田を責め立てる。こんな質問をいきなりされて瀬田が困るのはわかっていたが、それだけ孝太は焦っていた。

「なあ、いいから早く違うって言えよ。とにかく否定してくれたら、それで俺は……」

瀬田の無言の理由が驚きだけではないことにようやく気づき、言葉をなくす。瀬田は視線を泳がせながら震える唇から声を絞り出した。

「椿くんが、そう言ったの…?」

顔を真っ赤にさせ口にした瀬田の言葉は、孝太にとって肯定も同じだった。その瞬間、少しずつ積み上げてきた何かが崩れていく気がした。

人に慣れない瀬田をひたすら守り、変な虫が寄り付かないよう気を配っていた。なのに瀬田はよりにもよって椿礼人なんかを好きになり、誰にも知られないように密会していたというわけだ。それは瀬田がホモだということよりもずっとショックなことだった。

「じゃあまさか、アイツとヤったってのもマジかよ」

「そ、そんなことまで孝ちゃんに話したの?」

「お前…」

もう少しで掴みかかりそうになるのを必死で堪える。自分の知らない一面が明るみになった瀬田に孝太は最早我慢の限界だった。勢いのままに壁を殴り付け、その音が部屋中に響く。

「クソッ! ……なんでだよ、俺があれだけ言って、あれだけしてやったのに、お前は何で椿なんか好きになるんだよ!」

「ま、まって孝ちゃん。俺は別に隠れてこそこそ会ったりする気はなかった。あれは、なんていうかその…」

瀬田が否定しない、つまりそれは椿の言葉は事実だということだ。一生懸命言い訳しようとする姿をこれ以上見ていたくなくて、孝太は瀬田に背を向けた。

「孝ちゃん、待って!」

「うるさい。もうお前と話すことはねぇ。勝手にやってろ」

「孝ちゃん!」

瀬田のことをなにより大切に思っていた分、裏切られたショックは大きかった。椿側の人間になると選んだのは瀬田自身だ。その時の孝太には、ただ自分を拒絶し椿を選んだことを必ず後悔させてやるという強い決意のみが残っていた。


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あきゅろす。
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