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日がな一日
自問自答




萩岡孝太はこれまで、それなりに恵まれた人生を送ってきた。裕福な家の子に生まれ、元俳優の父親に似た端正な顔立ちで、勉強もそれなりにできてスポーツも得意だった。
けれど孝太の前には常に従兄弟の椿礼人が立ちはだかっていた。本家の跡取り息子である椿には勝てない、勝ってはいけないという刷り込みは簡単に消えることはなく、また椿の方も孝太を格下に見ていることは明白だった。孝太だけではない。椿礼人は大半の人間を当たり前のように格下に見ていて、しかもそれを隠そうともしない。そんな椿をもちろん孝太は大嫌いだったが、顔を合わせるのは親族の集まりがある時くらいでそれほどストレスになる存在ではなかった。母親の命令で、一緒の高校に入ることになるまでは。

椿礼人も自分と同じ四季山高校だという事に気づいたのは入試を終えた後だったが、意図的に内緒にしていた母親を怒鳴ったりはしなかった。同じ高校とはいえ同じクラスになる可能性は低く、関わり合いにならなければ良いと思っていた。親族会での対応を見る限り向こうがこちらに干渉してくるとも思えない。
椿礼人は顔と頭は良いが、あんな我が儘で自分勝手な性格ではまともな友人などいないのだろうと思っていた。あれではいくら頭がよくてもただの勉強ができるだけの男だ。

けれど予想に反して高校での椿はまるで別人のように礼儀正しく、人望もあり誰もが彼を褒め称えた。心を入れ換え成長したのかとも思ったが、学校以外で会う椿はこれまでとまったく変わらず、ただ猫を被っているのがわかって余計に腹立たしくなったりもした。
せめて自分の友人にだけはわかって欲しいと椿の本性を洗いざらいぶちまけ、従兄弟を嫌っていることを堂々と公言してやった。反感を買うことも覚悟の上だったが、それくらいしか腹いせにできることがなかったとも言える。しかし椿は孝太のやることなど気にもとめず、何を言われても無視を決め込んでいた。それが孝太の怒りを助長させ、椿に対する嫌悪は日に日に増していった。だからこそ親友だと思っていた瀬田柊二が、椿に好意を持っていると知った時のショックは計り知れなかった。



孝太が瀬田と初めて会ったのは、高校受験の時だ。たまたま同じ教室で席が近くで、ただそれだけの出会いだった。だが孝太はその時のことをよく覚えている。ただ黙って座っているだけで絵になるその姿は、孝太の目に焼き付いてなかなか離れなかった。

自分の周りにいる友人は見た目の良い連中が多い。よく目に入る顔ならば、見苦しくない方がいい。それが孝太の持論だ。顔がいいだけの男なら見慣れているが、瀬田はその他の比ではなかった。

その日に瀬田と話す機会はなかったが、無事入学して同じクラスに彼の姿を見つけた時、孝太は迷わず話しかけた。県外からきた瀬田は知り合いが一人もおらず、明るく友好的な孝太に積極的に話しかけられ仲良くならないはずがなかった。

その外見に似合わず、人見知りで内向的な瀬田は孝太とは性格が真逆だったが、一緒にいることはまったく苦ではなかった。人の好き嫌いが激しい孝太だったが、お気に入りにはとことん甘かった。瀬田のことは特別視していたし、誰よりも優先して大切にしてきたつもりだ。だからこそ、瀬田が椿を好きだと言ったことがどうしても許せなかった。




「孝ちゃん!」


自分の思考に追い込まれていた孝太は、瀬田の言葉によって現実に引き戻される。久しぶりにまともに見た元親友の顔は、相も変わらず端整なものだった。

「お願い、俺から逃げないで」

もうその声も聞きたくなければ、その姿を見たくもなかった。なのにこの男は、しつこく自分を追いかけてくる。いや、一旦は繋がりが切れたはずだ。少なくとも瀬田は孝太から離れようとしていた。なのにまたこうして目の前に現れるのはなぜなのか。

「…なんでだよ。お前、なんでそこまでしつこくするんだよ」

瀬田は自分の言葉など信用していない。それが分かった今、話す価値などない。椿に好意を持っているというのは、それだけで酷い裏切りなのだ。

「俺はもう、お前とは関わりたくないんだよ。それくらいわかれよ」

大事にしていたはずの友人を前にして、孝太は冷たく言い放った。けれど瀬田はそれに怯むことなく、むしろ怒って言い返した。

「な。なんだよそれ! 関わってきたのはそっちだろ! 嫌なら俺なんか無視してれば良かったじゃんか!」

「はあ? そんな昔のこと蒸し返すんじゃねえ」

「昔じゃない! 椿くんのことがあってからも、ずっと地味な嫌がらせしてきたじゃんか! 今だって弘也に俺のことで喧嘩売ったりして、だからこっちだって無視できないんだからな!」

「…っ」

瀬田の言葉に、孝太は何一つ反論できなかった。それと同時にショックだった。確かにいらないと捨てたはずの瀬田に、難癖つけて関わっていたのは他ならぬ自分だ。だからこそ瀬田はこうやってやめさせようとしているのではないか。

「…いや、ごめん。こんなこと言いたかったんじゃないんだ。でも孝ちゃんが嫌なら、もう前みたいに戻りたいとは言わない。けど俺も生徒会に入るかもしれないし、喧嘩したままでいたら周りにも迷惑かけると思う。だから仲直りして…せめて普通に話せる程度の関係に戻ろうよ」

お前なんかいらないと切り捨てたのは自分の方だ。それなのに瀬田から捨てられたような錯覚を起こすのはなぜだろう。自分が子供でただ癇癪をおこしているようにしか思えないのはどうしてなのか。

「…うるせえ」

「孝ちゃん?」

「うるせえっつってんだよ! 要はお前のこと無視してりゃいいんだろ! 上等だやってやるよ! 何を言おうと、俺はお前が大っ嫌いだ。仲直りなんて馬鹿なこと、二度と言うんじゃねえ!」

「ま、待ってごめん、そうじゃなくて…うわっ」

逃げようとした孝太の腕を掴んだ瀬田の手を振り払うも、その反動で瀬田は地面に倒れてしまう。そこまで強く押したつもりではなかったが、瀬田の運動神経ゼロを忘れていた。

「おい! 何やってんだよ!」

大丈夫か、という言葉は孝太達のやり取りを目撃したらしい一年の夏目の声に止められた。いつもため口で生意気な夏目は、慌てて瀬田に駆け寄ると孝太を睨み付けてきた。

「柊二? 大丈夫か? おい萩岡、何やってんだお前」

「夏目くん、俺が勝手に転んだだけだから」

「いや、でも…」

「大丈夫。ありがとう」

夏目の年下とは思えない偉そうな口調にも反論する余裕はない。夏目に支えられる瀬田を見て、漠然ともう終わりだと思った。孝太は瀬田から逃げるようにして、走ってその場から立ち去った。


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あきゅろす。
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