日がな一日
003
「あー、柊二くんと正路くんだ〜〜」
瀬田と夏目が食べ終わりかけた頃、詩音とゆり子がやって来た。風呂上がりの格好をした二人はすでに制服ではなく、ゆり子は学校指定のジャージだったが詩音は薄ピンクのパーカーを着ていて可愛さが五割増しだった。無意識のうちに凝視していた瀬田に気づくことなく、彼女はごく自然に夏目の隣に座ると笑顔で話しかけてきた。
「二人ともいつの間にそんなに仲良くなってたの? いいな〜私達も混ーぜて」
「ちょっと、詩音」
「いーじゃんゆり子ちゃん。私達も生徒会なんだし仲良くなろーよ」
ゆり子はため息をつきながら、渋々といった風に瀬田の横に腰を下ろす。だいぶ慣れてきたとはいえゆり子に近寄られると瀬田は緊張で縮む気がした。
「そんなことより夏目くん、あなた何でこっちで食べてるの。許可してないはずだけど」
「……あー、悪い悪い。柊二と一緒に食べたくってさ」
「でもこっちに来たの今日だけじゃないよね」
「あ、やっぱバレてた? やー、面目ない」
「面目ないの使い方おかしいから。まあ夜は食べる時間違うし、うるさく言ったりしないけど」
「副会長優しい〜。話わかる〜〜」
「調子にのらないで。いちいち注意するのが面倒なだけで、あんたなんか仕事できなきゃとっくに追い出してるんだから」
冷たく言い放つゆり子にも夏目は堂々とため口で話している。メンタルが強すぎる後輩に瀬田がいっそ感心していると、詩音に話しかけられた。
「柊二くんが弘也くんと一緒にいないの珍しいね。どうしたの?」
「えっと、弘也は叔父さんの家に行ってるよ」
「叔父さん?」
「この近くに住んでるみたいで、あんまり俺もよくわかんないんだけど」
椿に話したから広まっていてもおかしくないと思っていたが、どうやら誰も弘也が理事長の甥だということは知らないらしい。
「そうなんだ。柊二くん夜はいつも弘也くんとご飯食べてるの?」
「普段は部屋で一人ですましてるよ。昼は一緒に食べてるけど」
「えー、どうして夜は一緒に食べないの?」
「うーん、わざわざ食堂まで来るのが面倒だから……? どのみち弘也は叔父さんとこ行ってるみたいだし」
「毎日? 何で?」
「さあ……。それは俺も知らない」
瀬田も気になっていたが、なんとなく立ち入ってはいけないような気がして訊くことができなかった。人にはそれぞれ事情があるのだし、何でもないことならそのうち話してくれるだろう。
「もしかして弘也くん、叔父さんとデキてたりしてー」
「……? で、でき?」
「あはは、冗談だよ。いや、ちょうどこの前読んだゆり子ちゃんの本にそういうシチュエーションが…」
「きゃああああ!」
いきなり叫びだしたゆり子にコップの水をかけられる詩音。突然の出来事に唖然とする瀬田達の前で、二人は派手に言い争いを始めた。
「何すんのゆり子ちゃん! 酷い! 冷たい!」
「ごめん、つい……でも詩音がとんでもないこと言うから! だから何であんた私の本勝手に読んでんの!」
「うわーん、服がびしょびしょだよー」
「だからごめんってば! タオル借りてくるから待ってて」
「あ、ゆり子ちゃん私も行く〜〜」
慌てて駆けていくゆり子とそれを追いかける詩音。相変わらず仲が良いのか悪いのかわからない二人だ。彼女の背中を見送った後、瀬田は夏目と顔を見合わせた。
「あいつらいきなりどうしたんだ。ゆり子の様子おかしかったよな?」
「さあ……女子の考えてることってわかんないから」
あの二人の喧嘩よりも、先程の詩音の冗談が瀬田の頭の中に残っていた。弘也が叔父とデキてるなんて冗談でもありえないと思うが、他にそれらしい理由が思い付かなくて、瀬田はその後夕食が終わるまでしばらく無駄に悩むはめになった。
相手が何も話さないならそれでもいい。地雷を踏んでしまうくらいなら余計な質問をするべきじゃない。少なくとも瀬田はそう思っていた。けれど毎晩叔父の家へ行く不可解な友人の行動に、もっともらしい説明をつけられない限り詩音の冗談を真に受けてしまいそうだ。自分がホモだからなのか、一度聞いてしまったらその馬鹿げた冗談は頭から離れてくれそうになかった。
「はよー、瀬田」
「おはよう、弘也」
次の日の朝、またしても遅刻して1時間目の途中から登校してきた弘也は眠そうにしながらも授業を受けていたが、休み時間になると同時に机に突っ伏した。ピクリともしない弘也を瀬田は遠慮がちに背後から揺さぶった。
「弘也、大丈夫? 寝てないの?」
「寝た……けど、帰ってくんの遅かったから……」
「次数学だよ。寝てたら絶対怒られるよ」
「わかってるっつーの。くそー、叔父さんがなかなか帰してくれねぇのが悪いのにさぁ……」
「……」
弘也の意味深な発言に瀬田の下衆の勘繰りが進行する。調べたところ理事長には大学生の息子がいるらしいし、甥っ子に変な感情芽生えたりするわけがないのに。
「美形の甥っ子ならまだわかる。でも弘也、弘也だしな……」
「なに一人でブツブツ言ってんだよ、お前」
寝ぼけ眼の弘也が振り向き、瀬田と目が合う。改めて弘也の顔をまじまじと見たが、とても魔が差しそうな男ではない。
「弘也って叔父さんの家で何してんの」
気づくと自然に言葉が出ていた。言ってしまったと後悔する間もなく弘也が口を開く。
「何って。オセロとか?」
「…へぇ、オセロかぁー」
嘘くせぇなオイ、という言葉はさすがに言葉にできなかった。だがそんなもの夜中にわざわざ出向いて深夜までやることではないだろう。こんな風に誤魔化すなんて弘也にも隠したいの事があるのだろうか。
「瀬田も興味あんの? 今夜一緒に来る?」
「えっ。いや、俺なんかが行ったら邪魔だろ」
「別に邪魔じゃねえよ。叔父さんに瀬田の話したら会ってみたいって言ってたような気がしないでもないし」
「それほんと? テキトーに言ってない!?」
隠したいのかそれともすべて瀬田の思い過ごしなのか、いつもはわかりやすい弘也の考えが今はわからない。わからないが、自分が好きになってはいけないはずの男を好きになってしまったから友人まで変な目で見てしまうのだと瀬田は思った。ここは弘也の叔父に直接会って、この馬鹿げた考えを払拭してもらうしかないと、弘也の誘いを快く受けた。
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