日がな一日
理事長のお気に入り
次の日の放課後、弘也が遅刻の罰として居残り勉強をさせられるというのでので、瀬田は先に生徒会室に行くことにした。せっかく目的地が同じなのだから断られるのがわかっていても一緒に行こうと孝太を誘ってみたかったが、彼の周りにはクラスの女子が数人いて近づけない。クラスメートがいる中で話しかけたりしたら後で何を言われるかわからない。
「孝太ー、今日ちょっと付き合ってよ。生徒会休みでしょ」
孝太にひっついていた女子の甘えるような声が瀬田にも聞こえてくる。孝太に声をかけるチャンスがないかとひっそり聞き耳をたてていた。
「今日は休みじゃねえ。文化祭の準備とかあるし、忙しいんだよ」
「えー! じゃあ孝太と遊べないじゃん。駅前のカフェの新メニュー出てるから、一緒に食べに行こ?」
「……仕方ねぇな」
数人の女子にせがまれて孝太は立ち上がる。話をこっそり聞いていた瀬田は今日は生徒会を休むのだろうと思い、孝太を誘うのを諦めて教室から出ようとした。
「あ、柊二くん!」
「た、立脇さん……」
廊下に出たところで、鞄を肩にさげた詩音とゆり子に会った。笑顔で手を振る詩音に反して、ゆり子は相変わらずの無表情だった。
「柊二くんも今から生徒会室に行くの? じゃあ私達と一緒に行こー」
「うん、行くよ。ありがとう」
「孝太くん教室にいる? たまにサボるから私が引っ張ってかないとな〜〜」
「待って…っ」
教室に入っていく詩音の袖を瀬田は思わず掴んでしまう。女子に囲まれている孝太の姿を、詩音に見られるのはまずいと思ったのだ。
「柊二くん?」
「えっ、と……」
止めたはいいが何と言えばいいのかわからない。そもそも孝太の女好きと節操のなさは詩音ならば知っていることだ。今さら孝太と他の女子が仲良くしているところを見ても何とも思わないかもしれない。
「…詩音!」
こちらに気づいたらしい孝太は恋人の名前を呼びながら近づいてくる。当然のように女友達と腕を組みながらだ。
「迎えにきちゃった。掃除終わった? 生徒会室行こー」
女子を引っ付けた状態で堂々と姿を見せた孝太にも詩音はまったく動揺していない。いつもの愛嬌のある笑顔で臆することなく孝太に近づいていく。
「立脇さん、悪いけど孝太は今日は用事あるから」
「そうそう。ごめんね、せっかく来てくれたのに」
浮気といってもいいはずの状況を気にもとめない詩音に、女子二人が容赦なく噛みつく。正妻と愛人の諍いにその場にいた全員がハラハラしながら成り行きを見守っていた。
「孝太くん、今日休むの?」
詩音に訊ねられて言い淀む孝太と、瀬田は一瞬目があった。彼に睨み付けられたような気がして思わず身を固くすると、視線を元に戻した孝太は首を横に振った。
「いや、行く」
「じゃあ行こう。柊二くんもゆり子ちゃんとも一緒に」
「そいつらはいらねぇ」
詩音に言われてあっさり予定を変えた孝太に女子達が落胆した声でしつこく誘う。不満そうな彼女らを気にもせず、孝太は自分の鞄を肩にかけて詩音と腕を組みながら教室から出ていってしまった。その姿を見て、瀬田の後ろにいたゆり子か不満げに呟いた。
「ったく萩岡の奴、別に来なくていいのに。ほんと詩音には甘いんだから」
「孝ちゃん、立脇さんのこと大好きだもんね」
二人の後を追う瀬田とゆり子は、自然と並んで歩いていた。綺麗なゆり子と少し話すだけでガチガチに緊張するが、1年で同じクラスだった時は彼女とたまに話していた。瀬田はその時のことを思い出して懐かしくなった。
「孝ちゃんって、昔の呼び方に戻ってる。まさか仲直りでもしたの?」
「してない…けど。したいと思っているところで……」
「そうなの。別に無理する必要ないと思うけどね。萩岡がだいたい悪いに決まってんだから」
「はは……」
ゆり子と孝太は1年の時から相性が悪く、けれど詩音という共通点があったがためによく喧嘩していた。そしてお互い生徒会役員になった事で関係が悪化しているように見える。女好きの孝太ですらお手上げ状態になる程の男嫌いということなのか。本物の美少女相手に何を話せばいいかわからず、瀬田は気まずい思いをしながらゆり子と並んで生徒会室に向かった。
生徒会室にはすでに夏目がいて鍵を開けておいてくれていた。瀬田達が入ると笑顔で手を振りながら挨拶してくる。愛想はいいが相変わらず先輩に対する態度が軽い。ゆり子が怒り出すのではないかと思ったが、怒る価値もないとばかりに見事に無視している。
「おい、誰だよここのゴミ箱移動させたの」
来て早々に苛ついた口調になる孝太。たかが所定の場所にゴミ箱がないことぐらいでそんなに怒らなくても、と思うが彼は前からそういう事に細かい男だった。
「昨日動かしてそのままだっただけじゃん。そんなに怒らなくてもいいでしょ」
「やっぱりお前か! いい加減元に戻す癖つけろよ。探すの大変だろうが」
「ゴミ箱なんかすぐ見つかるって。萩岡いちいち細かすぎ」
「お前が大雑把すぎるんだろ。だいたいこの前も……」
言い合いを続ける二人を詩音と夏目はスルーしている。こんなのは日常茶飯事らしい。
1年の頃はここまで険悪じゃなかったのにと瀬田が思っていると、すぐ側まで来ていた夏目に笑顔で話しかけられた。
「よっ、柊二。今日弘也はどうした?」
「何か居残り勉強させられてる。遅刻が多いから」
「マジで? そんなんじゃ生徒会に入るの認められねぇだろー。どうすんだよ」
「補佐になってからはだいぶマシになったんだけど……」
弘也は生徒会専用の部屋をすでに与えられていることを隠したくて遅刻しているのかと思ったが、どうやら本人の言う通りゲームのやりすぎらしい。授業中もうつらうつらしていることが多いので、寝不足なのが聞かずともわかった。
「柊二、今夜一緒に夕飯食べねぇ?」
「え」
「せっかく生徒会になったんだからさ、親睦を深めるってことで。弘也も良かったら誘っといてくれよ」
瀬田は基本的に夜は部屋で購買で買ったもの部屋でを食べている。今まで一緒に食べる相手がいなかったのと、わざわざ外に出るのが面倒だったからだ。昼間と違い生徒会のメンバーを見られるかどうかもわからないのに寮から食堂へ向かう気にもなれなかった。
夏目からの誘いは嬉しかったので瀬田はすぐに頷こうとしたが、正式な生徒会役員の夏目と食べられるのかふと疑問に思った。
「でも、食堂じゃ俺達席バラバラになるんじゃ」
「先生に生徒会専用の席に座る許可はもらったから。誰か正式な役員と一緒ならいいってさ」
「ほんとに?」
生徒会役員を影から眺めるだけだった自分が、一緒のテーブルにつけるなんて。嬉しいが本当にそんなことして許されるのだろうか。恐れ多いとは思ったものの断るにはもったいない申し出に、瀬田は興奮気味に頷いたのだった。
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