日がな一日
003
「お前、俺の足引っ張ったら許さねぇからな」
「……はい」
「てか俺はあの眼鏡が嫌だからお前と組むことにしただけだから。クラスで気安く話しかけてきたりすんなよ」
「わ、わかってるから、怒んないで孝ちゃん……」
「誰が孝ちゃんだよ、誰が」
「まあまあまあまあ、二人とも笑って〜仲良くしよ〜」
孝太と瀬田は組まされたものの、二人きりになることはなかったので詩音のフォローもあり喧嘩になることはなかった。孝太が何かを教えようとしてくれることはなかったので、瀬田はほとんど詩音から説明を聞いていたのだった。
「……つかれた」
「まったくだ」
ようやく解放されたのは夕方の六時。ここの生徒会は担当の先生があまり関わってこないので、ほぼ役員達が仕事をまわしているため忙しいらしい。今は週三回くらいの集まりで済んでいるが、文化祭が近づけば毎日生徒会室に通うことになりそうだ。
「こんなんじゃ全然マリと遊んでやれない。俺ら結局いいように使われてるだけじゃねーの。これで生徒会になれなかったらマジでキレるから」
「まあでもまだ始まったばっかりなんだし……それに弘也は田中さんと一緒にできるからいいじゃん」
本気でイラついているらしい弘也をなだめるも、彼はピリピリしたままだ。自分のフォローのやり方がいまいちだったらしい。
「そりゃお前が萩岡の方にいってくれたのは感謝してるけど、別にゆり子様と組んだからってどうなるわけでもねぇし、俺にはマリと遊ぶ方が重要」
「俺だったらゆり子様と話せたらそれだけでテンションあがるけどなぁ」
「いやあの人マジで男嫌いなのが態度でわかるからこえーよ。お前だってビビってたくせに」
「その高嶺の花感がいいんじゃん! 高飛車な感じがいかにも手の届かない美少女って感じで!」
「はぁ…、俺はお前と違って美形に興味ねーから……」
弘也はそういうが、綺麗な女性に興味のない男などいるのだろうか。そんな男はいないというのが瀬田の持論だが、弘也を見ていると本当に興味がなさそうに見えるのが不思議だ。
「でも萩岡さえいなけりゃ、書記って結構楽そうな仕事だよな。議事録とかテキトーに書いてりゃいいんだろ」
「それは違うよ弘也!!」
「な、何だいきなり」
突然声量を上げる瀬田に弘也は思わず距離をとる。瀬田は拳を震わせながら孝太の仕事について熱弁した。
「書記って色々仕事多いんだからな! 毎月出してる生徒会便りだって内容はみんなで決めるけど、殆ど書記だけで書いてるようなものだし。あと昇降口の掲示板に貼ってある今月の目標ってあるじゃん。あれ書くのも書記の仕事だから」
「えっ、あの超達筆な書写のやつ!?」
「そーだよ! 孝ちゃんめちゃめちゃ字綺麗なんだからな。弘也は知らないだろうけど、始業式の目次とかも先生に頼まれて孝ちゃんが書いたんだし」
萩岡孝太の字はその見た目に似合わず、習字はもちろんのこと普通の書き文字も美しかった。仲良くしていた頃は、整った文字を書く孝太の姿をすぐ横で飽きもせずずっと見つめていたものだ。
「へぇー、人って見かけによらねぇんだな。萩岡と組むのは大変だろうけど、お前は仲直りしたいって言ってたし、ちょうど良かったんじゃねぇの」
「うん、だから俺、ちょっと頑張ってみるよ」
仲直りの方法はまだ見つかっていないが、少しずつ態度を軟化させてくれればと思う。一緒にいれば話す機会も増えるだろうし、これは今の関係を改善させるチャンスだ。
「そうだ弘也、夕飯の時間まで俺の部屋に来ない?」
「お前の部屋? ああ、人数足りなくて今一人部屋なんだっけ」
瀬田は2年になって部屋が変わるとき確かにそういう説明を受けたが、いま思うと学校側の配慮だったのかもしれないと思う。瀬田がホモという噂はかなり広まっていたので、教師達が聞いていてもおかしくはない。
「弘也に見せたいものがあってさ」
「何だよ、気になるからダッシュで行こうぜ」
けして弘也が喜ぶようなものではないので、浮かれる弘也を見ると申し訳なくなってくる。思わせ振りなことを言ったせいで瀬田は弘也に引きずられるように、自分の部屋へと帰るはめになった。
「これが俺の部屋。生徒会室に比べるとだいぶ狭いけど、一人だからちょうど良いよ」
瀬田の238号室は廊下の突き当たりにある部屋で、階段から遠いのは不便だが隣人の生活音は比較的少なくてすむ。台所や風呂はもちろんなく、トイレも共同だ。けれど洗面台はあるし二段ベッドに場所を殆ど占領されているとはいえ、電化製品を持ち込むこともできる。
「おじゃましまーす……ってなんじゃこりゃ」
部屋が明るく照らされた瞬間、弘也が目を丸くさせて叫んだ。あまりの部屋の狭さに驚愕したのではない。壁に何枚も貼られたRemixのポスターに引いていたのだ。
「ど、どうして野郎のポスターがこんなに」
「ポスターだけじゃなくてカレンダーもあるよ。こっちが今朝見た佐々木嵐志。隣が相棒の目黒凪。どっちも同じ高校生とは思えないくらい格好良いよね?!」
「いやそんなこと聞いてねぇし。せめて女アイドルのポスターにしろよ何で男なんだよ。……お前そもそも男が好きなんだっけ? 椿が特別だと思ってたけど」
予想以上にドン引きする弘也にこの部屋を見せたのはまだ早かったかと後悔した。2年生になってからここに自分以外の誰かをいれたことはなかった。ぼっちになると同時にまるで現実逃避するかの様にアイドルにはまってしまったのだ。
「だからそれは違うんだって。俺が恋愛的に好きになったのは椿くんだけで、嵐志に関してはただの純粋なファン」
「ああ、そう」
「その顔信じてないだろ!? そりゃ本音を言えば椿くんの写真とか壁に貼って、携帯の待ち受けとかにしていつでも見てたいよ。でもそれやったらただのストーカーじゃん?! その点アイドルはいいよ。こんなことしても犯罪にならないから」
「……」
呆れたように肩をすくめ瀬田から視線をそらす。Remixのグッズで溢れた部屋を眺めながら弘也は居心地悪そうにしながらも腰を下ろした。
「てか瀬田の見せたいものってこれ? 別に見たくなかったんだけど」
「だって弘也は俺に大事なインコを見せてくれたじゃん。だから俺も、弘也に秘密を打ち明けたくて」
自分も弘也を信頼しているのだと示したかっただけなのだが、確かにこんなこと暴露されても困るだけだろう。自分の空回りっぷりに落ち込む瀬田だったが、弘也は励ますように優しく肩を叩いてくれた。
「そうか、そうだよな。俺にとってはクソ迷惑な行為でも、瀬田にとっては勇気を出してやってくれたことなんだよな。悪かったよ、ドン引きしたりして。お前が多少の変態でも、犯罪者にならないうちは俺は友達だからな」
「う、うん?」
色々とグサリとくる一言はあったものの、弘也はどんなときでも味方でいてくれるのだと改めて思えた。自分に寄り添ってくれる彼の存在は瀬田の中で少しずつ、けれど確実に大きくなっていた。
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