日がな一日
002
その日の放課後、瀬田と弘也は生徒会室へと足を踏み入れた。今日から生徒会補佐としてここで仕事をするのだ。役員達の美形オーラにあてられて瀬田はすっかりまいっていたが、弘也は早く終われという顔をしていた。
「二人に仕事を手伝ってもらうにあたって、誰の補佐につくか決めようと思う」
議長席についた椿が瀬田達を軽く紹介した後、そんなことを言った。その瞬間、役員達全員が顔を上げて瀬田達の方を見たので椿の話をまるで聞けていなかった。
「役職によって仕事も様々だからな。現在は基本的に1年が2年の補佐をしていて、僕には夏目くんが、副会長には佐々木くんが、立脇さんには中村さんがついている。書記の孝太は一人だが……」
「俺は補佐とかいらねえっつってんだろ」
「……と、まあ本人がこの有様だからな」
萩岡孝太はこの状況がよっぽど気に入らないのか始終不機嫌で貧乏ゆすりをしている。瀬田はそわそわしながら成り行きに身を任せるしかなかった。
「生徒会長の仕事は多い。夏目くんはよくやってくれているが、僕としては手伝いは一人でも多いと助かる。瀬田くん、君さえよければ……」
「失礼しまーす。遅れてすみませーん」
椿の言葉を遮るように、生徒会室に中村真結美が入ってきた。彼女は椿の姿を見つけると目を輝かせて駆け寄っていく。
「こんにちは椿せんぱい。まゆ、掃除当番で遅れちゃって……早く先輩に会いたくて急いだんですけどぉ」
椿へのわかりやすい空気を読まないアピール。いつもとまるで違う真結美の高い声に瀬田はいつもの事ながら凄いと感心していた。
「……あれれ、部外者がいる〜!」
椿から離れた真結美は圧倒されていた瀬田に近づいてくる。濃いアイラインのせいで迫力のある瞳に見つめられて思わず後ずさった。
「瀬田先輩こんにちは。まさかほんとに補佐になるなんて、しぶといですね先輩も。いいですよいいですよ、まゆが色々おしえてあげても。椿せんぱいには一切近づかせませんけどね」
「中村さん、あなた遅れてきてペラペラしゃべりすぎ。うるさいんだけど」
「ひっ、ご、ごめんなさいゆり子先輩……」
副会長、田中ゆり子の冷たい声が向けられて真結美が小さく悲鳴をあげて謝る。生徒会室に重たく気まずい沈黙が流れ続けたが、ムードメーカーの立脇詩音が新人二人に笑顔を向けた。
「まぁ何にせよ、仮とはいえ新しいメンバーが増えたのは嬉しいよね! 柊二くん弘也くん、私にアドレスと番号教えて? 仲良くしよ〜〜」
小さすぎて来客用ソファーに埋もれていた会計の立脇詩音が反動をつけて立ち上がる。瀬田のところまでやってきて、彼女の可愛い声で頼まれれば瀬田に断れるはずもなかった。瀬田と弘也は大人しく携帯を差し出したが、詩音が取り出した携帯を見て弘也が「うわっ」と声を出した。
「なにそれ!? 携帯!?」
「? そうだよ。可愛いでしょ」
詩音の携帯は明らかに装飾過多で携帯よりも大きなキャラもののストラップを何個もつけており、所見では携帯電話だとわからないような代物だった。瀬田は見慣れていたので何も思わなかったが弘也は口をあんぐり開けて目を真ん丸くさせていた。
「へー、立脇さんって結構痛いキャラなのかー。残念だな、せっかく可愛いのに」
「こら! 弘也こら!」
「詩音! お前俺以外の野郎の番号なんか登録すんなって言ってんだろ」
ずっと自分は認めてないし関係ありませんという顔をしていた萩岡孝太が、瀬田と詩音の間に割り込んでくる。けれど詩音はそれをあっさり無視した。
「生徒会役員は別って話だったじゃん。業務連絡とかあるんだから、やりづらくなるようなこといわないで。ね、ゆり子ちゃんも番号交換しよ」
「えっ、私?」
「そーだよ! ほら、携帯出して」
あの田中ゆり子まで巻き込んでアドレス交換という瀬田にとっては恐れ多くも願ってもない展開に、改めて補佐になって良かったと心から思った。自分から連絡など間違ってもできないが、アドレスに名前があるだけで強く生きていける。携帯電話を持つ手が震えた。
残念なことに他の役員の連絡先は聞けなかったが、瀬田は椿と夏目、そして孝太のアドレスはすでにわかっている。真結美のは知らないが、特に知りたいとは思わなかったので好都合だった。
「あ、そうだ。私から提案があるんだけどね。柊二くんと弘也くんはまだ慣れてないし、サポート役が絶対必要だと思うんだよ。でも私と孝太くんはまだ生徒会に入ったばっかりで、殆ど一年生組と変わらないわけじゃん?」
小さくて可愛い詩音に上目使いに見つめられて瀬田の心拍数がはねあがる。そんな瀬田の動揺など知るよしもなく詩音は瀬田と弘也をまじまじと見つめ続けていた。
「となると1年の時から生徒会にいる会長か副会長のゆり子ちゃんが良いよね。会長は忙しいだろうから、二人の世話役にはゆり子ちゃんが適任だと思うんだ〜〜」
「「は!?」」
何故か役員の殆ど全員が立脇詩音の発言に疑問の声をあげた。ゆり子本人ならわかるが、後の全員は何がお気にめさなかったのか。ゆり子は困ったような怒ったような顔をしながら親友に詰め寄っていった。
「ちょっと詩音なに勝手に…」
「だって嵐志くん仕事忙しくて殆ど来てないじゃん? 実質ゆり子ちゃんは孝太くんと同じで誰の面倒もみてないわけだし〜」
「それはそうかもしれないけど、佐々木くんがもし来たら、私3人も見なきゃいけないくなるんだけど。せめてどっちか片方にして」
ゆり子の冷たい口調にも慣れているのか詩音はまったく物怖じしていない。瀬田は自分が責められているわけでもないのに、自分達が原因でもめていると思ったら居たたまれなくなってきた。
「んー、じゃあもう一人の方は孝太君に見てもらおう」
「は? 何言ってんのお前。勝手に決めんな」
突然話し合いのただ中に引きずり出された萩岡孝太は、身を乗り出して恋人であるはずの詩音も容赦なく威嚇する。けれどさすが慣れているのか彼女はそのまま話を続けた。
「孝太くん、どっちを補佐につけたい? 柊二くんか弘也くん」
「どっちもいらねーから」
「じゃあゆり子ちゃんに決めてもらおう。ゆり子ちゃんはどっちと仕事する」
「え、私?」
「ほら、早く選んで」
詩音に促されたゆり子に見つめられて瀬田は緊張のあまり固まる。彼女に選ばれたらもう死んでも構わないくらい嬉しいが、そうなると弘也と孝太が組むことになる。それはなんとしても避けなければ。
「私は──」
「あの、俺……わっ」
自分が孝太と組んだ方がいいと提案しようとしていた時、横からすごい勢いで腕を痛いほど強く掴まれる。見ると険しい表情の孝太が瀬田の腕に指を食い込ませていた。
「……俺がこいつと組む。そこの眼鏡よりは何倍もマシだからな」
孝太のまさかの申し出に瀬田だけでなく皆が驚いた。詩音は不安そうに唖然とする瀬田と孝太を見比べた。
「ええ? ほんとにいいの? 二人ともケンカしない? 柊二くんの事いじめたりしない?」
「こいつが大人しく俺の言うこと聞けばな」
「柊二くんは? 本当に孝太くんでいいの?」
「……あ、うん」
弘也はどう思っているだろうかと横にいる友人を盗み見ると、時計を見ながらイラついた様子で足踏みしている。よほど早く帰りたくてたまらないのだろう。完全に上の空でまるで頼りにならない。
「瀬田お前、俺の足引っ張ったらただじゃおかねぇからな」
「……はい」
昔の優しかった孝太はもうどこにもいなかったが、こうして話せてるだけでも一歩前進できている気がする。瀬田はこのチャンスになんとか孝太と仲直りしたいと考えていた。
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