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日がな一日
006




「と、言うわけなんですけど…」

椿とのこれまでの件を話し終えた時、杵島は酷く疲れた顔をしていた。瀬田としては思い切って暴露したのだが、杵島の感想はとても短いものだった。

「それ、お前レイプされてね?」

「!?」

その一言に衝撃のあまり時間が止まる。何を言われているか理解した瞬間、瀬田は大袈裟に首を横に振りながら怒った。

「あの椿くんがレ……ィプなんかするわけないだろ! 椿くんに謝れ!!」

「そこ怒るとこ? だってあいつがお前を無理矢理襲ったってのは事実だろ」

「あれは無理矢理じゃなくて同意の上だから。だって、俺…」

もちろんはじめは嫌だったが、最終的には瀬田の方からしてくれとせがんでいたのだ。あまりに気持ち良かったとはいえ、あれは言い訳できるものではない。

「いやいやいや、お前おかしーよ。どう曲解しようとしても無理矢理だったし。なのに椿が好きとか言っちゃってバカじゃねーの」

「だって、普通好きでもない奴にあんなことされたら嫌じゃんか。でも俺、椿くんに触られても嫌悪感とかまったくなかった。だからそれはつまり、俺が椿くんを好きってことなんだよ!」

「…はあ?」

瀬田の超論理に最早何かを言い返す気力もなくなる杵島。その表情を誤解した瀬田は俯きがちに言い訳を始めた。

「だからって、婚約者から椿くんを奪おうなんて考えてないよ。あれからは椿くんにはちょっと呼び出されたり、触られたりしたけど、俺は断固として断ってきた!」

「いや、それそんな自慢げに言うことじゃないから。それにお前は椿を好きなんかじゃない。そうなるように仕向けられたというか、思い込まされたってのが正しいだろ」

胸を張って断言する瀬田に杵島の鋭い指摘が返ってきた。

「俺はお前が椿を好きとは思えねぇな」

「そんなわけ…っ」

「本当に好きなら、婚約者とか関係なく付き合うだろ。向こうがお前を選ぶって言ってくれてんだから」

「……」

そう言われて瀬田には返す言葉もなかった。確かに杵島の言うことには一理ある。けれど椿が好きと言う気持ちは他でもない瀬田にしかわからないことだ。それを杵島に憶測であれこれ言われるのは我慢ならなかった。

「でも俺が本当に椿くんを好きかどうかは、今はどうでもいい。…そうだよ。だってどのみち、俺は椿くんと付き合う気はないんだから」

「まあ、確かにそれはそうだな」

色々と言い返してやりたかったが、杵島を納得させられる自信がなかったので瀬田はとりあえずその場しのぎの言葉しか言えなかった。勇気を出して告白したのに、否定しかされなかったので瀬田はへこんでいたのだ。

「…よし、わかった。お前、俺が許可するまでもう何もするな」

「え?」

しょげていた瀬田に、杵島がやけに高圧的な口調でとんでもないことを言い出す。唖然としていると杵島は瀬田の肩に手を置いてやけに神妙な顔つきになった。

「俺はお前が心配なんだよ。このまま放っておいたら、悪い奴らにいいようにされるのが目に見えてる。だから、椿だろうか萩岡だろうが何か言ってきたら、一人で悩むんじゃなくて俺に相談してから決めろ。いいな?」

「ああ、そういうことか…」

杵島はただ自分を心配してくれているだけなのだ。それがわかって瀬田は嬉しくなった。杵島と友達になれて良かった。小さく頷いた瀬田を見て、彼は顎に手をあてながら考え始めた。

「と、なればお前を生徒会に入れるのは危険すぎるな。やっぱり他の方法考えねぇと…」

「いや、そんなことないよ」

「え」

「俺、生徒会に入るよ。杵島くんの補佐役としてだけど」

やっとできた友達の負担にはなりたくない。だが気が変わった理由はそれだけではなかった。
自分にも味方がいる。ただそれだけで瀬田はまるで生まれ変わったような気分だった。

「俺、いままでずっと椿くんと萩岡くんから逃げてた。でもそれじゃ駄目なんだよ。椿くんにはちゃんとわかってもらわないといけないし、萩岡くんと前みたいに戻るのは無理でも、ずっと喧嘩したままでいたくない。だからちゃんと二人と話したいんだ」

「瀬田、お前…」

「杵島くんがいてくれたら、俺、頑張れる気がする。だから、俺と一緒に生徒会に入ってほしいんだ…けど…だめかな」

かなり恥ずかしいことを言っている自覚はあった。引かれているだろうかと杵島の様子をうかがっていると、彼は満面の笑みを浮かべて瀬田に近づいてきた。

「そんなのいいに決まってるだろー! 全部俺に任せとけって! 俺だけは何があっても、瀬田の味方だからなっ」

笑顔で瀬田の肩をバンバン叩く杵島。今日はよく叩かれる日だと思いながらも、ようやく味方を得た瀬田は今までにないくらい強気になっていた。誰にも吐き出すことのできなかった愚痴をここぞとばかりに吐き出していく。

「だいたい、萩岡くんは怒りすぎなんだよ。そりゃ黙ってたのは悪かったけど、訊かれたらちゃんと隠さず答えたし。俺が誰を好きになろうと、萩岡くんには関係ないのに。男同士だからって、何であそこまで罵倒されないといけないんだって話なわけで」

「そーだそーだ。お前も言うようになったじゃねぇか」

「椿くんだって婚約断る的な言い回ししてたけど本当かどうか怪しいもんだよ。本気ならちゃんと断ってから出直してくればいいのに! いや、ほんとにされたら困るけど」

「そうそう根本的になってねぇんだよアイツら」

とりあえず萩岡と椿の悪口を言って今までの鬱憤をはらす瀬田。二人のことは嫌いにはなれなくても不満は常にあった。何か仕返ししてやりたいというわけではない。杵島に話を聞いてもらうだけで良かった。しかし最終的には愚痴ではなく、ただの悩み相談になっていた。

「…椿くんの事を避けるより、萩岡くんに嫌われてる事がつらい。親友には戻れなくても、たまに話すクラスメートぐらいの立ち位置に戻りたい」

「おい、なんかお前また泣きそうになってね? いーじゃねえか俺がいれば」

「一年の頃は幸せだった…。孝ちゃんの顔ずっと見つめてても誰にも何も言われなかったし。今じゃ視界に入れるのにも気を使って仕方ないからつらい」

「……俺じゃあ瀬田を満足させられなくて、ワリィな」

その後も瀬田は杵島と長い時間語り合い、これからの事について話し合った。ついこの間知り合ったばかりの二人は、この短時間で親交を深めていたのだった。


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