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日がな一日
005


瀬田が目覚めたとき、全裸でベッドの上に寝かされシーツをかけられていた。一瞬何事かと思ったが、すぐ隣で眠る椿に気づいた瞬間すべてを思いだし、瀬田はすぐに飛び退いた。

「うわああ!」

「……起きたのか、瀬田くん」

瀬田の悲鳴に近い声に目を開けた椿は下着こそ履いていたものの、今まで自分達が何をしていたか容易に思い出せる格好をしていた。
自分の身体を見ると汚れているところはなかったが、身体のあちこちが鬱血して赤くなり、すべて夢ではなかった事を思い知らされる。

「気絶するまで続けてしまってすまない。もっと優しくしたかったのに、理性が続かなくて。まさか瀬田くんが、あんな……」

あんな、何だと言うのか。いや、口には出してほしくない。あの時の自分はどうかしていた。男なのに女みたいな声を出して、椿に引かれてしまったのではないかと瀬田は不安だった。

「だが責任はちゃんととるつもりだ。君の気持ちはとても嬉しいし、僕はそれに応えたいと思ってる」

「…え?」

「僕と付き合おう、瀬田くん」

「……」

あの椿礼人から交際を申し込まれたことに、瀬田は驚きのあまり言葉を失う。相手の表情は真剣そのもので、冗談などではないのがわかった。女子なら誰もが彼の恋人になりたいと思っているだろうに、その椿が瀬田と付き合おうとしてるだなんて血迷ったとしか思えない。

「…無理だよ、そんなの」

「何故だ。繋がってる最中も、瀬田くんは僕のことが好きだと何度も言ってくれたのに」

「そ、そうだったっけ…」

そんな覚えはまるでないが、椿に抱かれている最中に何を口走ったかなんて正確には覚えていない。うわ言でそんなことを言ったのなら、きっと本音を思わずもらしてしまったのだろう。この時の瀬田はもう自分が椿を好きだったのだと信じて疑わなかった。

「瀬田くんは僕のことが好きなのに、どうして僕から逃げようとする」

椿と付き合えない理由は、男同士だとか周りの目だとか色々あるが、瀬田を思いとどめている一番の原因があった。

「だって椿くん、婚約者いるじゃん……。真緒ちゃん、だっけ」

「な…」

椿礼人には婚約者がいる。それはこの学校でも誰も知らない秘密だった。けれどずっと前から瀬田は知っていたし、椿の顔を見れば図星だとわかってしまった。

「瀬田くん、なんでそれを」

「孝ちゃんから聞いた」

「あいつ…っ」

萩岡から聞いたときはまだ恋心の自覚もなく、お金持ちは違うななどと思っただけだった。生徒会長に婚約者がいるなんてこの学校では大スクープだったが、萩岡には絶対誰にも言うなと釘を刺されていた。

「多分、孝ちゃん俺以外には誰にも話してないと思うよ。だから知ってるのは俺だけ。俺ももちろん言ってない」

「どうしてよりにもよって瀬田くんに言うんだ…」

「? さあ…?」

確かに萩岡はなぜそんな秘密を瀬田にだけ話してくれたのかわからない。彼と一番仲が良いのは自分だと瀬田は思っていたが、いくら仲が良くても言う必要はどこにもない。まさか自分でも自覚のなかった椿への想いを知られていたわけでもあるまいし。

「婚約なんて、親が勝手に決めてることだ。僕は納得していない。それに相手はまだ小学生だぞ!?」

「えっ、そうなの」

この婚約は未成年同士、しかも片方が小学生ということもあって他言無用だった。瀬田も女性側が小学生ということは知らなかった。

「そうだ。僕はあの子を妹としか見てない。婚約だって、まだ正式なものではないし…」

「でも、向こうは椿くんが大好きなんだろ。結婚する気満々だって、孝ちゃん言ってた」

「……子供のいうことだ。本気じゃない」

「小学生って、具体的にいくつなの?」

「……小五」

五年生ということは11歳くらいか。確かに子供だが、自分の意思ははっきりしている年頃だろう。

「瀬田くん、僕は君が恋人になってくれたら婚約なんて…」

椿の手が瀬田の手にそっと触れる。その優しい目を見ていると、彼ならきっと約束を破ったりしないだろうと思えた。
けれど同時に、萩岡の言葉も忘れられない。彼は言った。椿は絶対に家には逆らえないのだと。彼は親から甘やかされてはいるが、現在の椿グループ会長である祖父の命令には息子夫婦、そして孫共々、絶対服従。あの萩岡ですら祖父は恐ろしい人だと言っていたのだ。椿家の跡取りとして育てられてきた礼人に反抗など出来ない。産まれたときからそう刷り込まれているから。

「椿くんのことは好きだけど、付き合うなんてできないよ」

「瀬田く…」

「そもそもこんなことするべきじゃなかったんだ。ごめん、椿くん。俺達、もう関わらない方が良い。離れていれば、これ以上好きになることもないだろうし」

「そんな…」

その後も二人は押し問答を続けていたが、瀬田は最後まで折れることはなかった。顔も知らない椿の婚約者に対する罪悪感がそれを許さなかったのだ。
いつか別れが来ることがわかっているなら、傷の浅いうちに離れるしかない。今ならまだ間に合う。立脇詩音への恋心を忘れたように、椿礼人への想いも絶ち切ることができると瀬田はわかっていた。


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