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日がな一日
003※


強引に押し倒した割には触れるだけの優しいキスだった。何か柔らかいものが唇にあたっている、という事しかわからなくて、何をされているのかすぐには理解できなかった。

男にファーストキスを奪われた、という事を時間をかけて理解したものの頭の中は大混乱だった。しかも椿の手が服を脱がしにかかってきて、さすがの瀬田もこのままではいけないと思い叫んだ。

「待って待って! なんで、何でこんなことすんの!?」

「瀬田くんの気持ちなら、もうわかっている。あんなに毎日熱い視線を送られて、気づかないとでも思ったのか」

「…ん??」

瀬田は椿の事が好きだが、恋愛対象として見ているわけではないのでキスしたいなどと思ったことは一度もない。椿が大きな勘違いしている事に、この時になってようやく気がついた。

「違う、椿くん。俺、椿くんの事好きだけど、こういう事したかったわけじゃ…んっ」

その言葉は椿の唇に吸い取られ、何も言えなくなる。あの椿礼人とキスしているなんて信じられない。男相手でも椿ならば不快感などなかった。ただ倫理的にいけないということと、間違いを正さねばという思いしかなかった。

「んんっ、…っ」

どうすれはやめてくれるのか考えているうちに、椿が素肌に直に触れてきた。椿の長い指が瀬田の胸の突起までのびた瞬間、まるで電流が流れたように身体を奮わせた瀬田は腕を振り上げ暴れた。

「やっ、やめろっ!」

「っ…!」

肘が嫌な鈍い音をたてて椿の頬に思いきりぶつかる。肘鉄をくらった部分を椿は手でおさえながらうずくまった。

「あ…」

椿を、しかもよりにもよって彼の顔を傷つけてしまった瀬田は一瞬で目の前が真っ暗になった。痛みに顔をしかめる椿にひたすら謝り続けた。

「ごめん椿くん! 大丈夫!? 俺…っ」

「う……」

慌てる瀬田を椿は頬を押さえながら見上げる。怒ってはいないようだが、殴られたことに酷いショックを受けた顔をしていた。

「本当にごめん、でも俺、椿くんとこういうことは…」

「わかっている。…悪い、僕が性急すぎた」

とりあえず話がやっと通じて瀬田はほっと息をつく。わざとではないとはいえ椿の顔を傷つけてしまい、どう償うべきかそればかり考えていた。

「顔、よく見せて。痛くない? ごめんね、ごめんね」

椿の顔に手を添え手よく見ようとしたが、その瞬間彼に抱き締められ身動きとれなくなってしまう。固まる瀬田の耳元で椿が囁くように言った。

「いきなりで驚かせてしまったんだな。大丈夫、痛いことはしない。だからそんなに怖がらないでくれ」

椿はいったん瀬田から身体を離し、立ち上がって部屋の電気のスイッチを押す。薄暗くなった室内に、瀬田は訳も分からないまま身をすくませた。

「何で電気消すの…」

「この方が恥ずかしくないだろうと思って」

駄目だ。まるで話が通じてない。逃げろと頭のどこかで警報が鳴っているのに、身体が動かない。椿礼人には近づくな、という萩岡の言葉が今になってよみがえってくる。壁際に追い詰められた瀬田は、のびてくる手にただ怯えることしかできなかった。

「んんっ、嘘、なんで…!?」

椿の手が制服の下に滑り込み、瀬田の萎えていた一物を握る。その手を動かされてあまりの刺激に這ってでも逃げようとしたが、椿がそれを許さなかった。

「やめて椿くん、そんな汚いとこ、さわったらだめだ…っ」

「汚いもんか。大丈夫、痛くしない。気持ちいいだけだから」

「なんで…こんな、うそ…」

いくら瀬田が椿を好きだと勘違いしているとはいえ、いきなりこんなことをする理由にはならない。恥ずかしいやら恐いやらで瀬田は首を何度も左右に振った。

「お願い、俺っ、こんなことしたくない…。手を離して」

涙声になりながらも懇願する瀬田に、椿は小さく笑った。その間もずっと椿の手に刺激を与えられ続け、瀬田はいけないと思いつつも感じてしまっていた。

「そんな意地悪な事をいわないでくれ。ただ、気持ち良くしてあげたいだけなんだ」

「だからそれが、だめ、なんだって…あっ」

まるで話が通じない椿に瀬田は真っ赤になりながらもささやかな抵抗を続ける。今の椿には何を言っても照れ隠しとしかとらないだろう。もしまた椿を傷つけてしまったら、と思うと瀬田は小声で彼をなじることしかできなかった。

「あっ、んう、…ああっ」

瀬田の喘ぎ声と共にぐちゅぐちゅという卑猥な音が室内にやけに響く。いけないことだとわかっているのに、気持ち良くて身体の力が抜けていった。男に愛撫されているというのになんの嫌悪感もなく、彼の手で達してしまうという時、瀬田が思ったのは椿を汚してしまう、というたったそれだけだった。

「イッたのか、瀬田くん。気持ち良かったか?」

息を切らしながらも力をなくして椿の肩口に顔をのせる。そんな瀬田を椿は優しく受け止めていた。

「下着が濡れたな…。やはり脱がしておくべきだったか」

そう言うと椿は瀬田を抱き抱えるようにして腰を浮かせ、小さい子供にするように下着をスラックスごと下におろしていく。下半身に空気が触れ、瀬田は慌てて椿の手から逃れた。

「そのままじゃ気持ち悪いだろう。洗濯するから脱がせる」

「いや、いい! いいから…ってうわッ」

椿に下着をとられそうになり、慌てて立ち上がろうとした瀬田は足がもつれてソファーに倒れてしまった。すぐに起き上がろうとしたが、足が思うように動かず苦戦していると椿が上に覆い被さってきた。

「瀬田くん、どうしようか。僕の我慢がききそうにもない」

「なに、が…」

椿が今のではちっとも満足していないというのがわかり、瀬田は焦った。ただでさえ椿の前で醜態を晒し、その手を自分の汚いもので汚してしまったのだ。一時の快楽に負けてろくに抵抗もしなかった。それが椿の勘違いを助長させていたのは間違いない。今度こそ椿の誤解を問かなければならないのに、彼の顔が間近に迫って瀬田は目が離せなくなった。

こんな状況でも椿の眼差しは優しかった。優しくて綺麗で、思わず見惚れてしまう。彼が自分を傷つけたりするはずがないと信じられるくらい、慈愛に満ちた瞳をしていた。
瀬田はその目に、彼にほだされたのだ。椿からのキスを簡単に許し、彼から与えられる何もかもを受け入れようとしていた。


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あきゅろす。
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