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日がな一日
002


その日、瀬田は初めて椿の部屋に呼ばれた。いつもメールや電話ばかりでまともに話したのは図書室で初めて対面したのが最後だ。
いつも遠目でしか見ることのできなかった椿とまた間近で話すことができる。その事に瀬田はすっかり舞い上がっていた。



「お邪魔します…!」

誰にも見られないように細心の注意を払って瀬田は椿の部屋に入った。椿の部屋は生徒会専用の特別室で、広さと間取りは萩岡の部屋と殆ど変わらない。想像よりもごちゃごちゃと物が置いてあったが、男らしい部屋だとその時の瀬田は思っていた。本当は瀬田が来るため前日にかなり掃除をさせてこの有り様だったのが、瀬田がその事を知るのはまだ先の話だ。

「座ってくれ」

緊張しながらも椿に言われて座布団の上に正座する瀬田。自分のためにお茶を用意してくれる椿に瀬田は感激しきりだった。

てっきり机を挟んで真向かいに座るものだと思っていた椿は、お茶を出すと瀬田のすぐ横に腰を下ろした。椿の綺麗な顔が隣で瀬田を見つめている。彼をじっくり眺めて堪能しようと思っていた瀬田は、こんなに近くては凝視できないと緊張しながら思っていた。

「あ、あの椿くん」

「なんだ、瀬田くん」

どうしてこんなに密着するのかとういうことを聞きたかったが、それだと離れてくれと暗に言っているようなものだ。瀬田はひたすら自分の指を見つめながら、別の話題を探した。

「今日は、呼んでくれてありがとう。俺、会えるのすごく楽しみにしてた」

「僕もだ。孝太がいなければもっと堂々と話せるのにな。一緒のクラスのあいつが羨ましい」

理由はわからないが、椿は瀬田を相当気に入ってくれている。自分が大概つまらない人間だと思っていた瀬田はそれが不思議で仕方なかった。

「瀬田くんは、どうして孝太と仲が良いんだ? あいつとはタイプが違うように見えるが」

「まあ、それは確かに…」

入学初日に萩岡から声をかけられて以来ずっと一緒にいるが、萩岡自身もその周りも派手で明るい人たちばかりだ。大人しく控えめな瀬田とは真逆だったが、萩岡とは何故かすぐに友達になれた。

「孝太はそうでもないが、あいつの友達には危ない奴もいる。生徒会に入っていると素行の悪い生徒の名前はよく聞くからな。瀬田くんが巻き込まれないか心配だ」

「孝ちゃんとは仲良いけど、その友達とはあんまり話さないよ。俺がすごい人見知りだから、あんまり近づけないようにしてくれてるし」

たまに瀬田に話しかけてくれる生徒はいても、そのすべてを萩岡はシャットアウトしていた。何もそこまで、という徹底ぶりだったが瀬田は萩岡におとなしく従っていた。瀬田の方も萩岡がいればそれでいいという考えだったからだ。

「そうは言っても、瀬田くんは孝太に振り回されてるんじゃないのか。何か困ったことがあったらいつでも相談してくれ」

「大丈夫だよ。孝ちゃんああ見えて優しいとこもあるし…って椿くんの方がよく知ってるか」

「いや、僕は孝太のことはあまり知らない。親戚の集まりぐらいでしか会うこともないしな。何故か向こうには嫌われているみたいだが」

「孝ちゃん、ちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに嫌いになっちゃうんだよ。椿くんが悪いんじゃないと思う」

「ああ、そう言ってくれると嬉しいよ」

萩岡は椿を嫌っているが、椿の態度を見る限り彼の方はそうでもないらしい。萩岡の事を話す椿はとても穏やかだった。

「でも、あの孝太も瀬田くんの事はかなり気に入っているみたいだ。信頼もしてる」

「…そうかな」

「瀬田くんも、孝太のこと好きなんだろうな…」

「ま、まあ、そりゃあ友達だし」

何故か少し寂しそうにそんなことを呟く椿に、瀬田は照れながらも彼の言葉を認めた。この学校で萩岡という親友ができて、瀬田はとても幸せだった。

「でも、僕のことも好きだろう」

「え」

突然訊かれた突拍子もない質問に瀬田は改めて椿の顔を見る。ふざけているのかと思ったが、椿はいたって真面目に質問していた。

「別に隠す必要なんかない。瀬田くんはわかりやすいからな」

「う、そ…そうだけど……この話やめない? なんか猛烈に恥ずかしい…」

憧れていることをすでに告げているとはいえ、本人の口から言われるのには耐えられない。裏ではいくらでも騒げる瀬田だが本人を前にしてミーハー丸出しな態度をとることはできなかった。しかし椿はそんな瀬田に構わずどんどん詰め寄ってくる。

「君は僕と孝太だったら、どっちの方が好きなんだろうな」

「な、なに…どっちって、そんなの…」

小学生みたいな質問に慌てふためく瀬田。笑って誤魔化したいが椿の真剣な顔がそれを許さない。とにかく無難な答えを見つけるのに必死だった。

「瀬田くん、僕を見るんだ」

椿の顔がいよいよ近づいてきて慌てて距離をとろうとした瀬田だったが、椿がそれを許さない。彼は瀬田の腰に手を回し逃げられないようにしていた。

「顔が真っ赤だ。君は隠し事ができないんだな」

「椿くん、俺もう、駄目だから…離れてほしい」

心臓の鼓動が直に聴こえそうなくらいどきどきしている。今にも身体の中から飛び出してきそうだ。椿の声を間近に聞いて、この距離感がおかしい事に気づかないほど、瀬田は混乱していた。

後ずさる瀬田を見て微笑む椿。彼のその綺麗な目に見つめられ瀬田は抵抗どころか逃げる気も失せていた。

「椿、くん…?」

瀬田は椿のその目が特に好きだった。ぱっちりとした二重で黒目が大きく、初めて見たときとても優しそうな人だと思ったのを覚えている。馬鹿な瀬田は押し倒されてもなお、微笑を浮かべる椿に見とれていた。

「ん…!?」

そのまま椿にキスをされるまで、瀬田は自分の身に何が起こっているのかまったく理解していなかった。


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