日がな一日
自滅
翌日から杵島の生徒会役員としての素質を見るためのお試し期間が始まる予定だったが、その当日の朝、会長である椿から問題が起きたと杵島の携帯に連絡が入った。
「役員のうち一人が猛烈に拒否、あと一人が瀬田が来るなら受け入れてもいい、って言ってんだって」
「…は!? 俺!?」
杵島の言葉に瀬田は朝から卒倒しそうになった。杵島の役員テストに何故自分が赴かなければならないのか。見てる分には目の保養だが、関わるとなれば毒にもなる。それが生徒会だ。
「この反対してるってのはまず間違いなく萩岡だろうけどな。お前がいなきゃダメなのって誰なんだろ」
「いや、その前に何で俺がいないとダメなの」
「さぁ…」
「椿くんに誰がそんな馬鹿なこと言ってるのかきいてよ!」
「おしえてくんねーんだよ。こういうのは匿名の方がいいからって」
「よくないよー! 俺は関係ないし、行かないから!」
「でも何か、会長は来てほしい感じだけど」
「えっ、なんで」
「俺と萩岡が喧嘩しないように見張ってほしいんじゃね? お前に」
「えええ」
杵島に頼まれてくっついていっただけなのに、まさかここまで巻き込まれるなんて。瀬田に来て欲しがっているのが誰なのかわからないので、理由を聞くことも説得することもできない。
「お前が来れないなら、俺が仮生徒会役員になる話もなくなる的な言い回しだったな。瀬田が来る気になったらまた連絡してくれってさ」
「嘘だろ…俺、関係ないのに…」
こんな馬鹿な話があっていいのだろうかと瀬田が困って泣きそうな顔になっていると、杵島が腕を組んで考え込んでいた。
「もしかすると、向こうは最初から俺を入れる気なんかないんじゃないのか」
「? どういう事?」
「多分、会長は俺が理事長の甥っ子だって知ってたんだよ。だから無下に断ることができなくて、でも俺を入れるわけにもいかなくて、テキトーに無理難題押し付けて諦めさせようとしてんだろ。瀬田が嫌がるのわかっててやってんだよ」
「そんな…」
確かにもしそうならば昨日やけにあっさりと杵島の突然の頼みを受け入れた事にも納得がいく。
杵島は自分の推測にかなり自信を持っていたが、瀬田は信じなかった。
「椿くんは、そんなこと、しない…!」
「…いや、全部俺の勝手な考えだから聞き流してくれていいけどさ。でもお前が来ないとダメってのは事実だから、考えてみてくれよ」
「それは…」
「なぁ、頼むよ瀬田。俺を助けると思って。お試し期間の時だけだから。俺もお前がいると心強いしさ〜」
「い、嫌だ」
嫌だといったはずなのに、杵島にはもう少し考えてみてくれと押しきられた。瀬田を説得するより、生徒会の誰かが出したアホな条件を取り下げてもらうことを考えるべきだと主張したが聞き入れてもらえず。その後もずっと瀬田と杵島の押し問答は続いた。
その日の放課後も、瀬田は杵島の部屋に招かれていた。生徒会補佐の話は瀬田が同行を拒否したために頓挫している。その事で杵島に対して罪悪感を覚えないでもなかったが、もともと瀬田にそこまでして杵島を助ける義理などない。瀬田には生徒会室に行けない理由がありすぎるほどあった。
「会長なら、瀬田の事気にしてねぇみたいだし別にいいじゃん。それに萩岡の事だって相手にしなくていいって、会長が言ってくれてんだし。なー? マリ」
「そういう問題じゃないんだよ…」
いちいち隣の黄色い鳥に話しかける杵島に瀬田は涙ながらに訴えた。友人の頼みにはできる限り答えてやりたいが、これは自分の許容できる範囲を超えていると。杵島の方も無理を言っているのがわかっているのか、彼にしては下出に出ていた。
「俺だって瀬田には迷惑かけたくないと思ってんだよ? せっかくできた大事な友達だし。嫌な思いさせてぇわけないじゃん。でも生徒会の連中が、俺を餌にお前を誘きだそうとしてんだから、俺にはどうすることもできねーよ」
「もう一度、椿くんと話してみてよ。俺は関係ないんですって、ちゃんと言ってよ」
「一応また会えないかってお願いしてみたけど、今は忙しいからちょっと待ってくれだってさ。ありゃ話し合う気なんかないな」
「そ、そんなぁ」
もはや杵島が諦めるか瀬田が観念するかという話になってきている。杵島は簡単には諦めてくれそうにないし、すべては瀬田次第のような雰囲気になっている空気をなんとかしようと、必死に打開策を考えた。
「とにかく、一回他に方法がないか考えてみよう。俺も一緒に調べるから、ね?」
「えー、何もねぇと思うけど」
「いいから! 俺も考えるから!」
「んじゃまた生徒手帳でも隅々読み返してみるかな」
そう言って立ち上がった杵島は自分の通学鞄の中を探り始める。瀬田は杵島が他の手を考える気になってくれてほっとした。
「あれ…ここに入れてたはずなんだけど…瀬田ぁ、そっちの引き出し見てくれ」
「引き出し…」
「瀬田のすぐ後ろの棚。生徒手帳ないか?」
瀬田は言われた通り、背後にあった棚の引き出しを開ける。引っ越してきたばかりにしては色々書類やらなんやらが入っている。
しかし二番目の引き出しを開けた瞬間、瀬田は固まった。そこには小さな鍵があり、鍵にくっついていたキーホルダーから目が離せなくなったのだ。
その猫だか犬だかわからないヘンテコなキャラのキーホルダーに、瀬田は見覚えがあった。それは萩岡のロッカーの鍵についていたものと同じで、彼女である詩音からのプレゼントだった。男がつけるにしては可愛すぎるものだったのでよく覚えている。なんでも詩音の父が経営する会社のマスコットキャラらしく、広く出回っているものではない。
「悪い、瀬田。やっぱこっちの鞄に入ってたわ」
「杵島くん、これ」
瀬田の手に握られた鍵を見て、杵島が瞠目する。その姿を見た瀬田が、鍵を杵島の前に差し出した。
「もしかして、萩岡くんの…?」
その一言に、杵島の目が動揺して揺れた。それが瀬田にとって十分な答えとなった。
「嘘、まさか盗んだの?!」
萩岡が杵島を盗人呼ばわりした時、言い掛かりだと杵島を庇った。萩岡がまた勝手に思い込みだけで疑っているのだろうと、杵島の言葉を信じた。それが間違っていただなんて夢にも思わなかった。
「仕方ねぇだろ。俺だってやりたかったわけじゃない」
「だったら、何で…?」
「だってあいつ、初対面で俺を見るなり鼻で笑いやがったんだぜ。つまんなさそーなガリ勉が来たって聞こえるような声で言いやがった。今までの俺なら後でぶっ飛ばしてやるとこだけど、叔父さんから絶対喧嘩するな揉め事起こすなって釘刺されてたから我慢したんだよ。でもどうしてもむしゃくしゃして、机の上に転がしてあったから盗ってやった」
「そ、そんなの犯罪じゃんか! いくら笑われたからって、やっていいことじゃない」
瀬田が怒ると、杵島が面倒そうに息を吐いた。
「そんな大袈裟な、俺はちょっと困らせてやりたかっただけだ。萩岡だってもうスペア使ってんだから問題ねぇだろ。あーあ、さっさと捨てときゃ良かったぜ。まさか瀬田に見つかるなんて」
杵島が何でもないことのように吐き捨てた言葉に、瀬田は愕然とした。今の今まで友達だった男が言葉の通じない生き物に見えた。
「俺は、無理だ」
「へ?」
「杵島くんが反省してないなら、俺はもう杵島くんとは友達でいられない。そんなことする人と関わる気はない」
「おい、瀬田。何言って…」
「もう俺に、話しかけないで。ここにも、もう来ないから」
「瀬田!」
杵島の声を無視して瀬田は部屋を飛び出す。瀬田に拒絶された杵島は鼻先で扉を閉められ、部屋に一人残されることになった。
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