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日がな一日
004



「要約すると、生徒会に入りたいから、俺の許可が欲しいってこと?」

1組で夏目を捕まえた瀬田と杵島は、さっそく彼に杵島の生徒会加入をお願いしてみた。話を聞いてしばらく考え込んでいた夏目だったが、やがて笑顔でこう返した。

「俺はいいと思うよ。生徒会の人数増える方が助かるし」

「ほんとか?!」

「ほんとほんと」

「よっしゃー!」

夏目の言葉に杵島が目をキラキラさせて喜んだ。その姿を見ていると、見た目はもちろん中身も杵島の方が年下に思えてくる。

「問題は他の役員達が許してくれるかって事だな。杵島は転校生だし、全員となるとかなり難しいんじゃないか」

「それ! それが問題なんだよな〜」

いくら夏目が許してくれても、一人の許可では意味がない。生徒会のメンバーは萩岡を筆頭に一筋縄ではいかない連中ばかりだ。

「柊二のお墨付きなら、俺は大歓迎だぜ。ついでに柊二も入ればいいのに、生徒会」

「…俺!? ないない、絶対ない!」

夏目にとんでもないことを言われ慌てて首を振る。夏目が瀬田の事情を知らないはずがないので、本気で言っているわけではないだろうが冗談でもあり得ない。

「とりあえず、俺よりまず生徒会長に話すべきだと思う。会長が許可してくれたら、他の役員達も許してくれるかもしれないし」

「あー、なるほど、確かにそうだな」

「とりあえず俺が会長に連絡して、会えるようにしてやるよ」

「マジで!?」

さっそく夏目は携帯を取りだし、椿に連絡を取ってくれていた。その手際のよさに瀬田と杵島は頭を下げるしかなかった。

「俺、お前のこと礼儀のなってないため口老け顔野郎だと思ってたけど、すげー良い奴じゃん。見直したわ、これからよろしく」

笑顔の杵島が差し出した手を見て、夏目が少し困った顔をする。申し訳なさそうに杵島に頭を下げた。

「ごめん。俺、昔から人に触ったり、触られたりするのが苦手で。どんなに仲良い友達でも無理なんだ。握手はできねぇけど、気ぃ悪くしないでくれよな」

「ああ。いや、そういうことなら。俺の方こそ悪い」

夏目の言葉に、瀬田は萩岡が彼の事を接触恐怖症と言っていたことを思い出した。夏目らしくない恐怖症だが、そういうのは性格とは関係ないのだろう。そんな事情があるにも関わらず、瀬田を身体を張って助けてくれたことに改めて感謝した。

「また柊二に連絡したらいいか? 会長に空いてる時間聞いてみて、今日中には返事できると思う」

「「ありがとー」」

手を振って自分の教室に戻っていく夏目に瀬田と杵島はそろってお礼を言った。すぐにクラスメイトに囲まれる彼を見て、職員室に向かう間さすがの杵島も夏目を誉めちぎっていた。




その後、意外と早く瀬田の携帯に夏目から連絡が入った。今日の放課後、生徒会室で椿と会う時間を作ってくれたらしい。瀬田は何度も夏目に礼を言って、杵島にその事を報告した。


「で、何で俺まで一緒に行くの…?」

そして放課後、瀬田は何故か杵島に引きずられながら生徒会室へと向かっていた。

「お前が来た方が向こうの心証がいいからだよ。夏目もそんな感じのこと言ってただろ」

夏目は多少なりとも瀬田と関わりのある男だったから一緒についていったのだ。相手が椿となると瀬田はいない方が良いのではないかと思ったが、杵島は瀬田を連れていきたがった。

「それに俺、生徒会室の場所知らないし」

「じゃあとりあえず、案内だけなら」

生徒会室は校舎四階の閑散とした場所にある。原則生徒会役員以外の生徒は入れない上に用事がなければ近づいてもいけない決まりなので、瀬田達が着いたとき周囲に一般生徒の姿はなかった。

「俺はここで待ってるよ」

「えー、ここまで来たんだから入ろうぜ。隣にいるだけでいいから」

「やだって、椿くんと話すのはマズいし」

「話さなくても横にいてくれりゃいいんだってば」

二人が生徒会室の前でもめていると、突然目の前の扉が開いた。中から顔を出したのはこの学校の生徒会長、椿礼人その人だった。

「あ」

「そんなところにいないで、入ってきてくれ。騒がしくされると困る」

椿はその見た目を裏切らない美声で、瀬田達に声をかけた。杵島は会長のスタイルのよさに感心していただけだったが、瀬田は椿の大きな瞳に見つめられただけで息が止まりそうだった。

「どーも会長さん、俺は2年の杵島といいます。このたびは俺のために貴重な時間を割いてくださって…」

「いいから、中に入ってくれ」

「はい!」

杵島はフリーズしてしまった瀬田を引っ張り生徒会室へと入る。てっきり他の生徒会役員もいるのかと思っていたが、部屋の中には椿の姿しかなかった。

「広くて綺麗だなぁ、この部屋。応接室みたいで」

「まめで綺麗好きな役員がいるから、いつも生理整頓してあるんだ。どうぞ座ってくれ」

椿に促され瀬田も杵島と一緒に高そうなソファーに座る。会長自らお茶まで用意してくれて、ただの一般生徒なのにまるで客人扱いだった。

「はじめまして、僕が生徒会長の椿礼人だ。よろしく」

「あっ、これはどうもご丁寧に」

「杵島くんの事は知ってるよ。前に孝太と言い争っていただろう」

普通に話しているだけなのに思わず居ずまいを正してしまう、そんなオーラが椿にはあった。あの厚顔無恥な杵島がすっかり敬語を使ってヘコヘコしている。

「夏目くんからだいたい話は聞いているが、杵島くんの口から改めて聞かせてくれ」

就職の最終面接みたいな雰囲気に杵島はすっかりたじたじになりながらも、生徒会に入りたい旨を伝えた。もちろんインコが理由だというのは伏せてだ。
瀬田の方は椿を見ていると心臓に悪いので視線を不自然にそらしていたが、あまりに綺麗で好きな顔なので指の隙間からちらちらと盗み見ていた。

「──というわけで、是非椿会長に生徒会に入る許可をいただきたいと思いまして」

杵島が頭を下げると、椿はその姿を見てすぐ視線を瀬田に移した。

「話はわかったが、瀬田くんはどうしてここにいるんだ? 瀬田くんも入りたいのか?」

「えっ」

「いや、こいつはただの付き添いというか、生徒会選挙でいう応援演説的な」

「…?」

杵島の説明を椿はまるで理解できないようだった。瀬田自身もわかっていないのだから当然だ。

「…あまりよくわからないが、まあそれはいい。とりあえず、僕の意見を言わせてもらおう。杵島くんにはしばらく生徒会補佐として僕たちの仕事を手伝ってもらって、その素質を見る、というのはどうかな」

「えっ、そんなのいいんですか!?」

「ああ、ただ最終的には役員全員の決をとって決めるから、入れる保証はない。君の頑張り次第だ」

「はい! それでお願いします!」

「僕から他の役員達に話しておく。明日の放課後から来てもらえれば良いから」

話がトントン拍子に進みすぎて杵島と瀬田は最後まで戸惑っていた。しかし素直に喜べないのは萩岡がいる限り、生徒会全員に認めてもらうのはほぼ不可能だとわかっているからだ。

「そうだ、瀬田くんも杵島くんと一緒にやらないか」

「はい!?」

「瀬田くんには生徒会に入る素質があると僕は思っている。一度考えてみて欲しい」

突然の誘いに瀬田は驚いたが、考えるまでもなく断るしかない。けれど椿をはじめとする生徒会役員達をすぐ側で見られるなんて、大ファンの瀬田にとっては夢のような話だった。夏目や真結美、クラスメイトの萩岡はともかく、その3人以外の生徒会役員と関われる機会なんてないのだ。しかも椿から直々のお誘いなんて、もったいなくてすぐには断れなかった。

「俺が、生徒会に入るなんて、考えられない。…ごめんなさい」

「…そうか、それは残念だ」

椿の言葉に瀬田は頭が真っ白になっていた。瀬田の気持ちを知っている椿がどうしてそんなことを言うのか、どう受け止めればいいのかわからなかった。




その後、椿と連絡先を交換した杵島は彼からの連絡を待つこととなった。生徒会室を出た瀬田と杵島は、ようやく肩の力を抜くことができた。

「会長、すげーオーラだったな。瀬田が騒ぐ気持ちもわかる気がする」

「…うん」

「お前は本人前にすると無口になるけどな。顔真っ赤になって黙り込むから倒れやしないかってハラハラしたわ」

「だって、眩しすぎんだもん…」

椿への気持ちを忘れるために極力視界に入れないよう努力していたが、ひとたび彼をみるとどうしても見惚れてしまう。男相手にこんな気持ちになるなんて自分でもおかしいと思っていたが、瀬田自身にもどうしようもなかった。

「はいはい眩しい眩しい。てかお前生徒会に勧誘されまくっててウケる。会長だって瀬田の噂知ってんだろーに、なに考えてんだろ」

「俺も何であんなに誘われるのかわかんないよ…」

「だよなー。あんなに緊張しまくってたらお前なんか使い物になんないのにな」

杵島の言うことは正しいが問題はそれだけじゃない。瀬田が落ち込んでいると、杵島は深いため息をついた。

「まぁ少なくともお前の事を嫌ってはないってことだよな。会長ってちょっと偉そうだけど話はわかるみてぇだし」

「うん、そうだよ。椿くんは外見だけじゃなくて、中身もすごいんだ」

「んー、でもあの人の申し出はありがたいっちゃありがたいけど、ちょっとダルいんだよな。帰るの遅くなくなっちゃうしさぁ」

「な、なんて罰当たりな! せっかく椿くんが好意で言ってくれたのに。生徒会役員になったら毎日仕事することになるんだからな!」

チャンスをくれた椿に対してそんなことを言う杵島に、瀬田は思わず怒った。杵島は謝っていたがちゃんとわかっているのか疑わしい。杵島が生徒会補佐なんかして、他の役員達を怒らせたりしないか一気に不安になった。


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