日がな一日
生徒会になろう!
「今日、俺の部屋に来ないか?」
「えっ……」
「いや、そういう意味じゃなくて」
寮へと向かう途中、やけに神妙な顔をした杵島に瀬田は誘われた。いったい何のお誘いかと身構えたが、単に遊びに来てほしいだけらしい。誰かの部屋へ行くなんて久しぶりだった瀬田は、内心ウキウキしながら二つ返事で了承した。
この高校の寮は同じ敷地内にあり、生徒は基本二人部屋だが生徒会役員のみ個室を与えられている。ちなみに瀬田は生徒数の関係で今年から二人用の部屋を一人で使っていたりする。
「そういや俺、杵島くんの部屋知らないや。俺は238号室なんだけど、近い?」
「いや、近くはない」
「…?」
階段をのぼりながら何故か段々と口数が少なくなっていく杵島。彼からルームメイトの話を聞いたことがないので、自分と同じく一人なのだろうかと思ったが、すぐにそれはおかしいことに気がついた。
この学校の寮に余分な空き室はほとんどない。本来なら余っている瀬田のところに杵島が入るはずなのだ。
「杵島くん、それ以上上がると4階だけど?」
「…ああ」
瀬田の言葉は聞こえているはずなのに、杵島はどんどん進んでいく。4階は生徒会専用フロアーで、一般生徒の部屋は一つもない。通常の二人部屋の倍以上あるその個室こそが、生徒会役員最大の特権なのだ。
だから部屋が4階にあるのは不自然なのに、杵島は階段を上がってすぐの部屋の鍵を開け始めた。表札も何もない、ずっと空き室だった部屋だ。
「ここって…」
「いいから、とにかく入って」
このの部屋の鍵を持っているなんて、まるでここに住んでいるみたいではないか。
そう思いながらも部屋に入ると、そこは確かに生徒会専用の2DKの部屋で、生活用品と段ボールが置かれていた。
「正真正銘俺の部屋だから大丈夫。あがってくれ、説明するから」
「あ、うん」
生徒会役員でもない生徒がこの豪華な部屋を使うなんて通常ならあり得ないことだ。けれど彼は理事長の甥っ子らしいし、もしかしてそういう特別待遇もありなのだろうか。
「おじゃまします」
奥まで進むと、広いリビングは家具がすべてモノトーンで揃えてあり、一見するとシックでかなりオシャレな空間だ。白黒にするのが杵島のこだわりなのだろうか。テーブルの上にはオセロまで置いてある。
しかしその中で唯一、白黒ではないものが部屋の隅を陣取っていて、瀬田の目はそれに釘付けになった。
「何かさっきからピーピー聞こえると思ったら…!」
その身体の大きさから考えるとかなり広い鳥かごの中に、黄色い鳥が一羽ちょこんととまっている。置物でも剥製でもない、紛れもなく本物のインコだ。
「マリただいま〜〜。遅くなってごめんなぁ〜〜」
「!」
今まで仏頂面だった杵島が突然インコに駆け寄り、甘い声を出したので瀬田は驚きながら引いてしまった。マリというらしいそのインコの名前を何度も呼び、かごの隙間から出してきた嘴をつついている。普段の人格との変わりように絶句していた瀬田だったが、恐る恐る彼に声をかけた。
「…あの、杵島くん? 寮の規則よくわかんないけど、生き物は入れちゃ駄目なんじゃ──」
「ああ、それも含めて説明するから、とりあえず座ってくれ」
いきなり落ち着いて普段通りに戻る彼のテンションについていけない。お茶を用意してくれた杵島は俺の真向かいに腰を下ろした。
「そっちはうちのセキセイインコのマリ丸。俺の友達だから、仲良くしてやってくれな」
「マリ丸?」
「最初メスだと思ってマリって名前つけたんだけど、何かオスだったみたいだから後から丸ってつけた」
「へぇ…」
マリ丸というらしいインコは相変わらずピヨピヨ鳴きながらこちらをガン見してくる。小さくて可愛いといえば可愛いが、ゲージの中にいるとはいえ飛びかかってこられたら怖いので少し距離をとった。
「どこから説明しようかな…。とりあえずおれがこの学校に来た経緯でも」
あぐらをかいた杵島がオセロの盤を床におろして、お菓子の袋を並べてくれるが気軽に食べられる雰囲気ではない。珍しく真面目な顔つきの彼に瀬田は思わず正座をしていた。
「俺もともと、中学の時から叔父さんに裏口入学しないかって誘われてたんだけど」
「すごい話だなそれ…」
仮にも理事長がそんなことを堂々と言ってもいいのか。瀬田は理事長の事など何もよく知らなかったが、まさかそんな破天荒な人とは思わなかった。これから彼の見方が変わりそうだ。
「あの人、俺のこと超気に入ってるから。自分の子供には自力で入学しろって言ってたくせに」
「でも中学の時はちゃんと断ったんだよね?」
「ああ、だってここって全寮制だろ? 俺はマリと離れるとかあり得ないから地元の高校に入ったんだけど、そこでクラスメートと喧嘩して相手に怪我させちまって。しかも俺遅刻魔でサボり魔で問題児だったから、弁解する間もなく退学にされた」
「た、大変だったね〜」
退学の理由が予想と完全に一致していたのでつい棒読みになってしまう。そしてこの学校でも同じ末路になりそうで怖い。
「今から俺が編入できる学校なんて見つからなくて、叔父さんがマリもいいって言ってくれたから入ったのに、寮の規則にペット禁止って書いてて…」
「杵島くん、何か泣きそうになってない?」
「普通の部屋じゃインコいるの絶対周りにバレるから、叔父さんがこの部屋用意してくれたんだけど、ここって生徒会専用じゃん? 叔父さん理事会の人達にめっちゃ怒られてて…身内にあぐらかいてちゃ駄目だなって思った」
笑い事じゃないのはわかっているがちょっと笑ってしまう。まさか彼と叔父さんの職権濫用の理由が隣にいる黄色い鳥だなんて、杵島がちょっと可愛く思えてきた。確かに生徒会専用の部屋ならば防音対策が完備してあるので、隠れて飼うのも不可能ではないだろう。
「夏休みのうちに引っ越しすませたから、まだ誰も俺がこの部屋にいるって気づいてない。この階って部屋の間隔広いから通りがからない限りは見えないし、生活サイクルが生徒会とは違うし」
「まさか、杵島くんが遅刻してるのって──」
登校時間がかぶらないようにする努力なのだろうか。そんなバカなと鼻で笑い飛ばしたい話だが、本当に有り得そうなので笑えなくなってきた。
「でも、そんなのいつかは絶対バレて問題になる。だからそれまでに俺は、絶対生徒会に入らなきゃならねーんだよ」
「そうみたいだね…」
「というわけで、お前を親友と見込んで頼みがある。協力してくれ、瀬田!」
「ええ?」
いつから親友になったのかも知らないし、鳥なら実家で飼えばいいじゃんと思わなくもないが、切羽詰まった様子の杵島を前にすると何も言えなくなる。彼のその必死な姿に瀬田は頷くしかなかった。
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