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日がな一日
003



「はぁ? 何でお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ」

「目障りだからだろ、転校生。お前毎日うるせぇぞ」

「……」

放課後、杵島から一緒に帰ろうと誘われた瀬田は教室で待ち合わせしていたが、いつまでたっても杵島が来ないので彼を探すため校内を歩いていた。すると下校中の生徒がたくさんいる中、階段の踊り場で揉める萩岡と杵島を見つけてしまい、身を隠しつつこっそり近づいた。

杵島弘也という男は、考えなしのトラブルメーカーだ。前の学校を退学になった理由も、本人から何も聞いてはいないがなんとなくわかってしまう。
そして恐らく彼と同じタイプであろう萩岡孝太との相性は、誰が見てもわかる通り最悪だった。瀬田は二人をなるべく関わらせないように色々と気を使っていたが、少し目を離しただけでこの有り様だ。

「瀬田との事をとやかく言われる筋合いはねーだろ。あんたには関係ないんだから」

「同じ教室にいるだけで迷惑だっつうの。しかも昨日二人して詩音に声かけてたらしいじゃねぇか」

「あれは向こうから話しかけてきたんだよ。あんたがあんまりガキっぽいことしてるから、心配になったんだとさ」

「はあ? お前テキトーなこと抜かしてんじゃねえぞ」

自分が関わると萩岡の機嫌が悪くなるのはわかりきっていたが、このまま知らないふりをするわけにもいかない。教師を呼ぶべきかとおろおろしていると、なんと杵島の方から萩岡の胸ぐらを掴みあげた。

「ちょ…二人とも! ストップ!」

相当頭にきているらしい杵島が何かやらかす前にとすぐさま彼らを止めに入る。瀬田に気づいた杵島は、胸ぐらを掴んだまま気まずそうに目をそらした。

「瀬田! …いや、これは違う。こいつの方から絡んできたんだぜ」

「そんなのいーから! さっさと謝って帰ろう!」

「何で俺が謝るんだよ」

「その方が丸く収まるから!」

萩岡が説得できない相手である以上、杵島の方をどうにかするしかない。瀬田はなるべく萩岡を見ないように気を付けながら、杵島の手をとった。

「迷惑かけてほんとにすみませんでした! ほら、杵島くんも」

「えー、俺は謝ら……」

「じゃあ俺達はこれで失礼します!」

杵島の方も謝ってくれそうにないので、瀬田は何か言われる前に逃げるようとしたが、萩岡に腕を掴まれ阻止された。強く掴まれた腕が捻りあげられ、思わず痛さで顔がひきつる。

「いっ…」

「お前、そんなんで済むと思ってんのかよ」

「おい、瀬田に触んな」

瀬田を掴む萩岡の手を、杵島がさらに強い力で引き剥がそうとする。舌打ちした萩岡はその手を勢い良く振り払った。

「鬱陶しいんだよ、てめぇ!」

「うわ…っ」

萩岡に押されて杵島は身体のバランスを崩す。よろけた彼はそのまま倒れ、階段から落ちそうになった。

「杵島くん!」

瀬田はすぐに彼の腕を掴み、その身体を引き上げる。けれど反動をつけすぎて杵島の代わりに瀬田が今度は足場を踏み外し、頭から落ちていった。

「瀬田…っ」

落ちる、と思った瞬間から瀬田にはすべてがスローモーションに見えた。誰かの切羽詰まった声が遠くから聞こえた気がする。すぐに来るであろう痛みを覚悟して目を閉じたが、瀬田を襲ったのは鈍い衝撃だけだった。

「あっ、ぶねー…!」

すぐ上から声が聞こえ、誰かに抱き締められている事に気がついた。恐る恐る目を開けると、瀬田を庇いながら倒れている男と目があった。

「…夏目くん」

「大丈夫か? 柊二」

瀬田を助けてくれたのは、いつも何かと声をかけてくれている後輩、夏目正路だった。彼を下敷きにしてしまっていることに気づいた瀬田は慌てて起き上がった。

「ご、ごめん! 俺は大丈夫だから、夏目くんこそ怪我は──」

「平気平気。なんともないよ」

上半身を起こして腕を回し、怪我のないことをアピールする夏目。彼は瀬田の頭にそっと手を乗せ優しく撫でた。

「ちゃんと…ちゃんと気を付けろよ、柊二」

「え…」

夏目があまりに不安そうな眼差しを向けてくるので、申し訳なくなってくる。自分の不注意で夏目に迷惑をかけてしまったのだ。

「ごめん、でもありがとう…。俺無駄に図体でかいから、痛かったよな」

「俺はそんなにやわじゃねぇよ。気にすんなって、たまたま通りがかってラッキーだった」

美形の夏目の眩しい笑顔とVサインに、なんていい人なのかと感動さえ覚えた。そのまま声も出せずに惚けていると、杵島が慌てて階段をかけ下りてきた。

「瀬田! 怪我ねぇか!?」

「あ、うん。夏目くんが助けてくれたから」

確認のために立ち上がって身体を動かしたが、今のところ問題はなさそうだ。夏目も隣でストレッチをして、大丈夫だとばかりに瀬田に笑いかけてきた。

「ほんとに悪い、俺…」

「杵島くんのせいじゃないよ。俺が勝手に落ちただけだし」


「お前、よくこんなでかいの無傷で受け止められたな」

ゆっくり階段を下りてきた萩岡が、何でもないような顔をして夏目を見下ろし軽口を叩く。夏目はそんな萩岡にもフレンドリーな姿勢を崩さなかった。

「俺、一応鍛えてるから。こういう時に備えてさ」

「どういう時だよ。つーかお前、前に確か接触恐怖症だとか言ってなかったか? ちゃんと触れてんじゃねえか」

「そりゃー、こんな非常事態は別っしょ。萩岡だってそうだろ?」

「てめぇ、一年のくせにどんな口きいてんだ…! 今日こそその生意気な口塞いでやる!」

夏目の萩岡に対する態度も他とまったく変わりないので瀬田は他人事なのにハラハラした。ただでさえ沸点の低い萩岡が怒るのも無理はない。接触恐怖症という言葉に引っ掛かったが、いま質問できる空気ではなかった。

「同じ生徒会同士、仲良くしたいだけじゃん」

「黙れ…! 地べたに這いつくばらせて謝らせねぇと気が済まねぇ…っ」

「わあ、ごめんごめん」

「待て! このクソガキ!」

瀬田に手を振って素早く逃げ出す夏目を、キレた萩岡が追いかける。数人のギャラリーと残された瀬田は、杵島にベタベタと身体を触られていた。

「これ痛くねぇ? 一回保健室行っとくか?」

「大丈夫だって。俺のダメージ、全部夏目くんが受け止めてくれたから」

「なんだよ、そのだらしない顔」

「えっ、いや、夏目くんかっこよかったなと思って…」

「はあ? お前男なら何でもいいのか?」

「いやいや! そういう意味じゃなくて!」

夏目が抱きとめてくれた、あの時の感触が今でも残っている。よく知らない相手なのに身体を張って助けてくれた夏目を、瀬田は恋愛抜きで人として好きになっていた。


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