日がな一日
名探偵と穏やかな日々
次の日は、朝から杵島の姿がなかった。先生も連絡を受けていない様子だったので、心配になってほぼ強制的に交換させられたアドレスにメールを送ったが一向に返事がない。結局彼は二時間目が終わっても姿を見せず、瀬田は気になって授業に集中できなかった。
一方的に始まった友人関係だったがここまで気にかけている時点で、瀬田は自分がとっくに杵島を友達だと思っている事を認めるしかなかった。彼は変な男だが悪い奴ではない。一緒にいると楽しいし、久々に学校が楽しいと思えた。
だからこそ杵島が登校してこない理由が気になって、トイレで隠れて電話をかけたが彼はでてくれない。仕方なく教室に戻ると、杵島の机を堂々と漁る萩岡の姿があった。
「な、なにやってんの!? そこ杵島くんの机じゃ…」
「…あ? 見てんじゃねぇよホモ野郎」
止める瀬田を罵倒して、萩岡は杵島の机の中のものを取り出していく。それを見て周りの萩岡の友人達は笑っていた。
「おい孝太ぁ、眼鏡が来たらどうすんの」
「知るか」
「普通机の中になんか入れとかねーだろ、ウケる」
萩岡の友人の京川(きょうかわ)と矢形(やがた)は面白がっているだけで、止める気はない。萩岡の周りは同じようなタイプの男しかおらず、ましてやこのクラスに彼に何か言える生徒はいなかった。
「萩岡くん! やめてってば!」
口で言っても聞かないならと萩岡の腕を掴む瀬田。しかし相手はすぐにその手を振り払うと、ゴミでも見るような目でこちらを睨んできた。
「さわんな、気持ち悪い」
「だって、やめろって言ってるのにきいてくれないから…。何やってるんだよ」
「あの眼鏡、鍵以外にも何か盗んでるかもしれねーだろ。念のため確かめてんだよ」
「な……」
まだそんなことを言っているのかと呆れて言葉もない。どうすれば萩岡の馬鹿げた行為をやめさせられるのかと考えていると、こちらを見ていたクラスメートの女子が笑いながら近づいてきた。
「萩岡、やめなよー。瀬田くん超困ってるし」
「ごめんねー、孝太にはちゃんと言っとくからさ。転校生なんかほっとけって」
近づいてきた女子の一人が瀬田に手をのばしてくる。しかしその手が触れる前に萩岡が女子の手首を掴み自分の方へ引き寄せた。
「こいつに触んなって。ホモがうつるだろ」
「あはは、何それ酷〜い」
萩岡が女といちゃついている間に瀬田は杵島の机の中身を元に戻す。それに気づいた萩岡が瀬田の肩を掴んだ。
「おい、何やって…」
「チョーップ!」
瀬田と萩岡の間に、突然割り込む手。振り返るとそこには寝癖がついたままの杵島が手を構えたまま立っていた。
「杵島くん…!」
「おっはよ瀬田、俺の机で何やってんの?」
「いや、それは…」
萩岡が机を探っていたなんて知れたらまた喧嘩になるかもしれない。この場をどうやって誤魔化そうかと目を泳がせながら杵島と萩岡を交互に見ていたが、杵島の方はまったく気にしてないようだった。萩岡は舌打ちしながらその場から離れてくれたので瀬田は心底ほっとした。
「ま、何でもいいけど揉め事は御免だぜ」
「ははは…」
どの口が言うかと心の中で突っ込む。渇いた笑みを見せる瀬田に杵島がニヤニヤしながら近づいてくる。理由はわからないが遅刻してるくせに恐ろしく機嫌が良い。
「杵島くん、今まで何してたの? 電話したんだけど…」
「ああ、悪い寝てた。担任からの鬼電でさっき起きたんだよ。すげー剣幕で怒られた」
「寝坊ってこと?! 駄目だよちゃんと起きないと」
この学校にはまず遅刻する生徒はいない。特権のある生徒会役員以外の遅刻欠席は絶対に許されないからだ。特に罰則があるわけではないが、後から成績にかなり響いてくる。
「親じゃねーんだから、そんな怒るなって。お前はもっとクールなはずだろ、名探偵君」
「は?」
「だって瀬田って、善太郎だろ。名探偵の」
「…!」
杵島から出た名前に戦慄して、動揺のあまり後ずさる。まさか、と何で、という二文字が頭の中をぐるぐる回っていた。
「な、な、なんでわかったの…!?」
「あ、当たった? やっぱりそうだと思ったんだよな〜。面影あるよ、お前」
「ちょっと来て!!」
瀬田は杵島の手を掴むと、そのまま引きずるように教室を出た。そのまま廊下の隅に追い詰めると、逃がさないぞとばかりに壁に手をついた。
「この一年半誰にもバレてなかったのに、どうして気付いたんだよ!」
「あれ、結構人気のあるドラマだったろ。特に俺らの年代にはさ」
数年前、「名探偵、善太郎!」という子供向けドラマが密かなブームとなった。その内容はクールな小学生、善太郎が身近な事件を解決していくというもので、全国テレビで約1年放送された。社会現象になるほどの人気ではなかったが、瀬田くらいの年なら誰しも善太郎という名前を聞いたことがあるだろう。
そしてその主人公である善太郎を演じたのが、当時10歳だった瀬田柊二である。その時、瀬田はデビューしたばかりの子役だったのだ。
「初対面の時、見覚えあるって言ったらお前会ったことないって即答したじゃん? 普通、あんなこと聞かれたらちょっとは考えるだろ。お前わかってたんだよな、俺が一方的に瀬田を知ってるって」
確かに、あの時杵島に見覚えがあると言われすぐにしらばっくれた。自分があの善太郎だと知られたくなかったからだ。
「最初はモデルか何かやってんのかなーって思ってたんだけど、ネットで調べたらすぐ引っ掛かった。バレたくないなら本名使っちゃダメだろ」
「お、お願い杵島くん。この事は誰にも言わないで」
「何で? 黙っとくのはいいけど、別に隠すことじゃなくね? 今はもうやめてるんだから、そこまで騒ぎにもならないだろうし」
「そうだけど、俺はもう忘れたいから」
自分が元々住んでいた地域で瀬田は当時そこそこ有名人だった。顔も見たことがない他人が瀬田の事を知っていて、あることないこと好き放題言われて色々と大変だった。隣の県にあるこの学校には瀬田の事を覚えている人はいなかったし、ここでの日々は何があろうと昔に比べるとずっと穏やかでマシなものだった。
「あれ俺大好きで毎週見てたよ。瀬田なら今でも役者やれそうなのに、もったいないな」
「ああいうの、俺には向いてなかったんだ。二度とやりたくない…」
「ふーん。そんな棒演技でもなかったと思うけど。あ、あれ言ってくれよ! 善太郎の決め台詞『君の心を、解き明かしてみせる』ってやつ」
「ひぃっ、もうヤメテ! お願いだから!」
あんな小学生の時でも恥ずかしかった台詞を高校生にもなって言えるものか。善太郎は小6のくせに無自覚に犯人の女性を口説くような子供だった。瀬田は当時から背が高かったので二歳も上の役を演じていたが、大人びた善太郎の台詞の意味を半分も理解しきれてはいなかっただろう。
「その辺俺の黒歴史だから…。頼むから忘れて。もうバレたら俺この学校通えない…」
「ははっ、ホモって言われるよりも子役だったってバレる方が嫌って、お前変な奴だな」
男が恋愛対象というのは珍しいかもしれないが、数ヵ月もたてば皆気にしなくなった。同じようにバレても昔の子役など誰も気にしなくなるのかもしれないが、どうしても昔のトラウマが忘れられない。数々の無自覚な杵島からの攻撃に、すでに胃がキリキリし始めてきた。
「あーあ、せっかく喜ばそうと思って、瀬田が歌ってる主題歌の曲ダウンロードしたのに」
「杵島くん爆弾抱えすぎだろ…これ以上俺受け止められないよ…」
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