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日がな一日
006


何見てんだよと怒られる前に、と瀬田は杵島を連れてさっさと食堂から出た。いつもはこっそり見てるだけなので睨まれたことも、ましてやゆり子に何か言われたこともない。杵島と一緒に騒ぎすぎた事を瀬田は反省していた。

「生徒会って、あれで全員? あの偉そうな奴、夏目だっけ。最後まで来なかったな」

杵島の質問に瀬田は言葉に詰まる。実はあそこの食堂にいたのは2年生の生徒会役員だけだった。

「生徒会は1年生があと3人いるよ。すぐ隣に第二食堂があるんだけど、そっちは第一より小さいから1年生が使ってて、夏目くん達はそっちで食べてる」

「えー、じゃあ1年は専用スペースないんだ」

「いや、1年生も生徒会なら第一で食べて良いってことになってたんだけど、この前新1年があんまりうるさいからゆり子様がキレて追い出しちゃって…」

「マジかよ」

その現場を瀬田もしっかり見ていたが、食堂全体が凍りついたあの空気は忘れられない。1年の生徒会が見られないのは残念だが、同じことが起こるくらいなら1年は出禁でもいいと思ったくらいだ。

「柊二くーん!」

怖いもの知らずの杵島なら簡単にゆり子を怒らせそうだなどと考えていると、後ろから可愛らしい高い声で呼び止められた。その一度聞いたら忘れられない声の主が誰かはすぐにわかったので、振り返るのを一瞬躊躇ったが瀬田が逃げられるはずもなく、観念して足をとめた。

「何度も呼んだのに全然気づいてくれないんだから。もー、追い付くの大変なんだからね」

瀬田を呼び止めたのは先程まで噂をしていた立脇詩音で、しかも彼女は田中ゆり子と腕を組んで歩いてきた。二人を見て思わず瀬田の顔がひきつる。

「た、たたたたてわきさん…!」

「どもりすぎだろ」

取り乱す瀬田に杵島が思わず突っ込む。意識しすぎて真っ赤になる瀬田に気づいているのかいないのか、立脇詩音はさらに近づいてきた。

「やだなー、詩音でいいっていつも言ってるのに。名前で呼んでよ、柊二くん」

「し、ししししっし」

「もういいって」

いっぱいいっぱいになってしまった瀬田を引っ張り、詩音との間に割り込む杵島。愛想の良い笑みを浮かべ小さな詩音を見下ろした。

「立脇さん? だっけ? あんたの声すげぇ可愛いなー。アニメみたい」

「ほんとに? ありがとー」

杵島は知らない事だが、詩音はそのあまりに可愛すぎる声に女子からはぶりっ子だと言われてしまっている。詩音は特に気にもしてなさそうだが、杵島の発言に瀬田は生きた心地がしなかった。

「俺、8組の杵島弘也。よろしくな」

「転校生の子ね。私、2組の立脇詩音。で、こっちが──」

「詩音、自分で名乗れる」

無表情で隣に立っていたゆり子がようやく口を開く。杵島より若干背の高い彼女は前髪を払ってこちらを見据えた。

「2年2組の田中ゆり子。よろしく杵島くん」

「どーもどーも。で、二人は何か瀬田に用事?」

先程まで二人の噂話をしていたことがバレたのかと、瀬田は杵島の後ろでビクビクしていた。しかし二人が怒った様子はなく、詩音が笑顔で答えた。

「さっき、柊二くんが弘也くんと話してるのが食堂で見えたから。もしかして友達になったのかなってゆり子ちゃんと話してたの。ねー?」

「まあ…瀬田くんが誰かといるの、珍しいし」

「そうそう。俺、瀬田と友達になったんだよ。もしかして、二人とも瀬田の事心配してたとか?」

そんな思い上がった発言やめてくれ、と瀬田は思ったが詩音とゆり子は否定しなかった。この二人にそんなに気にかけてもらえていたとは知らず、瀬田は純粋に驚いた。

「孝太くんが柊二くんに冷たいのが悪いんだよ。柊二くん悪くないのに。あんなの気にしなくていいからね」

まさか二人が自分なんかを気にかけてくれていたなんて、夢でも見てるのかと頬をつねったが普通に痛かった。まさかぼっちで得する事があるとは。詩音の言葉に静かに感動していた瀬田だったが、隣にいた杵島はまったく別の事を考えていた。

「田中さん、眼鏡はずしたらどんな顔なの?」

「は?」

「ちょ、何言ってんの杵島くん!」

怖いもの知らずな杵島に瀬田が慌てて止めに入る。しかし図々しいを地でいく杵島がそれくらいで口を閉じるはずがなかった。

「ちょっと眼鏡はずしてみてよ」

「おい杵島…!」

こいつ命が惜しくないのか? と思わず杵島を呼び捨てにしてしまう。いつ鉄拳がとんできてもおかしくないと慌てて杵島を守ろうとしたが、ゆり子はあっさり眼鏡をはずした。

「はい」

「うはっ」

初めて見る眼鏡なしの田中ゆり子の顔に、衝撃のあまりのけぞる。どんなにレアな姿なのかも知らずに杵島は不躾にまじまじとゆり子を見ていた。

「んー、やっぱ眼鏡ないほうがいいじゃん。な、瀬田もそう思うだろ」

「え!? いや俺はどっちでも……ってごめんなさい!」

睨まれた気がして慌てて謝る瀬田に、ゆり子はため息をついた。

「別に怒ってない。てか転校生、あんたも眼鏡じゃん」

「はずそうか?」

「いい」

ゆり子の声と表情は冷たかったが、杵島は何も気にしなかった。にこにこといつもの笑顔を店ながら懲りずに話し続けた。

「田中さんって意外と普通なんだな」

「どういう意味?」

「男嫌いって聞いてたから、出会い頭に目潰しでもされるかと」

「何で!? やらないよそんなこと!?」

「あはは、弘也くんって面白〜い」

憤慨するゆり子に詩音が笑いながらなだめるように寄りかかる。仲の良い二人がこうやってくっついているのは珍しい事ではなかった。

「ゆり子ちゃんが男嫌いなんてデマだよ〜。だってゆり子ちゃんの持ってる少女漫画、ぜんぶ男同士だも──」

「うわああああ!」

突然叫びだしたゆり子が詩音の口を勢いよく塞ぐ。しかし背が低すぎて狙いが外れ、思い切り詩音の目にヒットした。

「痛い! 何すんのゆり子ちゃん!」

「それはこっちの台詞! 詩音何で知ってんの!?」

「ゆり子ちゃんの部屋のクローゼットの中に…」

「人のクローゼット勝手にのぞくな!」

突如始まった喧嘩に唖然とする杵島と瀬田。そんな二人に気づいたゆり子がばつが悪そうに視線をそらし、詩音の腕を掴んだ。

「ごめん、私たちもう行くから。ほら、詩音来て!」

「うわーん、痛いよ痛いよ〜。ゆり子ちゃんに目潰された〜〜」

「潰してない!」

周りの生徒達の視線を集めながら、ゆり子は詩音を引きずって歩いていく。その後ろ姿を見送りながら杵島はのんきに呟いた。

「ははっ、あの二人仲良いな」

「うん。でもいきなりどうしたんだろ…」

「さあな、便所じゃねぇの。そんなことより瀬田、お前も隅に置けないな〜」

「えっ、何が?」

ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべる杵島に思わず後ずさる。あまり見たくない嫌な笑顔だ。

「だってあんな可愛い女子二人が、お前の事心配してくれてたんだぜ? 何だかんだ言ってイケメンだもんなぁ、瀬田は。いいよな〜。立脇さんとか実はお前の事好きなんじゃねぇの」

「は、はあ?」

「もし立脇さんに告白されたら、付き合う?」

瀬田をしきりに小突きながら杵島が楽しそうにそんなことを訊ねてくる。やめろと彼を押し退けながら迷わず首をふった。

「それは、絶対ありえない。だから想像もできない」

「何でわかるんだよ」

「だって立脇さんは萩岡くんと付き合ってるから」

「えっ、マジで?」

詩音と萩岡は1年の時から交際を続けているこの学校の名物カップルだ。だから詩音のアンチは大抵萩岡に好意を寄せる女子だったりする。

「でも萩岡今日他の女子の太ももとか普通に触ってたぞ? そいつと付き合ってるのかと思ってた」

「ああ…あの人の浮気は日常茶飯事だから」

「…最低だなオイ」



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