日がな一日
004
「瀬田って、ホモなんだって?」
「……」
次の日、クラスで顔を合わせた杵島に開口一番そんなことを言われて、瀬田は朝から強烈なダメージを受けた。凍りついた周囲の気まずい空気の中、言った本人は悪びれもせずけろっとしていた。
「ちょっと、こっち」
「えっ、なになに?」
これ以上注目される前にと、とりあえず杵島と教室から脱出する。なるべく人通りの少ないところまで彼を引っ張り、小声で問い詰めた。
「いきなり何なの杵島くん」
「え、だって事情がわかるまで話しかけるな的な事言うからさ。瀬田の事その辺の生徒に聞きまくって調べた」
「ひぃ」
何て事を、と顔をひきつらせ思わず身悶える。杵島弘也という男の行動力に高さに驚くと同時に頭が痛くなってきた。どうりで昨日の昼食後はおとなしくしていたはずだ。
「別に俺はホモでも気にしねーし、これで普通に話せるな!」
「いやいや話せないから、色々無理だから」
親指を立てながらイイ笑顔を見せる男に思わず突っ込む。すげなく拒否された杵島は胸に手をあて、わざとらしくショックを受けながら項垂れた。
「まさか俺をあんなに拒んだのは、俺の事が好きになってしまったとかそういう…?」
「何でだよ! なってないよ!」
「ははは」
軽快に笑うこの男、杵島のペースに知らないうちにすっかり乗せられてしまっている。今まで瀬田の身近にはいなかったタイプだ。
「とまあ冗談はさておき。瀬田ってほんとに男が好きなの?」
「…えっまあ、……それは、うん」
「へぇえ、……何でホモってバレたの?」
「気になるのそこ?」
いかにも俺興味津々ですといったキラキラした顔で矢継ぎ早に質問してくる杵島に気圧される。早く解放して欲しいが疑問を解決してあげないと一生付きまとわれそうである。
「何でバレたのかはよくわかんないんだけど、多分俺がバレバレな態度だからだと…」
「そういや瀬田って好きな男いるんだってな」
「わぉ」
(何だこの人、すでにかなり聞き込みしてるぞ…!)
「な、なぜそれを」
「えーっと、3番目にきいた兄ちゃんが言ってた。名前なんつったっけな、何か変わった感じのシャンプーっぽい名前…」
「…椿くんだよ」
「あーそれそれ! 椿くんってどんな奴? うちのクラス?」
「昨日会ったじゃん! 俺達を助けてくれた男前いたじゃん!」
瀬田の片想い相手、それは昨日萩岡とのいざこざから助けてくれた椿礼人(れいと)だ。中身も見た目もパーフェクトな、この学校の超有名人である。
「そんな奴いた……?」
「いたから! 何であんな格好いい人忘れられるんだよ!」
「そんなこと言われても。俺は瀬田しか見てなかったから」
「えっ………」
言葉もなく見つめあう二人。これが男女なら今にもラブロマンスが始まりそうなムードだ。
「って何だこの空気! キモいこと言うのやめろよ! 一瞬ドキッとしちゃっただろ!」
「ははは」
必死で突っ込む瀬田に遠慮なく笑う杵島。瀬田がホモだという事に興味はあってもまったく気にはしていないらしい。
「んー、つまり昨日散々いきってた萩岡って野郎を止めてくれたのが、瀬田の好きな奴って事か」
「は、萩岡くんを呼び捨てにするなんて……恐ろしい……」
「顔はなんとなくしか覚えてねーけど、確かそいつ萩岡とおそろの水色シャツ着てなかった? ペアルックってことは相当仲良いんだなぁ〜、あの二人。キモいな」
「違うよ! あれはあの二人がお揃いなんじゃなくて、生徒会の証っていうか」
「生徒会の証? 何それ詳しく!」
予想以上の食い付きの良さにたじろぐ。というかなぜ自分はこんなところで杵島と仲良く話なんかしているのか。
「…てか、もういいだろ。後は別の奴に聞いてくれ。ホモとか以前に、俺と仲良くしてたら萩岡くんに確実に目つけられるよ。そうなったらもう杵島くんの学校生活終わりだし」
「えー、嫌だ」
「嫌!?」
「だって俺もう萩岡に目つけられてるから、どのみち友達もできねーよ。だろ?」
「ま、まあ…確かにそうだけど……」
萩岡はまだ杵島を鍵を盗んだ犯人だと疑っているのだ。この状況で杵島と友達になろうと思う人はまずいない。
「瀬田は俺の事、見捨てないよな? 嫌われ者同士、仲良くしようぜ」
「……」
そんな義理はないはずなのに何故かノーとは言わせない力を持つ杵島。笑顔の彼に瀬田は力のない笑顔を浮かべるしかなかった。
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