日がな一日
007
「でもさすがに寮がある高校に行きたいって言われたときは反対しちゃったわ〜。無理だろうと思ってあの超難関進学校ならって言ったのに、合格しちゃうんだもの。よっぽどここが嫌だったのね……」
「だから、この家にいるのが嫌だったわけじゃないってば」
「でも全然こっちに帰ってきてくれないし」
「そんなことないだろ、今日だって帰ってきてるんだし」
必死に弁明する瀬田の前でオーバーとすら思える仕草でさめざめと涙ぐむ母親。そして横で父親も何かを訴えるように頷いている。瀬田は大きくため息をついて二人に話し続けた。
「頼むからもう昔のことは気にしないでよ。ドラマにだって俺は好きで出てたんだ。高校の文化祭でも夏目くんに誘われて、劇に出させてもらったんだよ。楽しかったし、出て良かったと思ってる」
「何ですって?」
「あ」
「どうして劇に出るならそう言わないの! 雑用で忙しくしてるだけだから来るなって言ったじゃない!」
文化祭での事を母親に言わずにおいていたのを忘れていた。主役の一人だったと知ったらもっと怒りそうだ。
「そうだぞ柊二、そういう嘘をつくのはよくないぞ」
「父ちゃんまで俺を責めないでよ……。あぁもう、それはまた今度謝るから。とにかく、昔の事は俺の意思でやってたことなんだから、母ちゃん達は気にしなくていいんだよ」
「でも結局はやめちゃったじゃない」
「それは……俺だけじゃなくて、母ちゃん達の事まで悪く言われるようになったから」
「私達? 何か言われてたかしら」
「……」
親が知らないならばあえて言いたくはない。口を閉ざし項垂れてしまう息子に母親が笑顔のまま声をかけた。
「もしかして、柊二が私達の子供にしては格好良すぎるから血が繋がってないんじゃないかって言われてたやつ?」
「え!? し、知ってたの?」
「やだぁ、ふふふ。あれは笑っちゃったわよ〜。失礼な話よねぇ。お母さんだって痩せてた頃は結構モテてたのよ。お父さんだって髪がある時はもっとイケてたし……あ、でも子供だった柊ちゃんにはショックだったわよね。ごめんね。でも大丈夫、柊ちゃんは正真正銘私達の子だから。心配しないで」
「…………はあ」
母親が不倫して出来た子だとか、親がこっそり噂してることをその子供が聞いて学校で触れ回り、それをネタにいじめられたこともある。他人に親子関係まで疑われて母の事を悪く言われてとてもつらかったのに、母親にとっては笑い話だった事が若干ショックだった。
「柊ちゃんが、そんな事気にしてたなんて知らなかったわ。昔から何も話してくれないんだもの。夏休みに帰ってきた時だって、元気なかったら心配してたのよ。どうせ訊いても何も答えてくれなかっただろうし」
「……母ちゃんって、意外と見てるね俺の事」
「そんなのは当たり前でしょう。……まあでも、今はもう大丈夫みたいね。これで気分晴れやかに送り出せるわ」
息子が男と付き合っている事に、母親達が本当はどう思っていたかはわからない。手放しで歓迎していたわけではないだろうが、少なくとも夏目の前では少しもそんなそぶりは見せなかった。
きっと周りの目がなかったら、瀬田は感謝の思いで両親の事を思い切り抱き締めていただろう。
両親に見送られて実家を出た後、瀬田と夏目は律花の元へ向かった。マンションのエントランスを出た後、夏目に恐る恐る声をかけた。
「……うちの親が長々と引きとめてごめんね。二人に会ってくれて嬉しかった。でも夏目くんは大変だったよね」
「大変? まさか!」
てっきり疲れきっていると思った夏目は顔を輝かせて振り向いた。スキップでもしかねない程テンションが高い。
「こんなに嬉しい日はねぇよ! だって、柊二の親が俺の事認めてくれたんだぜ? 今でも信じられない。こんな…こんな日がくるなんて……」
やったー! と今にも跳び跳ねそうな夏目に、瀬田も思わず笑顔になる。こんなに喜んでくれるなら、夏目を家に呼んで良かった。
「俺も心配だったから安心した。でも、夏目くんのいい人オーラのおかげもあると思うよ」
「柊二のお母さんとお父さんの心が広いんだろ。さすが柊二の両親だよな」
親を褒められると無条件で嬉しい。顔をほころばせる瀬田の手を感極まった様子の夏目は強く握りしめた。
「正直、心配だったんだよ。俺達が付き合ってる事、誰が否定してきても気にならないけど親はそうないかないからさ」
「それは確かに……あ、でもまだ夏目くんの親には話してないよね」
「俺の親? そんなのいーって! いや柊二が会いたいなら紹介するけど、俺が柊二の熱狂的ファンってのは知ってるし、今更なんじゃねぇかなー」
瀬田の両親相手には真面目だったのに自分の親にはずいぶんテキトーだ。あまりに上機嫌なのでこのまま手を握りながら歌でも歌い出しそうだ。
「それに俺は親にだって何言われても関係ないから。柊二より大事なもんなんかないし」
「あーー!」
突然大声がしたと思ったら、公園で待ちきれなかったらしい律花がこちらを指差しながら叫んでいた。ずかずかこやって来て瀬田と夏目を引き剥がす。
「あんたら何往来でイチャついてんの? 近所迷惑だし、うちの精神的苦痛がすごいんだけど!」
「ごめんりっちゃん。遅くなって」
「ホントにね! 遅くなるのはわかってたけど、連絡したら返事ぐらいしてよ!」
怒る律花にいつもの癖で平謝りする瀬田。夏目はそんなに謝ること? という態度を少しも崩さない。
「で、ちゃんと冬子ちゃんに話したわけ」
「話したよ。母ちゃん、良いって言ってくれた」
正直に話すと律花は顎が外れたような顔で唖然としていた。
「はあ? それマジ?!」
「うん」
「嘘! 冬子ちゃんの裏切り者ーー!」
「いたっ」
律花に軽くビンタされ、理不尽さにおののいているとその場でぎゅっと抱きつかれる。慌てて夏目が引き剥がしにきたが、律花は離れない。
「ずっとずっと、ずーっと女から遠ざけてきたのに、まさか男にとられるなんて! そんなの許せないんだから!」
「おい! 柊二から離れろこの厚化粧!」
「厚化粧!?」
「りっちゃんごめん。離して…く、苦し……」
「やだー!」
べったりと貼り付いた律花に強く締め付けられもがきながら彼女の肩を叩く。まさか自分の両親よりも幼馴染みの説得の方が大変だとは。その後騒ぎに気づいた近所の人が集まってくるまで、その痴情のもつれのような諍いは続いた。
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