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日がな一日
006


「お邪魔します」

夏目を連れた瀬田が戻ってくると、母親が玄関まで出迎えてくれた。背後にいる夏目を見て一瞬構えるように目を見開いたが、すぐに普段通りの笑顔に戻った。

「いらっしゃい、こんにちは。狭いところだけど、どうぞ入って」

来客用のスリッパを取り出し、パタパタとリビングに戻っていく。母親が背を向けると夏目は愛想のいい笑顔を消して、ほっと息をつく。さすがの夏目も緊張を隠しきれていないようだ。瀬田の方も緊張で落ち着かないでいると、夏目がこっそり耳打ちしてきた。

「柊二のお母さん、何か一回り大きくなってない?」

「やっぱり!? 夏目もそう思うよな?! ……って何でうちの母親の事知ってんの」

「塾に送り迎えに来てたし……そうじゃなくてもそれくらい知ってるだろ」

そういえば夏目は瀬田のストーカーだった。瀬田の家族の容姿くらい把握しているだろう。親の事を知っていてくれているなら、夏目の緊張は瀬田が思っている程ではないのかもしれない。

「失礼します」

「どうぞ、ここに座ってね」

夏目を笑顔で誘導する母と、しかめっ面のままの父親。瀬田は生きた心地がしなかったが、夏目は堂々としていた。

「すみません、突然だったので手ぶらでお邪魔してしまって。はじめまして、夏目正路といいます」

「まあ、ご丁寧にどうも。柊二の母の冬子です。隣が父の浩二さん。無愛想でごめんなさいね」

促されて両親と対面するように座るも、瀬田は何かあったときに夏目をすぐ守れるようにとずっと臨戦態勢をとっていた。どんなときも笑顔の母親が珍しく動揺している。息子が同姓を恋人として連れてきたときの衝撃は、親になっていない瀬田にはわからない。ショックで倒れたりしなければいいのだが。

「あの……夏目さんは学校の方と聞いてたんですけど、教育実習生なのかしら」

「え」

「何でだよ母ちゃん。夏目くんは普通に生徒だから」

「あら」

やけに挙動がおかしいと思っていたら、夏目の事を教師だと思っていたらしい。確かに夏目は実際の年齢よりかなり年上に見える。私服を着ているとますます社会人に見えるのだから仕方ない。

「やだ、ごめんなさい。あまりにもしっかりして見えたものだから。学校の先輩よね」

「後輩です」

「えっ!?」

今度こそ本気でびっくりしたらしい母親は数秒口に手をあてたまま停止する。隣では父親まで目をまん丸くさせて驚いていた。

「母ちゃん! いい加減にしてよ。失礼だろ」

「ごめんなさいね、夏目くん」

「いやよく年上に間違えられるんで、気にしてないです」

まったく気にする様子もなく笑顔を見せる夏目に心の中で謝る。母親の好感度は確実に上がっただろうが、これから何を訊かれるかと思ったらハラハラした。

「柊二と付き合ってると聞いたんだけど、いつからなのかしら??」

「お付き合いをさせてもらったのは最近ですが、柊二先輩の事はずっと前から好きで、俺の方から告白しました」

「そうなの! 柊ちゃ……柊二のどこが好きなのかしら」

「もうやめて! 頼むから!」

頼むからもうこれ以上居たたまれなくなるような事を言わないで欲しい。とんだ罰ゲームだ、と瀬田は耳をふさいで俯いた。

「全部です。優しいところも格好いいところもぜんぶ好きです。柊二先輩には嫌いなところも駄目なところも、一つもありません」

きっぱりと言い切る夏目の横で瀬田の顔は真っ赤になった。母親も夏目の静かな熱意に面食らった様子で、返す言葉に迷っている。

「柊二先輩のお母さんとお父さんは、僕と先輩が付き合うことには反対でしょうか」

「!? ちょ…っ」

直球で質問する夏目に瀬田は息が止まった。たしかにそれは一番確認しておきたい事かもしれないが、核心をつくのが早すぎる。ここで反対だと言われてしまったら、この後どうすればいいのだろうか。

母親と父親はお互いに顔を見合わせて、視線だけで会話をしているようだった。母親の方が夏目と瀬田を見て優しく微笑んだ。

「夏目くん。柊二が昔、子役やってたの知ってる? 名探偵善太郎っていって、結構有名だったのよ」

「あ、はい。もちろん知ってます」

「母ちゃん、いったい何の話して……」

「小さい頃の柊二って本当に可愛くて……いや今もなんだけど、あんまり可愛すぎるものだから私が芸能事務所のオーディション受けさせたの。そしたらすぐドラマの主役に選ばれて、結構有名になったりして」

夏目の質問には答えず我が子の自慢を始める母親。瀬田が止めようとしてもマシンガントークはやまない。

「柊二はやっとできた子供だったから、お父さんもお母さんも溺愛していてね。柊二の可愛さが世間に認められたみたいで、私ったらすっかり舞い上がっちゃって。だから、柊二が無理してたのに全然気づかなくて……」

「母ちゃん?」

母親の顔をよくよく見ると泣き出しそうな顔をしていた。焦る息子をよそに母親は話し続ける。

「子役のママ友達から聞いて知ったんだけど、テレビに出てると周りの子から疎まれやすいらしくって、柊二は……。小学校の時学校に居場所がなかったらしいの。でも私が浮かれて喜ぶものだから、やめたいとも言い出せなくて。本当に駄目な親だわ…」

途中から号泣し始めてしまった母親に唖然としていた。まさか昔の事をここまで気にしていたとは思ってもみなかった。

「だから私…とお父さんね、もし柊二が私達に何かお願いしてきたら、それを全力で応援しようって決めてたの。行きたい大学があるなら何度でもチャンスをあげたいし、どんなに無謀な夢でも叶えてあげたかった。あなた達の付き合いに反対? そんなのするわけないでしょう。そんな些細な事も許してあげられないなんて、親失格じゃない」

涙目になりながら語る母親に、胸がいっぱいになる。時にうるさく、過保護気味な母親を鬱陶しく思ったこともあったが、夏目との事がずっと不安だった瀬田は、どんな時も自分の親として向き合ってくれている親二人にこの時ばかりは救われる事となった。


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