日がな一日
005
「柊ちゃんが付き合ってるのって、りっちゃんじゃないの??」
母親の第一声がそれだった。見当違いの反応をされ一瞬返事に困ったが、それだけは否定しておかなければならない。
「違う! 付き合ってない」
「嘘でしょ! 私りっちゃんに何て言えば……」
「この事はりっちゃんも知ってるよ。それに、俺の事にりっちゃんは関係ないだろ」
瀬田と律香の間でかわされた、お互い恋人ができなければ付き合うという約束をを両親は知らないはずだ。律香が勝手に話している可能性もなくはないが。
「男って…私達の知ってる人?」
「学校の人だから、母ちゃん達は知らない。俺にはもったいないくらいの良い奴だよ。いつか紹介したいけど……あの……二人が許してくれたら」
夏目を見たらきっと両親は気に入るだろうが、それはあくまで友人としてならだ。付き合う相手としては、男というだけで否定されてしまうかもしれない。
「柊ちゃんは、元々男の人が好きなの?」
「……え、どうだろ。付き合うのはその人が初めてだけど、女子も好きになったことあるから、多分違うと思う」
「そう……だったら良いんだけど」
安堵したような母親の言葉に少しカチンときた。普段親相手に本気で怒ることなど滅多にないが、思わず声をあげて言い返す。
「良いってなんだよ! 女子が好きになれるからって、アイツと別れて女子と付き合う気なんかないからな」
「柊ちゃん、私そんなつもりで言ったんじゃ……」
「俺は、今日この話をしにきただけだから、もう帰る! 二人だって考える時間が必要だろ。考えてもないうちから否定するのはやめてよ」
「柊二、座りなさい」
おろおろする母親の横でずっと話さなかった父が口を開く。いまだ無表情なので息子の告白をどう思っているかはわからないが、父親に言われては従うしかない。立ち上がりかけていた瀬田は再び腰を下ろす。
「お母さんはそんなつもりで言ったんじゃないだろ。柊二が同性愛者なら、これまでずっと言えずに悩んできたんじゃないかって心配しただけだろうが」
「……」
「いつもの柊二なら、それくらいわかるはずだ。とにかく落ち着いて、ちゃんと話しなさい」
確かに、父親の言う通りだ。何も悪いことはしていないのに自分はなぜ逃げようとしたのだろうか。これでは律香にも夏目にも顔向けができない。
「……ごめん、母ちゃん。喜んではくれないだろうし、多分困らせるだろうと思ったら、怖くて」
「困ったりなんかしないわよ。ちょっとびっくりしただけ」
母親は模範的な、理想の言葉をかけてくれる。うちの親はいつもそうだ。本音でぶつかるのではなく、いつも子供の事を考えて言葉を選んでくれる。それが逆につらかったり、救われたこともあった。すべては息子を思うが故の事だったので今まで問題はなかった。
「本当に良いやつなんだ。男だけど……っていうかそういうのは関係なくて。いっつも俺のこと助けてくれるし。それに俺達、お互い本気だから」
「……もしかして、その相手の子ここに一緒に来てるんじゃない」
「えっ、何で!」
母親に図星をつかれ思わず素の反応を返してしまう。嘘がつけない息子に母親は控えめに笑っていた。
「だって柊ちゃん、やけに早く帰りたがってるから、その子の事待たせてるのかと思って」
「それは、その……」
「なんだ。だったら連れてくればいいじゃないか」
「は!? 無理だよそんなの!」
まさかの父親の言葉に全力で拒絶する。思考が読めない父親と過保護気味な母親の前に夏目を出したくないというのが本音だが。
「その男が無理だって言ったのか?」
「言ってないよ! むしろうちの親に会いたいって言ってくれて……」
「だったら問題ないだろう」
「……!」
上手くのせられてしまったが、もう後には引けない。しかし親はなぜそんなにも夏目に会いたがるのか。悪い男に引っ掛かった娘を見るような気持ちなのかもしれないが、お互いにとって気まずい以外のなにものでもでないだろうに。
「……わかった。ちょっと、待ってて」
有無を言わさぬ父親の表情に瀬田は頷くしかない。神妙な面持ちの二人を残して、瀬田は夏目のところへ向かった。
気が重いと思いつつも小走りで公園へと向かうと、夏目と律香が何故か二人で盛りあがっていた。瀬田が帰ってきた事にも気づかずに激論を交わしている。
「だから、柊二が一番格好良いのは背中からうなじにかけてのラインなんだって! 斜め後ろから見てちょっと振り返ったくらいがベストショットなの!」
「いやいややっぱ身体のラインなら腰だろ。それに顔だって上目使いに見上げられるのがちょっと小悪魔っぽくていいんだよ」
「はああ?? 小悪魔ぁ? あんた何にもわかってない! 柊二は健康的で爽やかなのがいいんじゃない!」
「あの……」
恐る恐る声をかけてようやく二人がこちらを向いてくれた。律香が瀬田に飛び付くと、夏目の眉間に皺が寄る。
「柊二! もう終わったの? 早くない?」
「いや、それがさ……」
両親に夏目を連れてこいと言われた事を説明する。瀬田は夏目の反応が気になっていたが、それを聞いた彼は二つ返事で受け入れた。
「じゃあすぐに行こうぜ。あんまり待たせると悪いし、心証も悪いしな」
「いいの?」
「いいもなにも、元々俺は行くって言ってたろ。必ず認めてもらうから。あ、大園サンはそこで待ってろよ」
「ちょ、ちょっとあんた本気で…」
「行こうぜ、柊二」
ぐっと強引に瀬田の背中を押して前に進ませる夏目。瀬田は本当にこれで大丈夫なのかと不安に思いながらも、両親の待つ部屋へと夏目を連れだって戻っていった。
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