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日がな一日
004


「そ、そんなの無理!」

律香の発言に瀬田は必死に反論した。いくら彼女に証明するためだからといって、親に話すなんて覚悟もないまますることではない。

「待ってよりっちゃん。俺達が本気でも、それが簡単にできることじゃないのはわかるだろ」

「あっそう。柊二ってば、チキンなのは全然変わってないよね。言わないならそれでもいいけど、それじゃあうちは納得しないから。柊二の言葉も勿論信用できない」

「そんな……」

律香の命令はとても受け入れられない、と思ったが同時にそこまでしないと自分と夏目が付き合っているなど信用できない、という律香の気持ちもわかる。瀬田はさんざん悩んだ後、妥協案を出した。

「……わかった。男と付き合ってること、ちゃんと親に言う。でも夏目くんは連れてかないし名前も出さない。これだけは譲れないから」

律香とのいざこざと瀬田家の問題に夏目を巻き込むわけにはいない。律香の方もこの条件には素直に頷いた。

「それでもいいよ、今回はね。でも、うちには嘘も誤魔化しも通じないから。わかってると思うけど」

律香の強気の態度に瀬田も力強く頷く。話を聞いていた夏目は瀬田に寄り添うように近づいた。

「柊二、俺一緒に行くよ。柊二の両親に挨拶したいし」

「……ありがと。でも、いいんだ。夏目くんのためだけじゃなくて、いきなり本人に会わせたら親も困惑すると思うし。心の準備が必要だと思うから」

自分の親は常識がある方だと思うが、突然息子が彼氏を連れてきたら動揺のあまり口が滑って失礼なことを言ってしまうかもしれない。いきなり夏目本人と会わせることだけは絶対に避けたい。

「後でちゃんと冬子ちゃんに確認するから! するからね!」

「冬子ちゃん?」

「俺の母親の名前」

「へぇ……」

律香とは家族ぐるみの付き合いがあるので親ともとても仲が良い。律香が名前で母親を呼んでいると知った夏目は完全に彼女をライバル視していた。律香も瀬田の母親をいつも名前で呼んでいるわけではないのに、あえて夏目に見せつけているのだ。


夏目も律香もここで待つというので、二人きりで残すのは心配だったが瀬田は一人実家へと向かった。自分の家なので考え事をしていても足が勝手にそこへと向かう。今日は夏目もいて家へ帰る気はなかったので今日戻ってきていることすら伝えていない。買い物にでも行っていない限り母親は家にいるはずだが、瀬田は一応持ってきていた自宅の鍵を使ってマンションのエントランスを抜けた。
瀬田の部屋はマンションの最上階にある。さすがに突然鍵を開けると母親も驚くだろうと思いインターフォンを押した。

「はーい」

中から母親の明るい声が聞こえる。ドアをためらいもなく開ける母親にオートロックだからといって不用心だと思ったが、笑顔の母親を見て懐かしさでそれどころではなくなった。

「おかえり柊ちゃん!」

母親に出会い頭ぎゅーっと抱きつかれ窒息寸前になる。サプライズ帰省なのにこの歓迎っぷりは何なのか。

「な、何で俺だと…」

「りっちゃんから聞いたの。絶対連れてくるって約束してくれたから待ってたのよ〜」

「なるほど……」

最初から律香はどうあっても瀬田をここに連れてくるつもりだったらしい。律香と母親は完全に結託している。

「母ちゃん……またちょっと太った?」

「太ってないわよ! 馬鹿!」

バシンと背中を叩かれ内蔵が飛び出そうになる。母親は瀬田が物心ついた時からまん丸でこれ以上はないだろうと思っていたのだが、少し見ないうちに一回り大きくなった気がする。

「ほらほら早く入って! りっちゃんは来てないの?」

「うん、ちょっと」

母親に押されながら勝手知ったる我が家に入ると、そこには予想外の人物がリビングのソファーに座っていた。

「おかえり、柊二」

「父ちゃん!? なんでいるの……!」

笑顔で息子を出迎える父親に驚いてその場で荷物を落としてしまう。まさか父親までここにいるなんて思わなかった。

「何でって休みなんだからいるのが普通だろう」

「でも、いつもゴルフに行ってていないのに」

「柊二が帰ってくる日にゴルフなんか行くもんか」

父親は薄くなってきた頭皮を撫でながら照れたように言う。普段はあまり息子と関わってこないだけに、なぜこんな日に限っているのかという本音を思いきり出してしまった。

「柊ちゃん紅茶飲むでしょ。クッキーもあるから座っててちょうだい」

母親に促され父親の前に腰を下ろす。にこにこと頬笑む父親には悪いが、早くゴルフにでも何でも行ってくれないだろうか。母親に告白する覚悟はあっても、父親にまで言うつもりはなかった。

「はい、柊ちゃん。たくさんあるからいっぱい食べてね」

戻ってきた笑顔の母親がお茶とお菓子をテーブルに並べ、父親の横に座る。二人用のソファーだが、母親ほどではないが小太りな父親と並ぶとぎゅうぎゅうである。

「何時までこっちにいられるの? 寮は門限あったわよね」

「えっと……」

門限以前に夏目と律香を外に待たせているのですぐにでも帰りたい。しかし律香からの圧力により両親と話をしなければここからは出られないのだ。父親がいたのは予想外だが、結局母親の口からすべて筒抜けになるのだからここで話しても同じ事だろう。

「俺、今日は大事な話があってここに来たんだ」

「私達に? なあに?」

瀬田は覚悟を決めて口を開く。こんなことを話したら両親は悲しむだろうか、怒るだろうかと嫌な考えばかりよぎってしまう。

「実は俺、付き合ってる人がいるんだけど」

「あ、あら! 柊ちゃんの口からそんな話が聞けるなんて……。びっくりねぇお父さん」

「……まさかお前、子供ができたとか言うんじゃないだろうな」

「え!? そうなの柊ちゃん」

「違う違う! できてない!」

父親の的はずれな勘違いに慌てて首を振る。しかしこんな重々しい空気の中で話そうとしてるのだから、そんな風に思われても仕方ないのかもしれない。男の恋人がいるというよりは考えられる話なのだろう。

「そうじゃなくて、俺の恋人っていうのが……その……」

「?」

「……俺と同じ、男で……」

「えっ!」

聞き間違いではないかと身を乗り出して耳を近づける母親。父親は瞬き一つせずその場で硬直していた。


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