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日がな一日
003


律香との約束の日、校門前で弘也を待っていた瀬田は、弘也が自分の代わりだと言って連れてきた男にびっくり仰天して逃げるように後ずさった。

「なっ、夏目くん……!? なんで……」

彼とは喧嘩して以来まともに顔もあわせていない。しかし不機嫌そうにそこに立っているだけで何も言おうとしない。横にいた弘也はただ満足げに頷いていた。

「こいつ以上の適任はいねぇだろ。大丈夫、事情は全部話した。安心して幼馴染に紹介してこい」

「いや、え、でも」

「ということで、後は二人で頑張れ。じゃ、俺は戻るから」

「えええ弘也どこ行くの?? 一緒に来てくれないの?」

「何で俺が行くんだよ。言っとくけど、これは貸し一つだからな。つーことでさいなら」

「弘也ー!」

夏目だけを残してさっさと戻っていく親友に追い縋るも簡単に振り払われてしまう。その場には気まずい沈黙だけが残された。
謝る気配がないのはもちろん何か話しかけてくる様子もない夏目は、瀬田がおずおずと見上げるとふいと顔をそらしてきた。喧嘩は今も続行中らしい。

「……弘也から、話聞いてるんだよな。ここまで来たからには、りっちゃんに会ってもらうから」

瀬田の言葉に夏目は無愛想な顔のまま小さく頷く。瀬田は複雑な思いを抱えながらも、夏目を連れて駅へと向かった。




瀬田の地元は学校から電車を乗り継いで約二時間半。気軽に帰れる距離ではないので、長期休みでもない限り瀬田が帰省することはない。移動中は、一言も話さないわけではなかったが、喧嘩前からすれば最早他人レベルのよそよそしさだった。夏目はもちろん、瀬田の方も積極的に話しかけようとしなかったので仲直りなどできるはずもない。弘也はきっかけを作ってくれたつもりなのだろうが、今以上に険悪になりそうで怖かった。

思えば、夏目にこんな冷たい態度をとられるのは初めてだ。彼の口や態度が本当は悪いことを瀬田は知っているが、それが自分に向けられたことはない。瀬田が何を言っても夏目はずっとそれを肯定してくれていた。
……いや、今だって、何の文句も言わずこんなことに付き合ってくれている。本来なら自分の方が謝り今日の礼を言うべきなのだろう。

しかし、最早半分意地の張り合いになっているこの喧嘩を自分が折れる事で決着をつけたくはなかった。夏目の事が嫌いになったわけではない。好きだからこそ、これからも関係を続けていく上で納得しないまま謝って済ませることはしたくない。

悶々とどうするべきか考えているうちに、地元の小さな駅に到着してしまった。見慣れた田舎の風景、数人しか下車することのない駅に懐かしさを感じてまじまじと見回してしまう。夏目の方もやたらときょろきょろしているのを見て、彼の地元の近くでもあることをようやく思い出した。話を聞く限りでは地元にあまり良い思い出がないようだったので、里心がでたわけでもないだろうが。

「りっちゃんとは、俺のマンションの近くで会う予定なんだ。待ち合わせは2時半だから、今から行けば余裕で間に合う……って夏目くん?」

「だったらさっさと行こうぜ」

すたすたと迷わず進んでいく夏目に、瀬田は遅れてついていく。初めて来るはずなのに迷わず瀬田のマンションの方向へ歩く夏目に疑問を感じつつも、怖かったので理由は問い詰めないことにした。


律香が待ち合わせ場所に指定したのは、マンションの近くにある公園だ。人のいる場所でできる話ではないと彼女がそこを指定してきたのだ。その公園は遊具も少なく雑草が生い茂っているのでいつ見ても子供一人いない。もはや公園として成り立っていない場所なのだが人通りも少ないので、女同士の泥沼の対決も心置きなくできると律香は得意気に言っていた。もはや恐怖しかない。


待ち合わせ時刻の15分前にも関わらず、律香はすでに公園にいた。パンツが見えてしまうのではないかと不安になるくらいのミニスカートと、胸元が大きくあいた服を着てブランコに座っている。先程から鬼のように連絡が携帯にきているので、彼女のイライラが手に取るようにわかった。

「夏目くん、あれがりっちゃん」

「わかるよ。一回見てるから」

遠目で彼女の姿を確認してから足が一歩も動かなかったが、夏目の方が迷うことなく進んでしまうので瀬田もついていくしかなくなった。


「こんにちは」

ブランコを小さく揺らしながら携帯をいじり続ける律香に、猫を被った夏目が話しかける。愛想笑い100パーセントの夏目相手でも律香は怪訝な顔で容赦なく睨み付けてきた。

「誰?」

「なんだよ、人を呼びつけといてそんな言い方ないだろ」

「は?」

「りっちゃん! ごめん待たせて!」

「柊二!」

険悪なムードになる前にと走って割り込んできた瀬田に気づいた律香は、一瞬表情が明るくなったが辺りに瀬田と謎の男しかいないことに気づくと、一気に不機嫌になった。

「ちょっと柊二、彼女連れてこいって言ったはずだけど、どこにいんのよ」

「えっ、えっと、それは……」

女の姿がないことにメラメラと怒りを燃やす律香。その姿はまさに鬼だった。

「やっぱり! おかしいと思ったの柊二に女ができるなんて。嘘だったんでしょ! うちに嘘つくなんて柊二サイテー!」

「嘘じゃねーよ」

ヒステリックに怒る律香の前でぎゅっと夏目に抱き寄せられ、瀬田は固まる。あり得ないくらい密着する二人に律香も唖然としていた。

「俺が柊二の恋人だからな」

「……は? そんな冗談聞きたくないし」

「冗談じゃねえよ。な、柊二」

夏目に耳元で囁かれ、瀬田はドキドキしながらも大きく頷く。先程まで喧嘩で口もきかなかったとは思えないくらいの優しい声だ。

「そ、そんなの信じられるわけないじゃん。柊二がホモじゃないの知ってるし、だいたいアンタ誰なわけ?」

「柊二の高校の後輩」

「年下かよ! あり得ないんだけど」

瀬田に抱きつく夏目を睨み付ける律香が涙目になっているのに気づいて、瀬田は心臓が縮みそうになった。いつも強気な律香の弱った姿を見るとどうすればいいかわからず、うろたえることしかできなかった。

「りっちゃん、泣かないで……」

「泣いてないし!」

「でも」

「柊二がうちと付き合いたくないからって、男を恋人役にするとか、そんなことまでしてくるとは思わなかった。せめて女を用意しろよ〜!」

「だから、俺が恋人だっつってんだろー」

「うっさい! そんなの信じられるわけ……」

「……っ」

夏目の言葉にかみつくように言い返した律香の表情は瀬田にはわからなかった。夏目が瀬田の顔を無理矢理持ち上げてキスしてきたからだ。

「んっ……!? んんっ」

いくら人気がないとはいえここは外で、幼馴染みの前だ。瀬田はやめさせようとしたが、夏目につかまれた腕はビクともしない。そのまま濃厚なキスを否応なく受けいれさせられ、酸欠寸前になってようやく解放してくれた。

「な……な……」

「ここが外じゃなけりゃ、もっとすげぇ事もできるけど?」

口を開けたまま呆然とする律香に夏目が何でもないことのように言う。しばらく放心していた律香だが、握った拳を奮わせながら、ついに豪快に泣き出した。

「柊二に何すんだこのボケーー! うちもキスなんかしたことないのに!!」

「俺はもう回数なんかわからないくらいしてるから」

「はあああ? いやそんなの嘘、嘘に決まってる!」

耳をふさいで夏目の言葉を聞くまいと首を振る律香。次に顔を上げたとき、その目は瀬田を見ていた。

「わかった。そんなに言うなら証拠見せて。言っとくけど、キスなんかじゃ誤魔化されないから」

「じゃあ一体どうすれば……」

キス以上の証拠なんて瀬田には思い付かない。一瞬、携帯での普段のやり取りの記録でも見せるべきかと思ったが、それは流石に恥ずかしすぎる。困り果てる瀬田に、律香は真顔で言い放った。

「せっかく実家が近くにあるんだから、そこの彼氏の事、親に紹介しなさいよ。できるよね? 恋人なんだったらさ」



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