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日がな一日
002


「お願い! 助けて弘也!」

登校するなり助けを求めてきた瀬田に、弘也はまたかとあきれた顔をする。瀬田はそんな顔をされてもおかまいなしに弘也を教室から連れ出し、人気のない廊下の隅まで引っ張っていった。

「なんだよ朝っぱらから。どうせ夏目のことだろ。俺ができることなんかねーから自分でなんとかしろ」

「違うよ! いや、ちがくはないけど……」

「喧嘩して2日? 3日だっけ? そんなに悩むくらいなら瀬田が折れたら?」

「それは嫌だ!」

瀬田が夏目にキレてから、二人はまったく会話をかわしていない。そもそも学年も違うので、自ら作らなければ話すきっかけなどあるわけがない。お互いが自分は悪くないの一点張りで、謝る気がなかった。

「夏目くんが怒る気持ちもそりゃわかるよ。でもいくら恋人だからって人のモノ勝手に燃やしちゃ駄目だろ!?」

「それはまあ確かにそうだけど、夏目に見つかるような場所に隠してたお前だって悪くね? 怒るのわかりきってるじゃん。ただでさえ隠れキレ症なのに」

「そ、そーかもしんないけど……でも、あれはもう手に入らない限定モノで……っ」

普段から椿と嵐志に夏目が嫉妬しているのは知っていた。だから夏目と付き合うことになったとき、これは手放すべきではないかとも考えた。しかし嵐志のポスターは数量限定の初回特典で、椿のものは特別に真結美がゆずってくれたVIP限定のポスターなのだ。捨てるにはあまりに忍びなく、今度帰省する時にこっそり実家に置いておこうと思っていた矢先のことだった。

「とにかく、夏目くんが謝ってくれるなら許してあげなくもないかもしれないけど、俺からは絶っっ対に謝らない」

「だったらどーすんだよ。まさか俺に夏目から謝るように仕向けろって言うんじゃないだろうな」

「違うって! 弘也に頼みたいのは別のことだよ。実は昨日、りっちゃんから連絡が来て……」

「りっちゃん……ってあの、お前の幼馴染みのか」

「うん」

大園律香とは、同じマンションに住み幼稚園の頃から付き合いのある腐れ縁だ。一方的に瀬田を彼氏にしようとしてくる彼女から逃げていたが、つい先日ここまで乗り込んできた律香と、卒業まで恋人ができなかったら付き合う約束を取り付けてしまったのだ。

「俺、恋人ができたってりっちゃんに言ったんだよ。そしたら信用できないから確かめに来るって言われて。また学校に来られると困るって言ったら、じゃあそいつを連れて見せに来いって」

「うわあ。てか律香ちゃんは相手が男だって知ってんの」

「知るわけないだろ! だからずっとごねてたんだけど、それでりっちゃん俺が嘘ついてるって思っちゃって、今週の日曜日に連れてこなきゃここに確かめに来るって言うんだよ。弘也、どうしよう」

「どうしようって、どうしようもないだろ。夏目連れてけよ」

「だから今喧嘩中なんだってば!!」

ただでさえ頼みにくい事を、いまの状況でお願いできるわけがない。もしするならば、その前に瀬田が謝って仲直りするしかないだろう。しかし、それだけはどうしても嫌だった。

「神様仏様弘也様! どうか夏目くんの代わりに俺の彼氏役やってください!」

「は? 嫌に決まってんだろーが」

「もう弘也しか頼める人がいないんだよ」

「何で俺が。だいたいそんな嘘、あの勘の良さそうな女に通じると思ってんのか? ぜってー無理」

「そーだけど、俺このままじゃりっちゃんが嫌だから嘘ついてたみたいになっちゃうよ……」

嫌だから、というのはあながち間違っていないのだが、嘘をついていたとは思われたくない。弘也を連れていった時点で嘘になってしまうが、恋人がいるというのは本当なのだ。

「……ああもう、わかった。俺は行けねえけど、俺が責任もって適任者を見繕ってくるから」

「えっ、いや俺は弘也が……」

「大丈夫、全部この俺に任せとけって。また決まったら言うから、安心して待ってろ」

「ええ?! 待って弘也。待ってってばー!」




瀬田に無理な頼み事をされた弘也は、その日の放課後に生徒会室で役員が全員揃うとわざと自分に注目を集めさせた。この日は体育祭に向けての話し合いのために佐々木嵐志以外の役員達がいた。

「えー、ごほん。みんな聞いてくれ。これから体育祭に備えて計画をたてなけりゃならねぇわけだけど、俺はこの2日で気になる問題を見つけたぞ。誰かわかる奴いるか?」

弘也の言葉にすっと手を上げたのは副会長の田中ゆり子だ。彼女の視線は斜め前にいる夏目に注がれている。

「夏目くんのやる気がない。それも異常に」

「その通り」

いつもは仕事をきっちりこなす夏目が、この2日でぬけがらになってしまった。もちろん弘也はその原因を知っていたが、他の役員達は不思議がって理由を訊ねたものの返答はない。今も話題に出されているにも関わらず、彼は反応がなかった。

「おい夏目、何だよその腑抜けた面は」

孝太に小突かれてようやく自分が注目されている事に気がつく。しかしそれすらも無関心なのか、何も話すことはなかった。

「夏目が言わねぇから俺が言うけど、こいつどうやら瀬田と喧嘩中らしい」

弘也の言葉に全員の視線が移動する。弘也は夏目を注視しながらもにこやかに話し続けた。

「瀬田いわく深刻っぽいし、お前ら……チャンスかもな」

孝太は弘也を睨み付け、椿は腕を組んで夏目を見る。真結美はそんな夏目をハラハラした様子で見守り、ゆり子は無表情のまま、詩音は顔を輝かせた。

「ゆり子ちゃん聞いた? チャンスだって」

「詩音、何度も言うけど私はもう諦めてるから」

「でも、現実的にこの中で可能性が一番高いのはゆり子ちゃんでしょ」

詩音の悪気のない発言に部屋の空気が冷える。特に椿と孝太が夏目がいなければ瀬田は自分のものになっていたと思っているのは明白だった。

「……どうして瀬田くんと喧嘩なんかしたんだ」

椿の質問に俯く夏目の身体が一瞬ピクリと動く。相変わらず何も話さない夏目に弘也は悪びれもなくペラペラと事情を話し出した。

「瀬田が大事にしてた嵐志と椿のポスターをこいつが勝手に処分したんだと」

「ポスター?」

全員がまったく理解できない中、唯一真結美だけが頭を抱えていた。椿は自分の名前が突然出てきょとんとしている。

「僕のポスターって何だ?」

「アレ処分しちゃったの!? マジでありえないんだけど!」

椿の疑問は当然だったが、真結美の怒りは謎だった。弘也はそれ以上説明することなく本題に入った。

「で、瀬田も夏目もお互い謝るつもりはないみたいだから、今は恋人って呼べるか怪しい関係なんだよな。だから、お前らの中で誰か瀬田の恋人役やって欲しいんだけど、どう?」

「ちょっと待って。何で瀬田くんに恋人役が必要なわけ?」

ゆり子の疑問に弘也は懇切丁寧に事情を説明した。大園律香を納得させるために恋人が必要なのだと言うと、まず椿が名乗り出た。

「僕がやろう」

「ああ? 何でお前だよ!」

「僕がこの中で一番、瀬田くんに相応しく見えるからだ。彼女も僕を見れば相手が悪いと諦める」

「はあ? ばっかじゃねぇの」

「そーだよ! ここは迫力美人のゆり子ちゃんの出番でしょ。普通の女ならすぐ怖じ気づかせられるから」

「ちょっと詩音! 私そんなのやらないってば!」

ガンッという大きな音で言い争いがピタッと止まる。夏目が目の前の机に乱暴に足を乗せたのだ。

「わめくな、お前らに柊二の恋人役なんか務まるわけねぇだろうが。この負け犬共め」

「ああ!? 何だとテメェ」

「悪い、違った。ハイエナか。人のモノ横取りしてみろ。一生後悔させてやるからな」

「そんなに言うなら夏目、お前が瀬田の恋人役に相応しい奴見つけてきてくれんの?」

弘也の挑発的な言葉に夏目は獰猛な視線を向けてくる。全員がキレる寸前の夏目に警戒する中、弘也は次に来る言葉がわかるかのように得意気な笑みを浮かべていた。


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