日がな一日
002
そう広いとはいえない生徒会室だが、今は孝太と詩音、そしてゆり子と夏目しかいなかったので演劇部3人と瀬田が入っても窮屈になることはなかった。
塩谷はいつも主役を飾るだけあって生徒会役員達と並んでも見劣りはしない。彼は役員候補ではあったものの、演劇部に所属していたのと成績が悪かったので生徒会には選ばれなかったらしい。
ゆり子と詩音が席をあけてくれたので、演劇部の3人が並んで座り彼らの真向かいに瀬田と夏目が座る。お礼を言いに来たという割りには、笑顔の藤村と白戸とは違い塩谷は何故かふてくされていた。
「ごめんね、夏目くん。散々お世話になったのにお礼が遅れて」
「いや、お礼ならもう何度も言ってくれたじゃん」
白戸の言葉に夏目が首を傾げる。演劇部は瀬田と夏目だけでなく生徒会にまで感謝の限りを尽くしていた。これ以上の礼などいらない。
「そうじゃなくて、こいつよこいつ」
白戸が小突いたのは隣にいたしかめっ面の塩谷だ。夏目が彼の姿をまともに見たのはこれが初めてだった。
「塩谷が自分の代役になってくれた瀬田君と夏目くんにお礼も言いに行かないから、無理矢理連れてきたの」
「だ、だからそのうち行こうと思ってたって言ったろ」
「塩谷はさぁ、自分がいなくても劇が大成功したから拗ねてんだよね。この辺が人間的に小さいというか……」
「部長! そんな言い方ないじゃないすか!」
「あー、ごめんごめん。……こいつが一応うちの素晴らしい花形部員の塩谷です。ほら、挨拶」
藤村から紹介され、瀬田と夏目は条件反射のように頭を下げる。瀬田も先ほど挨拶をかわしたばかりなので、接点のない塩谷がどういう人間なのかはわかっていない。
「……どーも挨拶が遅れてすみません。文化祭では俺の代わりに劇を盛り上げてくれてありがとうございました。俺が出ねぇとしらけるの確実だったんで、超助かりました。すっげぇ感謝してます」
「いえいえ」
言葉は丁寧だがなんとなくぞんざいなのが顔に出ている。塩谷は切れ長の目にどこか冷たさを感じさせる風貌だが、彼を見て笑顔になる瀬田に夏目は落ち着かない。しかし本性を出すわけにもいかないので夏目自身も笑顔を作っていた。
「そんなの気にすんなって。俺達も楽しんでやってたし。な、柊二」
「うん、無事うまくいって良かったよ」
笑顔の二人にもふてくされた表情を変えない塩谷を白戸がまた小突く。帰りたそうにしている彼に藤村が笑顔で言った。
「それで、瀬田くんはそのまま演劇部に入ってもらうことになったから」
「…はあ!? 俺そんなの聞いてないですけど!」
「何で塩谷の許可がいるんだよ」
よろしくお願いします、と頭を下げる瀬田を睨み付ける塩谷。彼が瀬田を歓迎していないのは明らかだったが、そんなことを気にもとめず白戸ははしゃいでいた。
「瀬田くん衣装も格好よく着こなしてくれてたし、演技も上手いし、入ってくれてすごく嬉しい〜」
「白戸まで……嘘だろ」
「あ、あの塩谷くん。俺は……」
「うるさい! 俺はお前なんか認めないからな! ちょっと背が高くて目立つからって、そう簡単に主役やれると思うなよ!」
そんなことは思っていないと言おうとしたが、彼は捨て台詞を吐いて出ていってしまう。彼を怒らせてしまったと慌てる瀬田に、白戸と藤村が代わりに謝った。
「ごめん瀬田くん。塩谷が失礼なこと言って」
「ちゃんと叱っとくから、気兼ねなく部活に来てね」
二人は生徒会役員全員に深々と頭を下げながら塩谷を追いかけて外に出たが、瀬田はその場に残った。塩谷を案内するのはついでで、元々生徒会役員達に挨拶をするためにここに来ていたのだ。
「塩谷くん怒らせちゃったよ……どうしよ」
「大丈夫だって。あいつがまた何か言ってきたら俺がなんとかしてやるから。それより柊二、俺らに話があるんだろ」
「うん……役員補佐をやめるから、みんなに挨拶しようと思って来たんだけど。……全員揃ってないか」
弘也と椿、一年の真結美と嵐志がまだ来ていない。瀬田にとっては気まずいメンバーばかりが揃っているが、全員集合するまで待たせてもらうことにした。
「全員って言っても、嵐志君は来ないかもよ〜。だって来ない日の方が多いんだから」
「……確かに」
詩音の言葉にアイドルの嵐志の忙しさを思い出し瀬田は頭を抱える。補佐として生徒会室に出入りしていた瀬田ですら、彼とは滅多に会えなかったのだ。悩む瀬田を見て夏目が携帯を取り出した。
「とりあえず嵐志に来るか聞いてみるわ。でも休む日は一応俺に連絡くるから、今日は顔出すんじゃねぇかなぁ」
「失礼しまーす」
「あっ」
生徒会室の扉を開けたのは、タイミング良くやってきた佐々木嵐志だった。全員の視線が集まった彼は皆に見られて怪訝な顔をしていたが、瀬田を見つけると目の色が変わった。
「うわっ、瀬田先輩!!」
「え」
今までは瀬田と顔をあわせても挨拶程度で話しかけようともしなかった嵐志が、飛び付くように迫ってきた。驚く瀬田の手を握りテレビでも見られないようなとびきりの笑顔を向けてくる。
「あの俺っ、先輩に会って訊きたい事があったんです! 先輩のこと最初に見た時から何か見覚えあるって思ってて、この前凪にきいたら……あ、凪って俺の相方なんですけど。瀬田先輩って、あの名探偵の、善太郎ですよね!?」
「……」
畳み掛けるように訊ねられて、瀬田はその勢いに唖然とする。違うと言わなければならないのに、すでに確信しているような期待した顔をされると否定もしづらい。夏目以外の生徒達は名探偵って何? みたいな顔をしていた。
「実は俺、むかし善太郎に憧れて探偵になろうって思ってて、でも実際の探偵は善太郎みたいな仕事しないって知って、だったら俳優になりたいと思って芸能界に入ったんです! 会えて光栄です! 握手して下さい!」
「も、もうしてるけど……」
「あっ、本当ですね。もう一生手洗えないです!」
「いや、あの……手……」
自分の好きなアイドルに、突然神のように崇め奉られて瀬田のキャパシティーがもう限界を迎えていた。今までは空気のような扱いで、それが佐々木嵐志隠れファンの瀬田としては理想的な距離感だったのに、この状況はどういうことか。
「てめぇ嵐志、なに馴れ馴れしく柊二の手握ってんだよ」
「……夏目?」
瀬田と嵐志の手をバシリと思い切り引き剥がし、間に割り込む夏目。彼の裏の顔を知らない嵐志は豹変した夏目をポカンとした顔で見上げていた。
「お前どした? 何かすげー怖い顔してるけど」
「黙れ。もう柊二は俺のものって決まったんだから、一度ついた勝負に今さら割り込んでくんじゃねーよ」
「一体何の話……てかお前人格変わってない?」
「二度と柊二を誘惑すんな! このアイドル野郎!」
吠える夏目に抱き締められた瀬田はされるがままになっていた。憧れの佐々木嵐志を目前にして、すっかりのぼせ上がっていたのだ。
「嵐志くんが手握ってくれた……もう死んでもいい……」
「柊二! 手なんか俺がいくらでも握ってやるってば!」
「瀬田先輩どうしたんですか?」
「うるせー嵐志! マジ後でぶっころす!」
夏目がさらに強く抱き締めてくるも、顔を赤くした瀬田は浮かれきって気づかない。理不尽にキレられた嵐志は綺麗と評される顔をしかめたままで、他の役員達は付き合ってられないとばかりに解散してそれぞれの仕事を始めた。
おしまい
2017/6/21
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