日がな一日
003
ずっと他人は敵だと思いこんでいた夏目が、心の底から他人の幸せを願えるようになったのは瀬田のおかげだった。無論それは瀬田限定で他の人間には興味がないか嫌いかのどちらかだったが、しかしだからこそ瀬田を自分のものにするためには手段を選んではいられなかった。
告白の返事は劇が終わるまで待つと言った。そして劇が終わると、瀬田は体調が悪いにも関わらず夏目の部屋を訪れてくれた。当然瀬田が夏目の告白の答えを出したのだと思ったが、なぜか突然瀬田は用事を思い出したと言って出ていってしまった。
一人残された部屋でしばらく思案していたが、何も言わず出ていった理由がわからない。本当にただ用事を思い出しただけなのかとも思ったが、瀬田の写真が入ったアルバムを整理しようとして写真が足りないことに気がついた。慌てて部屋の中を探し回ると、それは勉強机と本棚の間で見つかった。ほっとしたのもつかの間、瀬田が出ていった原因がこれにあるのではないかと思い至り血の気が引いた。
それは二枚ともお気に入りの瀬田の写真だった。瀬田のことが好きで好きで仕方なかった夏目は、いつでも見られるように部屋のいたるところに瀬田の写真を置いていた。寮監の抜き打ちチェックがあるので流石に何十枚も飾ったりはしていないが、違法に手に入れた写真は分厚いアルバム2冊分になる。そのため誰も部屋に入れたことはなかったが、瀬田を招き入れるため早急に片付けた。あまりに急いでいたため、その時写真を落としたことに気がつかなかったのだ。
自分の不覚さに気が遠くなったが、その後すぐに瀬田から連絡が入った。明日時間があるときに改めて二人きりで話したいということだった。写真のことをきかれたら、正直に本当のことを話すべきか誤魔化すべきなのか、夏目はまだ迷っていた。
そして文化祭二日目、朝から大忙しだった生徒会の面々はお互い顔をあわせてプライベートな会話をすることもままならなかった。昨日脅しつけた立脇詩音と顔をあわせた時は、ふいと顔をそらされたがいたって普通の態度で接した。
詩音に本性を見せてしまったのは取り返しのつかないミスだ。しかしあの時は勝手なことを言われ、頭に血が上ってどうしても我慢できなかったのだ。
結局瀬田と二人きりになれたのはお昼を過ぎてからで、生徒会役員に与えられた僅かな自由時間だった。無人となった生徒会室で待っていると、走ってきたらしい瀬田が顔を出した。
「夏目くん、お待たせ!」
少し汗をかいているようだったが、夏目にはいつだって輝いて見えた。ずっとその姿を目に焼き付けていたいと、気づかれないように凝視する。
「気分は? 悪くなってないか?」
「うん、もう大丈夫。昨日はありがとう」
昨日おかしな薬を飲まされた瀬田だが、今日はもう完全に回復していた。同じクラスの人間が夏目の友人を装ってしたことだったが、犯人にはすでに一生消えないトラウマを植え付けてやった。だがそれでもまだ気がすまないくらい、夏目は怒っていた。
「今日は夏目くんに訊きたいことと、言いたいことがあって……」
「?」
何もわからないという顔をして夏目は瀬田を見ていたが、察しはついていた。きっと昨日見つけた写真のことを訊かれるのだろう。理由を訊いてくれるだけまだ救いがあると思うべきか。
しかし夏目が瀬田の話をきく前に、生徒会室の扉が開いた。
「ちょっと待ったぁ!」
突然現れ叫ぶ弘也に瀬田は唖然とする。しかもその背後には孝太、詩音とゆり子までいた。
「いやぁ間に合って良かった。まだセーフだよな、セーフ」
「な、にしてるんだよ弘也。夏目くんとは俺一人で話すって言ったろ」
「いや、まず俺の話を聞け」
「だいたい何で孝ちゃん達まで……」
瀬田にはわからなかったが、夏目にはなぜ孝太達がここにいるのかわかっていた。詩音がずっとこちらを睨み付けているのを見ていればわかる。あんなに脅しておいたのに仲間を連れだって乗り込んでくるとは、正直詩音を見くびりすぎていた。
「瀬田!」
「は、はいっ」
孝太に厳しい口調で呼ばれて瀬田は思わず振り返って返事をする。
「悪いことは言わねぇ、そいつと付き合うのはやめろ」
「……な、何だよ孝ちゃん。いきなり入ってきて、そんなの俺の勝手だろ」
「夏目はお前が思ってるような奴じゃない。どういうつもりで瀬田に近づいてるか知らねぇけど、お前、こいつに何かしたら絶対許せないからな」
後半からは夏目を睨み付けながら孝太は敵意を剥き出しにしてそんなことを言う。背後に瀬田を隠すようにして夏目と対峙していた。
「な、何言ってんの? 孝ちゃんもしかして弘也から何か聞いた?」
「柊二くん、孝太くんが言ってることは本当だよ〜。そこの二重人格男には近づかない方がいいよ!」
「立脇さん……?」
詩音までそんなことを言い出すので、瀬田は訳がわからず助けを求めるように夏目を見る。困惑した様子の夏目に、瀬田は孝太が何か勘違いしていると思った。
「違うんだよ。俺が弘也に相談したことなら、みんなが気にすることじゃない。お願いだから夏目くんを責めるのはやめて」
「瀬田、まず俺らの話を聞けってば」
「それは後で聞くから、とにかくみんな今は出てって! 夏目くん本当にごめん。ちゃんと説明するから」
孝太や弘也を生徒会室から追い出そうとする瀬田の背中に、夏目は優しく手をそえた。
「大丈夫だよ、柊二。孝太はただ俺に嫉妬してるだけなんだろ? 柊二こそ、この人達の言葉を真に受けちゃ駄目だからな」
「う、うん?」
「てめぇ! 詩音をあんな風に脅しといてよくそんなこと言えるな」
爆発寸前の孝太が夏目の胸ぐらを掴み上げる。横暴な振る舞いを止めようと瀬田は孝太にすがった。
「孝ちゃんやめてってば! 立脇さんがどうしたんだよ」
「昨日、お前の写真のことで問い詰めた詩音を、こいつは酷い言葉で脅したんだぞ。なのに瀬田の前ではいい人面しやがって、黙って見過ごせるわけねぇだろ」
「……?」
いったい何の話かと不安そうな目でこちらを見る瀬田に、夏目は首を振って否定した。
「俺には何の事だか……。孝太、何か勘違いしてねぇか?」
「……マジでふざけんなよ。俺も田中も、ここで隠れてお前らのやり取り聞いてたんだからな。誤魔化せると思ってんのか」
「だから、俺にはわからないって。柊二、邪魔が入らないところに場所を変えよう」
「待て!」
何を言われてもしらばっくれる夏目に孝太はまたしてもキレそうになったが、それを詩音が手で制し持っていた携帯をかざした。
「『クソ生意気なこと言ってんじゃねぇぞ、このでしゃばり女』」
詩音の携帯から突然夏目の声が聞こえてきて、全員が固まる。だがいつもと声色が違う夏目の声は容赦なくスピーカーから流れ出していた。
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