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日がな一日
003



なるべく瀬田に気づかれぬよう、こっそり行動する必要がある。瀬田は明日にでも夏目と話をするつもりだ。何としてでもその前に夏目と接触を、となれば明日朝一番に夏目を捕まえるしかない。

「それは無理でしょう。明日の朝なんて一番忙しいじゃない。私達七時には登校してなきゃ駄目なのに」

「でも瀬田は、自由時間は俺か夏目と一緒にいるつもりだぞ。俺達バラけてるのに、どうやって瀬田より早くアイツの本性探るんだよ」

弘也のもっともな意見に全員が考え込む。しばらくして詩音が笑顔で提案した。

「ならしょうがない。今すぐ夏目くんを呼ぼう」

「えっ、今!?」

「そう今。だって明日が駄目なら今しかないじゃん。もう寮に戻っちゃっただろうけど、明日の事でってこの部屋に呼び出したら来るでしょ」

「そうだけど、ここに呼ぶのか?」

「この部屋がいいの。夏目くんと話すのは私だけど、3人とも会話の内容は知りたいよね。だからこっち」

詩音は生徒会室の隣の部屋に続く扉を指し示す。生徒会室の横は資料室となっており、部屋の中から往き来できるように中にもドアがあった。

「3人ともこっちの部屋に隠れてて。そうしたら会話の内容も聞こえるでしょ」

「盗み聞きするってこと?!」

「当たり前じゃんゆり子ちゃん。多分問い詰めてもはぐらかされるだろうし、私徹底的に揺さぶるよ〜! みんなにはその反応見て、黒か白か判断してもらわなきゃ」

「何か詩音ノリノリじゃね……?」

一応恋人役をしている孝太が彼女の目が輝いてるのを見て少し引いている。顔をひきつらせる恋人に詩音が小悪魔の笑みを見せた。

「だあって、私の大好きなゆり子ちゃんと孝太くんが好きになった柊二くんの幸せがかかってるんだよ? そりゃ張り切っちゃうよー。じゃ、今から呼び出すから」

「マジかよ、早いな」

詩音が電話をかけるのを見て三人は何も言えなくなった。こんな行き当たりばったりな作戦でいいのかとも思ったが、綿密な計画を立てている暇もない。弘也を呼び出した時のように、愛想よく警戒心を持たせることなく夏目を呼びつける詩音に全員が感心していた。




詩音だけが生徒会室に残り、後の三人は隣の部屋へと移動する。全員が扉に耳をあて、詩音と夏目の会話を聞こうとしていた。

「ちょっと萩岡、あんまり私にくっつかないで」

「狭いんだから仕方ねぇだろ。お前が離れろ」

「二人ともうるせぇよ。夏目が来たら絶対しゃべるなよ」

喧嘩を始める孝太とゆり子に弘也が小声で叱る。こんなドアの近くにいるのだから、大きな声で話せば向こうに筒抜けだろう。

弘也達はドアにはりつくのをやめ、大人しく気配を消して夏目を待っていた。ほんの数分がやけに長く感じる。時計ばかりを気にしていると外から足音が聞こえ、慌てて全員が再び扉に密着した。

「悪い、詩音。待たせたな」

扉の開く音と、夏目の声が重なる。彼のよく通る声質もあり、隣の部屋からでも会話は十分に聞き取れた。

「大丈夫だよ。来てくれてありがとう。どうぞ座って」

「……詩音だけ? 他のみんなは?」

「いないよ。実は、呼び出したのは文化祭の事じゃないんだ。ごめんね、嘘ついたりして」

いきなり本題に入ろうとする詩音に、全員が息をのむ。音をたてないよう細心の注意を払いながら、扉の向こうの会話を真剣に聞いていた。







立脇詩音は、幼少の頃より自分の容姿が優れていると自覚していた。良家の一人娘として大事に育てられ、なに不自由なく日々を過ごす箱入り娘だった。自分が苦手な事は他人にやってもらうのが当然だと考えていたし、実際周りの人間は喜んでそうした。

しかし成長するにつれて、容姿と家柄だけではどうにもならないことがあるのを知る。
大人になったら両親の決めた相手と結婚し家を継ぐ。それは物心ついたときから両親に言い聞かせられてきたことで疑問にも思わなかったが、萩岡孝太を好きになってからは自由に恋愛もできない事を嘆き、そして孝太が自分を本気で好きにはなってくれないことを悲しんだ。
時間をかけて仕方ないことだと割りきっていたが、自分の恋愛への憧れは強くなるばかり。孝太と恋人ごっこをしても物足りない。そのせいもあり、他人の色恋には嬉々として首を突っ込んでしまう。特に親友の田中ゆり子の恋が成就するのを、詩音はずっと望んでいた。自分が得られなかった物を、親友を助けることで手にいれようとしていた。


「正路くんにいくつか質問したいことがあるの。私には嘘つかないで、正直に答えてね」

一人夏目と対峙して、相手の様子を観察する。短い付き合いではあるが、今まで彼に何もおかしいところはなかった。呼び捨てにタメ口など、礼儀がなってないところはあるものの従順で愛想もよく、仕事のできる後輩だ。

「何? 何か怖いなぁ」

「簡単な質問だよ。正路くんって、柊二くんに告白したんだってね〜」

夏目の顔色にやや変化が見られる。誰にも知られてないと思っていたのだから当然だろう。

「誰から聞いたんだよ、そんなの」

「質問は最後に受け付けます。だから私の訊いたことにだけ答えてね。いつ、どこで告白したの?」

「…いや、何でそんなこと詩音が訊いてくるわけ?」

「日にちは柊二くんの幼馴染みが来た次の日、この生徒会室だよね。それでもって大事な質問、何でゆり子ちゃんに嘘ついたのかなぁ」

夏目の目が見開かれ、明らかに空気が変わる。詩音はその一挙手一投足を見逃さぬよう、笑顔のまま観察していた。

「嘘って何だよ」

「ゆり子ちゃんに、柊二くんが話は文化祭まで待ってっていう伝言を頼まれたって言ったんだよね。でも実際、柊二くんは生徒会室に来た。正路くんが勝手にやったことなんて知りもしないで。おかげでゆり子ちゃんは柊二くんに告白できなかった。そして代わりに正路くんが告白した。これって意味わかんなくない? 理由を説明して欲しいなと思って」

詩音の顔から笑みが消える。夏目はしばらく固まっていたが、額に手を当てて申し訳なさそうな顔になった。

「悪い! 俺、副会長の呼び出しが告白だったなんて知らなかったんだ。てっきり柊二が幼馴染みを学校に呼んだことを叱るのかと……だって本人がそうじゃないかって言ってたからさ。あの時柊二は俺が劇のこと頼んだから、すげぇ疲れきってたんだよ。だからせめて柊二を責めるのは劇が終わった後にしてほしくて、それで……。本当に悪かったよ」

夏目が下げた頭を詩音が見下ろす。確かに矛盾を指摘できるところはない立派な言い訳だが、簡単に納得はできなかった。

「へぇ、そうだったんだ。だったら仕方ないよね。結果的にゆり子ちゃんの邪魔になったとしてもしょうがないかもね〜」

「なぁおい詩音、言いたいことがあるなら言ってくれ」

「別に。ただ、正路くんには柊二くんのこと諦めてもらおうと思って」

詩音の言葉にさすがの夏目も笑ってはいられなくかった。それでも詩音は躊躇わずに話し続ける。

「本気か遊びか知らないけど、正路くんなら可愛い女の子選びたい放題でしょう。なんなら男子だって。無理に柊二くんに固執することなんかないじゃない? ゆり子ちゃんに申し訳ないと思ってるなら、黙って年上の言うことを聞いておきなさい」

現状で、夏目がゆり子を騙した証拠も、ストーカーだという確証もない。怪しいところはあってもそれはあくまで可能性。それをわかっていても詩音は夏目に悪意があるという前提で話を進めていた。さもなければ夏目を責めることも問い詰めることもできないからだ。
見当違いであれば夏目にとって迷惑この上ないが、そんなことは詩音にとって大きな問題ではなかった。椿礼人の後任候補になるくらいの人望はあるが、彼は年下の一般生徒だ。詩音が彼に嫌われて困ることなどない。

「おとなしく身を引くなら、正路くんがしたことは柊二くんに言わないであげる。それにその方が柊二くんのためだよ。正路くんよりゆり子ちゃんの方がお似合いだもん。頭もいいし可愛いし、何より女子だし。柊二くんは女の子も好きになれるんだから、そっちの方が良いじゃない」

「……」

「だいたい、ゆり子ちゃんは正路くんがここに来る前から柊二くんのことが好きなんだよ? それを後からきた人間、しかも後輩が横取りなんて駄目でしょ〜。ここは先輩に譲らなきゃ。それに、あなたが実は柊二くんのストーカーなんじゃないかって噂まで聞こえてくるし、私としてはこのまま見過ごせないなぁと思って……ッ!」

それは一瞬の出来事だった。よくよく夏目を観察しながら話していたはずの詩音は、気づくと胸ぐらを掴み上げられ夏目の顔が間近に迫っていた。

「クソ生意気なこと言ってんじゃねぇぞ、このでしゃばり女」

「ふぇ?」

静かに、それでいて怒気のこもった声で夏目に言われた内容はすぐには頭に入ってこなかった。固まる詩音を相手はゴミでも見るような目で見下ろしてきた。

「さっきから黙って聞いてやってりゃ電波なこと言いやがって。先輩だから譲れ? ゆり子ちゃんのが相応しい? てめぇの謎思考人に押し付けてんじゃねーよ」

「……え、あの…」

「俺より前に柊二が好きだとか。ははっ、笑える話だな。だいたいあの女も人のせいにしてんじゃねえよ。俺なんか信じる自分が悪いんだろ。告白する勇気がねぇから先伸ばしにされても黙ってたんだろうが。普通あんなの信じるか? アホだよアホ」

「……」

あれだけ煽れば、さすがの夏目も怒るかもしれないと思っていた。心当たりがあれば泣いて謝ってくるかもしれないとすら考えていた。しかし現実は、怒りなどという生易しいものではなかった。

「つかあの女が言ってくんならまだしも、何でお前なんだよ! 何も関係ねーじゃん。頭に虫でも湧いてんじゃねぇの」

この目の前の男はいったい誰なのだろうか。夏目のこんな姿など見たことない。口が悪すぎる内容よりも、彼の目が、顔つきがまともではなかった。多くの生徒達から恐れられている孝太でさえ、こんな荒んだ目はしていない。初めて見る得体の知れない相手に、詩音は思わず後ずさった。

「あー……ずっと我慢してたのにお前のせいで台無しだろこれ! この際だから言っとくけど、俺はお前みたいな女が一番嫌いだから! アンタ含めて生徒会の奴らは特に、見てるだけで吐き気がするけどな」

夏目が手を離し、ようやく呼吸ができる気がした。しかし毒づく男を前にして詩音は身動きできず、下手なことは何も言えなかった。

「ここに来てから何度キレそうになったか…。マジでよく耐えたわぁ、俺」

顔を伏せて大きくため息をつく夏目。再び顔をあげたとき、彼はいつもの夏目正路に戻っていた。

「まあ、今日のことはお互い忘れて、これからも無難にやってこうぜ! 詩音の俺に対する暴言も許してやるし。ああでも今日のこと柊二にチクったら、二度と外歩けねぇような目にあわせてやるから。わかった?」

「……」

「返事しろよ」

「……っ、わかった」

「なら良かった。じゃあ明日の文化祭、頑張ろうぜ」

微笑む夏目を見ると今言われたことが嘘に思えてくる。出ていこうとする夏目を詩音は思わず呼び止めた。

「ま、待って正路くん…!」

「気軽に名前呼んでんなよ。お前と仲良くなった覚えねぇから」

ぴしゃりとドアを閉められ、呆然と立ち尽くすしかない詩音。そのまま硬直していると、静寂を突き破るように扉が開いた。

「詩音! 大丈夫!? すぐ助けに入ろうとしたのに男二人に止められて……」

「おいそれは俺に感謝しろよ! 詩音、大丈夫か?」

ゆり子と孝太が駆け寄ってきて詩音の無事を確かめる。当の本人は魂が抜けたぬけがらのような顔をしていた。

「何か途中からヤクザみたいな声が聞こえてたけど、何もされてない?!」

「あのクソ野郎。どんな本性だよ……!」

ゆり子に抱き締められながら詩音は二人の憤慨する声を聞いていた。彼らも声は聞こえていただろうが、あの暗い目を見たのは詩音だけだ。しかしそれをどうやって伝えればいいのかわからない。ただ確かなのは夏目正路は恐ろしい男だということだ。

「杵島、お前も聞いてたろ? これで俺達に協力してくれるよな」

孝太の問いかけに、頭を抱えて難しい顔をしていた弘也が唸る。弘也にとっても先ほどの夏目の姿は予想外だったらしい。

「……わかったよ。確かに、あいつに瀬田を任せるわけにはいかねぇな」



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