[通常モード] [URL送信]

日がな一日
002



その後は午後の部の仕事があったので、弘也を呼び出す時間はなかった。なので一番警戒されにくそうな詩音が、文化祭が終わったあと生徒会室に来るように声をかけることになった。

瀬田は不在だったが、各部活動、クラスの舞台発表は滞りなく進んだ。てきぱき仕事をこなす夏目に詩音やゆり子は普段通り接していた。
保護者や部外者全員の退出を確認し、殆どの生徒達が寮へと戻る時間、詩音の指示通り一人のこのことやってきた弘也は、三人の男女に囲まれていた。




「一体何なんだよ、お前ら」

小動物みたいに可愛い詩音にお願いされて生徒会室にやってきたら、そこには詩音だけでなく愛想のないゆり子と孝太が待ち構えていたのだ。すぐにでも帰りたいと思ったが、入り口を塞ぐように立つ三人に身動きがとれない。

「弘也くんにちょっと聞きたいことがあるの」

詩音はいつもの笑みを見せているが隣の二人の顔は笑っていない。弘也は一人椅子に座らされ、三人にぐるりと囲まれている。尋問を受ける容疑者のような扱いだ。

「柊二くんの事なんだけど」

「瀬田?」

「柊二くんって、夏目くんと付き合ってるの?」

「は?」

昼休みに瀬田から夏目とのあれこれを聞かされたばかりだ。それなのにこの三人の方が情報が早いことに弘也は思わず顔をしかめた。

「何でお前らがそのこと……いや付き合ってはねえけど。まだ」

「まだ?」

「ちょっと迷ってんだよ。それより、何でお前らがそんなこと知ってんのかおしえろ」

隠したまま話を聞きだすのは無理だと判断し、代表してゆり子がこれまでの事を話した。自分が告白しようとして夏目に止められたこと、そして孝太は夏目が好きだという理由でフラれた事を。その経緯を弘也は瀬田から聞いて知っていたが、夏目が好きだということまで話していたとは思わなかった。

「なるほど、理由はわかった。……質問には答えたし、俺もう帰っていい?」

「駄目だ。お前には頼みたいことがある」

「なんだよ萩岡」

「夏目とは付き合うなって瀬田に言え。アイツはお前のいうことなら聞くだろ」

「はあ?」

そういう話だっただろうかと詩音とゆり子は顔を見合わせる。弘也は冗談だろうと思ったが孝太の顔は大真面目だった。

「あのな、悪いけどそれは難しいな。俺だって夏目と付き合うのはやめた方がいいんじゃないかと思ってる。でもアイツが選んだことだし、証拠もないのに夏目を悪者扱いして、瀬田にあることないこと吹き込むわけにもいかないだろ」

「疑いがあるだけで十分だ。あいつは瀬田に相応しくねえ」

「それはお前の願望。単に瀬田をとられたくないから夏目を悪人にしたてようとしてるだけじゃねぇか」

「じゃあお前は、もし夏目のせいで瀬田になにかあったら責任持てんのかよ」

「だぁかぁらぁ、そういう話じゃねえだろー」

瀬田と夏目が付き合う事を必死になって止めようとしている孝太に弘也はだんだんとイラついてきた。妨害するのは勝手だが、なぜそこに自分を巻き込むのか。

「俺はお前のしつこい片想いの手助けする気はねぇんだよ。だってお前知れば知るほど性格悪いんだもん。そりゃ夏目がマジもんのストーカーだったら俺だって全力で止めるよ? でも証拠ないじゃん。その点萩岡の性根の悪さはお墨付きじゃん。現時点では夏目のがマシって事だよ俺の中で!」

「弘也くん」

「なに」

「ストーカーって何?」

「あ」

詩音の質問に弘也は自分の失言に気づく。しかし今さらどう取り繕っても口に出してしまった言葉は取り消せない。洗いざらい吐け、と言わんばかりの詩音の笑顔が弘也を追い詰めた。観念した弘也は渋々重い口を開く。

「……ストーカーっていうのはぁ、瀬田が夏目の部屋に行ったとき、たまたま瀬田のガチの隠し撮り写真見つけちゃって」

「は?」

「怖っ、てビビった瀬田が告白保留にして俺に相談してきたんだよ。考えても仕方ないから明日本人に直接きくって言ってた」

「いや、聞くも何もそれは確実に黒だろ。やめさせろよ」

「本人の意志が堅くて、他人が何言っても無駄なやつ」

面倒な相手に余計なことをバラしてしまったと頭を抱える。ゆり子は信じられないという顔で今にも笑い飛ばしそうな雰囲気すらあった。

「ストーカー? あの夏目くんが? それ本当?」

「俺だってそうじゃないといいなーって思ってるけど。ただ瀬田はゆり子様に呼び出された時、夏目に伝言なんか頼んでねぇのは確かだぜ。あいつちゃんと生徒会室に行ったらしいからな」

「ほらやっぱり! 俺の言った通りじゃねえか」

それ見たことかと孝太が声をあげて喜ぶ。その横でゆり子が眉間の皺を深くしていた。

「それ、どういうことなの」

「生徒会室にはゆり子様じゃなく夏目がいて、瀬田の代わりに話つけたって言われたらしいぜ。あいつ学校に幼馴染呼んだこと、ゆり子様に怒られると思ってたからな」

「は? 私そんなことで呼び出したりしないんだけど」

「で、まさにその時夏目に告られたとも言ってたな」

「「はああ???」」

三人の声が見事に被り、弘也は手で耳を塞ぐ。余計なことを話してしまったと全員の反応を見て後悔した。

「なにそれ、ゆり子ちゃんのこと遠ざけといて自分が告白したってことぉ?」

「ほら、やっぱ黒だなんだよ夏目は。さっさと締め上げようぜ」

「私そんなことで怒ったりしないんだけどぉ……」

騙されたショックと瀬田の勘違いのせいでゆり子は落ち込んでいたが、孝太と詩音の怒りはおさまらない。

「このこと! 柊二くんに言い付けようよ〜!」

「証拠もねえし、何かの間違いだったら取り返しつかねえだろ。やめとけ」

「でもでも、柊二くんと正路くんを二人にするのはマズいよ。弘也くんだってそう思うでしょ?」

「まあな。でも夏目と会うとき一緒に行くって言ったら、ついてくんなって。二人で話すってきかねぇんだよ。もう知らん」

「だったら私達で先回りすればいいじゃん」

「……はい?」

他の三人の怪訝な顔も気にとめず、詩音は自分の思い付きを軽快に語りだす。

「いったいどういうつもりなのかって、正路くんに柊二くんより先に訊くの。怪しいところがなければそれでいいし、あれば現行犯で捕まえられるじゃない」

「いやでも瀬田に相談もせずそれは……」

「待てよ杵島。落ち着いて考えてもみろ。普段からの柊二の間抜けっぷりから考えればそれぐらいしても問題ねえんじゃねぇの」

詩音の提案に便乗したのは孝太だ。しかしそれとは対照的にゆり子は首を振っていた。

「バカね、関係のない私達が介入するなんてダメに決まってるじゃない。瀬田くんに知られたらどうする気?」

「ゆり子ちゃん関係なくないじゃん。正路くんを問い詰める権利あるよ」

「だからそれが嫌なんだってば! 私がただの諦めの悪い女みたいじゃない。私はもう、瀬田くんのことはいいんだから」

「大丈夫、私が一人できくから」

「……え?」

「ゆり子ちゃんだって柊二くんが心配でしょ。孝太くんじゃ喧嘩になるかもしれないし、私に任せて。もしものときも私が責任とるよ」

自分がやるとばかりに身を乗り出していた孝太を手で制する詩音。生徒会の中でも気難しい方である二人を詩音は完全に制御していた。

「ね、いいよね弘也くん」

「……」

「瀬田に黙って協力してくれんなら、お前が生徒会に入るの許可してやるよ」

突然の孝太の提案に弘也は思わず目を見開く。その言葉は弘也には効果てき面だった。

「俺と詩音と、田中の許可もらえたらあとは楽だろ。正式な役員になりたいなら、黙って従ってろ」

卑怯な手ではあったが、それで完全に弘也を味方に引き込んだ。瀬田に言いつけるなんて考えはあっという間にどこかへ吹っ飛んでいた。

「三人分の推薦と引き換えだな。わかった、瀬田には黙ってるから、お前ら約束は絶対守れよ」

瀬田を裏切ってしまった事を後ろめたく思う気持ちがないわけではないが、これは瀬田のためでもある。それに孝太に暴走されるより詩音に任せた方がまだ安心だ。弘也は自分にそう言い聞かせてすべてを見過ごすことに決めた。こうして結託した三人に一人加わり、夏目と直接対峙することとなった。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!