「愛してる」を全力で
003
「おい光晴! なんだよあれ!」
「あれって?」
「九ヶ島だよ九ヶ島! 思いっきりヤンキーじゃん!」
「ヤンキーだよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇ!!」
九ヶ島との顔合わせから帰ってすぐに詰め寄る俺に、光晴は悪びれもせずのんびりと対応した。だからそんな大事なことは先に言えっていってんのに、こいつはなかなか学習しない。
「ごめん、見たらわかるかと思って。でも言ったら、お前行くのやめたわけ?」
「いや、それはないけど……。でも心構えが違うだろ!」
「心構えなぁ…。なに、やっぱ超怖い人だった?」
「怖い……?」
イチャイチャラブラブしていた小柄な男子にぶん殴られた時の奴の姿を思い出す。あれは超怖いには程遠かったが、俺を脅した時の目は確かに不良といっても支障ないぐらいの迫力があった。
「でもあの人、基本普通にしてたら普通の人だからなー。アイドルみたいにキャーキャー騒がれても別に怒らないし」
「……いや、つかお前は何でそんなに九ヶ島に詳しいの」
「別に詳しくねぇよ。知ってるのは姉が1人いて犬を1匹飼ってて、両親がパイロットとCAの空の旅カップルで、中学時代は空手部だったけど乱闘事件で強制退部。不良で問題児ながらも成績はかなり上位。特に英語は大得意、ってことぐらいかな」
「いやいやいや! 十分マニアの域だろ! お前何者だよ。奴のストーカーか!?」
「あ?」
俺の言葉に心底嫌そうな顔をする光晴。九ヶ島のストーカー扱いされるのは心外だったのか、あっさりとネタばらしをした。
「俺が追いかけてんのは奈子ちゃんだけです〜。別に俺が調べたわけじゃねえよ。部活の奴らに九ヶ島のファンが多いだけで」
「お前の部活って、あのゆるゆるの吹奏楽部?」
光晴は父親の影響で小さい時からギターが好きだったらしく、この男子校にしたのも軽音楽部があったからだそうだ。しかしいざ入学してみるとあったのは軽音ではなく吹奏楽部。普通はそんなの間違えないだろうと思うのだが、とにかく奴はうっかり者ではあったが諦めだけは悪かった。今はそのやる気のない連中が集まった男ばかりの吹奏楽部を、軽音楽部に変えるため日々奮闘している。あまり成果は出ていないようだが。
「あいつら、練習もせずに集まったら九ヶ島の話ばっかり。あれじゃ九ヶ島ファンクラブか軽音部かわかんねぇよ」
「いや、だから吹奏楽部だろ」
しかし九ヶ島とやらはファンがいるくらい有名な男なのか。いくら他人に興味ないとはいえ、入学してから1ヶ月もたってるのに何も知らない俺も大概だな。
「……つか、まさかそん中に九ヶ島と付き合ってる奴がいるんじゃないだろうな」
「いいや、あれはただのファンの集まりだから。でもかなりストーカーまがいの奴らでさ、情報はそのへんの噂より正確だと思うぜ。でも聞けば聞くほど九ヶ島ってのは相当ハイスペックな野郎だよ。お前に勝ち目はねぇ。安曇先輩のことは潔く諦めろっ、と」
「嫌だ。だいたい俺のどこが奴に負けてるっていうんだ」
「頭の良さ」
こいつ……叩き潰してやろうか。
「そんなに言うほど頭悪くねぇよ」
「悪いですー。千昭、英語なんて特にクソじゃん。選択問題しか書けないから解答用紙にアルファベットないじゃん」
「うるせぇ! 英語なんか勉強したって将来何の役にもたたないんだよ」
「海外行ったときどうすんの」
「俺は日本から出ない」
「……」
冷めた目で俺を見る光晴の同情的な視線が痛い。というか何でこんな話になっているんだろう。
「俺の頭はどうでもいいんだよ。安曇だ安曇! 俺は絶対にあいつを諦めねぇぞ」
可哀想な安曇、健気な安曇。浮気されて文句も言わずただ耐えているだなんて。俺なら安曇にそんな思いはさせないのに。
「安曇を一途に思う気持ちは間違いなく奴より上だ。俺はあんな浮気野郎には負けない」
「お前が一途さを売りにするのは無理があるけどな」
「安曇を幸せにできるのは俺だけだ。安曇の目を覚まさせて、俺が好きだってあいつの口から言わせて見せる!」
「……訴えられるような事だけはするなよー」
九ヶ島は誰でもいいのだろうが、俺には安曇だけなのだ。どちらを選んだほうが幸せになれるのか、あいつもすぐに気づくことになるだろう。
安曇への思いをさらに強めた次の日、移動教室だった俺は光晴と一緒に近道である中庭を横切っていた。ここは安曇に初めて告白した時に呼び出した場所だから、俺の中でなんとなく感慨深いところになっている。
「……あれ、安曇だ」
「えっ、どこ」
ここからかなり離れた校舎の窓辺に安曇が立っているのが見えた。外からだと上半身しか見えないが、何人かの野郎共と一緒にいる。
「えー、どこにいんだよ。いねぇぞ」
「馬鹿、校舎ん中だよ。あそこ、廊下にいる団体の背がちっこいやつ」
「えっ、あれ!? 千昭目いいな……」
「安曇なら何メートル先にいてもわかる」
伊達眼鏡のフレームを押さえながら目を凝らす光晴の横で自慢げに胸を張る俺。最近では離れた場所にいても安曇の存在を察知できるようになってきた。
「でも安曇先輩、あんなとこで何やってんだろ……」
光晴の言葉に俺はよくよく目を凝らしてみる。安曇と一緒にいる男はガタイもよく雰囲気的に3年っぽかった。見た目も派手でどこからどう見ても不良だ。けれどなぜそんな奴らと安曇が一緒に?
「あっ」
不思議に思っていると、不良の一人が安曇の手を取り無理矢理引っ張っていくのが見えた。ここからでもわかる安曇の苦悶の表情に、気づいた時には俺はもう走り出していた。
「ちょ、千昭どこ行くんだよ! もうすぐ授業始まんぞ!」
「安曇が絡まれてる! 助けに行くから先生にはテキトーにごまかしといて!」
「は!?」
「よろしく!」
あの様子は絶対にただの友人同士のじゃれあいなどではなかった。やつらな安曇に何かする気だ。
俺の大事な恋人(予定)に手を出すなんて許さない。俺は光晴の言葉も聞かず安曇を助け出すため彼の消えた方へ全速力で走った。
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