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してる」を全力で
002



その次の休み時間、浮気野郎の情報を光晴から聞き出した俺は、さっそく奴のところに乗り込んだ。近くにいた2年の生徒に居場所を聞いたところ、どうやら奴は教室にはいないようだった。しかしならばどこにいるのかと訊ねても、なぜか歯切れの悪い返事しか返ってこない。一様に視線を泳がせる2年達を訝しく思っていると、人良さそうな1人の先輩が1階の化学室にいると思うとおしえてくれた。その先輩に礼を言った俺はすぐに階段をおりて化学室に向かった。


廊下の突き当たりにある化学室は、教室や靴箱から距離があるため遠くから生徒の話し声が聞こえる程度で、人の気配もなくしんとしている。本当にこんな場所に奴がいるのだろうか。半信半疑で扉のガラス部分から中を除き込んだが、誰の姿もない。

やはり引き返そうかと思った矢先、端の方で動く何かを視界にとらえる。慌てて目を凝らすと床に座り込む金髪の男が見えた。


――奴だ。

しかしなぜあんな場所に? という疑問はすぐに解決した。そこにはそいつだけではなくもう1人いた。二人はかなり密着していたためすぐには気づかなかったのだ。奴は俺の知らない小柄な男子を壁に押さえつけ覆い被さっている。どうやらお楽しみの真っ最中らしい。

「あの野郎、安曇っつー恋人がいながら……」

腹の底から込み上げてくる怒りに任せ、このまま中に入り怒鳴り付けてやろうかと思った。けれど、いま二人の間に出ていくのは気まずすぎる。相手が安曇であれば飛び込んでいったかもしれないが、あれは他人だ。しかしだからといってせっかく恋敵の浮気現場をおさえているというのに、このまま立ち去るのはなんだか悔しい。
そんなこんなで途方に暮れていた俺がかなり長いこと迷っていると、中にいた金髪浮気野郎が少し顔を上げた。

腹の立つことに、そいつは光晴の話通りの超美形だった。でも俺だってけして負けてはいない……と思うのだが。
もっとよく見てやろうと奴のその愉しそうな顔をしげしげと眺める。とその瞬間、視線がばっちりあってしまった。

「……!」

奴に気づかれてしまった俺は動揺のあまり身動き一つとれなくなる。何を言われるかとドキドキしていた俺だが、意外なことに奴は口元に笑みを浮かべ、組み敷いた小柄な男子に見えないように人差し指を口にあてた。

「…?」

なんだ、今のは。静かに、ってことだよな。邪魔だからあっちに行け、ってことじゃないよな。

わけがわからずそのままつっ立っている間にも、二人の行為は続いている。いや、先程よりもいっそう激しくなった気さえする。……なんで俺、こんなもん見てなきゃいけないんだろう。あの男は俺の存在に気づいたはずなのに。

やっぱり出直すべきかと考えていると、奴が小柄な男子になにやら囁いた。その瞬間、もの凄い勢いで振り返ったその男子と目があってしまう。その子の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのを見て、覗き見なんてしてすみませんと謝りたくなった。

と、その瞬間、思いもよらぬことが起こった。その小柄な男子が恋人であるはずの奴をぶん殴ったのだ。

「……」

唖然とする俺の前で痛さにのたうち回る浮気野郎。小柄な男子はかなり怒った様子でこちらにやってきて、ドアを勢いよく開けた。

「おい! 待てよ久遠(クドウ)!」

「うるさい! 俺は人に見られて喜ぶ趣味はない!」

久遠と呼ばれた青年は憤慨した様子で叫ぶと、俺とは目をあわさないようにしながら立ち去る。無惨に殴られた奴は、痛そうに頬をさすりながら俺の前までやってきた。

「なんだよ、ちょっとからかっただけだっつーのに。いくらなんでも怒りすぎだろー。なぁ?」

「えっ」

軽い調子でいきなり話をふられて硬直する俺。こいつ、近くでみるとかなり背が高く、何だか迫力がある。

「……あ、あんたが九ヶ島(クガシマ)?」

「そーだけど。なに、もしかして俺に用?」

あきらかに遊んでそうなチャラい九ヶ島の外見をもう一度まじまじと見る。装飾品多すぎだし、制服気崩しすぎだし、おまけにこの派手な金髪。どうせ頭も素行も悪いんだろう。顔がいいのは認めるが、総合的には俺の方が勝ってるはずだ。

「俺は1年4組の上山千昭! 今日はあんたに言いたいことがある!」

「上山…?」

「安曇悠人と、今すぐ別れろ!」

「……」

九ヶ島はでっかい目をぱちぱちさせながら硬直していた。向こうが何も言わないので俺は話を続ける。

「お前は安曇にふさわしくない。本気じゃないなら、潔く手を引いてもらおうか」

「……ああ、そうか! 上山ってどっかで聞いたことあると思ったら、安曇が言ってたストーカーか」

「は!?」

まさかのストーカー呼ばわりに今度は俺が固まってしまう。思い出せて余程すっきりしたのか、九ヶ島は嬉しそうに頷いていた。

「なるほどなー、意外といいツラしてんじゃん。よろしくストーカー君」

「ストーカーじゃねぇ! 上山だ!」

「え〜、じゃあ上山君。久遠が逃げたのは上山君のせいなんだから、もちっと神妙にしててもいいんじゃねえ?」

「お前、安曇がいんのに学校で堂々と……!」

ふつふつと湧いてくる怒りに肩を震わせる。俺が怒っているのに気づいてないのか、九ヶ島はのんびりとした口調で朗らかに話し続けた。

「あー、安曇のことだけどよ、アイツかなり迷惑してるみたいだからさぁ。もう付きまとうのやめてあげてくんないかな」

「おっ…、お前なんかに言われる筋合いはねぇ!」

「いや、マジで言ってんだけど」

突然、乱暴に胸ぐらを掴み上げられて俺は文句を言うために口を開ける。けれど奴の凍てつくような目に出てくるはずの悪態が引っ込んだ。

「今んとこそんな派手なことはしてねぇみたいだけど、これ以上やるなら見逃せないな。安曇が強気に出れないことをいいことに、好き放題はさせねーよ」

「……っ」

「お前の好意は迷惑だ。わかったらとっとと諦めろ」

にこにこと笑いながら俺の胸ぐらを掴んでいた手を離す九ヶ島。でも目はまったく笑っていない。ちょっとでも俺がおかしな真似をしたら容赦なく殺る気だ。

「……」

じゃあそういう感じでヨロシクー、と気さくに手をあげた奴が俺に背を向けるまで、蛇に睨まれた蛙のように俺は一時たりとも九ヶ島から目をそらすことができなかった。


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あきゅろす。
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