「愛してる」を全力で
本命彼氏と間男
「よお、千昭! 朝からテンション低いぞ! また今日もフラれたか〜」
「……光晴(ミツハル)」
いつも行動を共にする友人、緒川(オガワ)光晴が登校早々、陽気に声をかけてくる。安曇にフラれたその日から俺は何度となく交際を申し込んだが、結果はどれも残念なものだった。最近では顔を見るだけでそれとなく避けられる始末だ。
「なんだよ〜、くよくよすんなよ失恋ぐらいで。男なら誰でも経験すんだからさぁ」
「……俺はない」
「そりゃお前、男相手じゃ勝手が違うわな」
けらけらと笑う光晴に怒る気も失せていく。光晴自身はいたってノーマルだったが、同性愛には抵抗がないらしく俺も安曇のことを色々と話していた。
「……くそ、俺の何が駄目なんだよ。これ以上の男なんかいねぇだろ」
「その俺様が鼻につくんじゃねぇ? あと馬鹿なとことか」
「そんなの見た目からはわかんねぇだろうが……」
「確かに、お前顔だけはいいもんな。あの可憐な安曇先輩とお似合いだと思うよ」
「だろ!?」
「ま、俺の奈子ちゃんの方が圧倒的に可愛いんだけど〜」
そう言いながら携帯画面に映る恋人の写真を見ながらにまにましている光晴。気持ち悪いことこの上ない。こいつはホモに抵抗がないというより、友人の性癖などに興味はないという方が正しい。頭の中は中学の時から付き合っている女のことだけ。彼女一筋を証明するために、わざわざ男子高に入ったというのだから驚きだ。
「フラれたもんは仕方ないしさ、諦めて違う恋探しなって。他にも可愛い子いるよー? 女でよけりゃ俺が紹介するし」
「安曇じゃなきゃ嫌だ。俺はそのためにこんなクソ遠い学校に通ってんだから」
「あー、そういやそうだったね」
そう、俺は安曇に近づくためだけにこの男子高に来たのだ。
そもそも安曇との出会いは1年ほど前に遡る。当時俺には付き合っていた女がいたが、そいつとのデート中に浮気相手と遭遇。その場で大喧嘩という惨事になったのだ。
どちらが浮気相手か判別できないほど、思い入れもない女達だったから別れることになってもあまり問題はなかったのだが、酷かったのが彼女らの怒りの矛先が俺一人に集中していたことだ。あいつら、女二人がかりで俺をぼこぼこにした挙げ句、俺の携帯を壊し、あり金を全部盗っていきやがった。
そして俺はようやく悟った。
女なんてみんな、一皮剥けばマウンテンゴリラなのだと。
「女となんか二度と関わりたくない……」
「お前そりゃ、浮気した千昭が悪いよ」
「……浮気なんか、男なら一度はするだろ」
「俺はしない」
「間違えた。いい男なら、だ」
「……」
とにもかくにも、その時の俺は金も携帯もなく徒歩で家まで帰るしかなかった。ぼろぼろの姿の俺を助ける者はなく、歩き疲れ道端のベンチに座り込んでいた俺に声をかけてきたのが、他ならぬ安曇悠人だった。
「……初めてあいつを見た時、天使かと思った」
「はいはいもう何百回も聞いて耳ダコですよ」
その天使は俺を気遣うだけでなく、傷をハンカチで押さえ帰りの交通費まで渡してくれた。必ず返すからという俺の言葉を受け取らず、名乗らないまま去っていった人。殆ど一目惚れだった。
「手がかりは着ていた制服だけだったが、入学しちまえばすぐにわかった。何度か目の前を素通りしてやったのに、ちっとも話しかけて来ないから俺の方から告白してやったんだ。それなのに……」
「だからー、その俺様根性が上から目線すぎて駄目なんだって。どうせ告るときもそんな態度だったんだろ。そんなに惚れてるならすがりつく勢いで告白すれば良かったのに」
「うるさい、そんなの俺のプライドが許さないんだよ」
「女に袋叩きにされた野郎が何を言う……」
「ちがっ、あれは女相手に反撃なんかできなかったからで」
「はいはい、わかってます。わかってますとも」
無性に腹の立つ言い方で光晴は俺をあしらう。こいつの言うことにも一理あるのはわかっているが、改善する気はまったくなかった。
「まあどっちにしろ、千昭があの先輩と付き合うなんて無理だろうけどさ」
「? なんでだよ」
光晴の言葉に、あれだけアプローチしてもまったくなびかなかった安曇を思い出す。もしや安曇はこいつと同じでノーマルな人種なのだろうか。だがここは同性愛が日常と化した非常識な学校だ。例えノーマルでも俺なら惚れさせる自信はあったのに。
「え、だって安曇先輩、彼氏いるもん」
「はああああ!?」
苦悩する俺の耳にとんでもない事実が飛び込んでくる。突然叫ぶ俺にクラスメートの視線が集中したが、気にしてる余裕はなかった。
「あれ、千昭知らなかったの。有名なのにー」
「知らねぇよ馬鹿! どこのどいつだ! 吐け!」
「そんな怒鳴らなくっても言うって…。一個上の先輩で、安曇先輩と同学年。クラスは違うらしいけど。ちなみに超イケメン」
「ああ?」
「んでもって、すんごい浮気者」
「あああ!?」
「浮気っていうか、複数の男と付き合ってる? それが公認? みたいな」
衝撃の事実に思わず立ち眩みが。つーかそんな大事なことさっさとおしえとけよ。
「なんで……なんで安曇はそんな奴と付き合ってんだよ……」
「さあ? 好きなんじゃない」
「……何股もかけられてんのに?」
「健気だよなぁ」
「……」
安曇がもう誰かのものだなんて考えもしなかった。しかもよりにもよってそんな最低な野郎と? 俺を差し置いてそんな奴を選んだってことがめちゃくちゃ気にくわない。
「許さねぇ……。そんな浮気野郎には絶対、安曇と別れてもらう」
「お前が言えるセリフじゃないと思うけど」
「直接文句言いに行ってやる! 今から2年の教室に乗り込むぞ!」
「え!? おい、ちょっとやめとけって! 千昭!」
光晴の制止など無視して一目散に教室を飛び出そうとしたが、腕を捕まれつんのめる。
「なんだよ! 止めんなよ!」
「とりあえず落ち着け! もう時間ないから。授業始まっちゃうだろ!」
「……確かに」
怒りをなんとか沈静させて、俺は踵を返す。ほっと一息つく光晴の隣で、鼻息を荒くさせた俺の頭の中にはライバルの排除、それ以外の思考は存在しなかった。
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