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してる」を全力で
九ヶ島×千昭
エイプリルフール&4周年記念小説
他CP番外編で 九ヶ島×千昭パラレル?






後から思えば、俺は九ヶ島という男を甘く見すぎていたのだと思う。


九ヶ島という名の一つ上の先輩は、俺の意中の相手、安曇悠人の恋人である。だがこの九ヶ島という男、かなりの浮気性で安曇だけでなく色んな男と関係を持っていた。それがどうしても許せなかった俺は、安曇にはとうの昔に振られているにも関わらず、そんな不誠実な態度をとるなら安曇とは今すぐ別れろと毎日のように奴を責め立てていた。

だがそんな俺の主張なぞどこ吹く風で、奴は俺を少しも相手にしてくれない。俺が突っかかっていってもいつも笑って流すだけ。奴のような喧嘩慣れしている不良から見れば、俺の声など蚊がなくようなものだったのかもしれない。

しかし校内きっての不良である九ヶ島に最初の方こそどきまぎしていた俺だが、いつも飄々として俺の言葉をさらっと受け流す奴に、怖いという気持ちはどんどん薄れていった。むしろ俺がどんなに挑戦的な言葉をぶつけても、笑顔で受け流してくる奴に腹が立っていたぐらいだ。
俺の方が安曇とお似合いなのに、安曇を幸せにできるのに。こんなちゃらちゃらした奴を選ぶ安曇の気持ちが理解できない。安曇に好意を持ってもらいたくて、でもどうしてもできなくて、俺のむしゃくしゃした苛立ちはもう限界まできていた。




その日も、帰り際に九ヶ島の姿を見つけた俺は、いつものように奴に突っかかっていった。下校中だというのに、今日の奴は珍しく1人だ。いつもは色んな男と交代で帰っていて非常に疎ましいのだが、一体どうしたというのだろう。


「おい九ヶ島!」

「……。……なんだ、お前か」

俺に気づくと奴はいかにも面倒くさそうに目を細め、立ち止まって首だけをこちらに向ける。今日の奴はなんだかいつもより覇気がない。

「毎日毎日よく飽きねえな。安曇のストーカーやめて、今度は俺のストーカーにでもなったか」

「俺はストーカーじゃねえ! いい加減安曇から離れろって言ってんだよ」

「はいはい、それね。わかったわかった。安曇が俺と別れたいって言うならな」

「俺は今すぐ別れろっつってんの! お前に安曇は相応しくない」

「……あー、お前もういいからどっか行け。今日はお前と遊んでる余裕ないんだよ」

奴のいう通り、この時の九ヶ島はいつもとは明らかに違っていた。普段なら愉快そうに俺を馬鹿にしてからかってくるのに、今日はまったくそれがない。実はこれが奴の機嫌が悪いサインで、そのために誰も九ヶ島の側によろうとしなかったのだが、鈍い俺はそれに気づかず、ようやく九ヶ島への抑圧の効果が出てきたのだという酷い勘違いをしていた。

「なんだよ九ヶ島、逃げんのか。だったら今日こそ安曇との縁を切ってもらう。それまで絶対逃がさないからな」

「……」

機嫌が悪い時の九ヶ島には絶対に近づくな、と光晴に再三警告されていたにもかかわらず、俺はその忠告をまるっきり忘れていた、というより無視していた。九ヶ島に対する恐怖を忘れ自分を過信しすぎたせいだ。あんな目にあうとわかっていたら、俺はすぐにでも回れ右をして奴から逃げていただろう。

「お前、うるさい」

「えっ、ちょ…」

突然、九ヶ島が俺の腕を取り早足でずんずんと歩いていく。その物凄い力に俺は抵抗できず、奴に引かれるがまま校門からどんどん離れていった。


「いっ…」

奴が俺を連れてきたのは、人気のまったくない体育館裏の倉庫の前だった。その倉庫の扉に身体を叩きつけられて、俺は痛みに顔をしかめながら奴を睨み付けた。

「な、にすんだよ、九ヶ島」

「それはこっちのセリフだ。ただでさえむしゃくしゃしてんのに煽りやがって、我慢してる方が馬鹿みてぇじゃねえか」

「なっ」

「一発殴られるぐらいで済んで良かったと思えよ」

九ヶ島はそう言って俺の胸ぐらを掴み上げると、自分の拳をかまえる。一瞬のことだったが、このままでは殴られると理解した俺は、咄嗟に奴の顔めがけて自分の拳を振りおろしていた。

「つっ……」

まさか俺が反撃してくるとは思っていなかったらしい九ヶ島は、自分が殴られた頬をおさえながら何が起こったかわからないような顔をしていた。俺のパンチはお世辞にも決まったとは言えないお粗末なものだったが、ちょうど親指の爪が九ヶ島の頬をかすめ赤い傷跡を残している。

怪我をさせるつもりはなかった。しかし九ヶ島の頬からは血が滲み出ていて、俺は少したじろぐ。けれど奴は手についた血を見て小さく笑い、次の瞬間には俺の身体を乱暴に引っ張り倉庫の中に投げ捨てた。

「うわあっ! なっ、何……っ」

倉庫の床に転がった俺の腹を容赦なく踏みつける九ヶ島。その顔に表情はない。この時になってようやく、俺は取り返しのつかないことをしでかしたことに気がついた。
竦んで動けなくなった俺を見下ろしながらブレザーを脱ぎ捨てる。すっかり臨戦態勢になった奴のシャツには大きな黒ずんだ血のようなシミがついていた。

「な、なんで血…」

「……ああ、これ」

自分のシャツに飛び散った血を見つめながら、乾いた笑みを溢す。殺気だった笑い声に思わず息をのんだ。

「近くのバカ高校の奴らがさぁ、杉さ……俺の連れに怪我させやがったから、昨日の夜にやり返してやったんだよ。まだ全然殴り足りねえけど、病院に搬送されちゃあさすがに手ぇだせねえからな。腹の立つ奴らだ、早く退院すればいいのに」

憎々しげに吐き捨てる九ヶ島の表情は狂気に染まっている。一見いつものように笑ってはいるが、内心は相当キレているに違いない。

「このまま家に帰れば、どうせ俺が喧嘩したことはバレるんだ。だったらお前を殴っても、同じことだよな?」

「ま、待て九ヶ島。待ってくれ……あッ」

「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」

奴の指に舌を痛いくらいにつままれて嘔吐反射と共にきた痛みのあまり仰け反ってしまう。胸ぐらを強く掴み上げられ、シャツのボタンが弾け飛ぶ。奴の感情のない瞳が静かに俺を見下ろしていた。

「……この際だから言っておいてやるよ、上山。安曇はお前が鬱陶しくて仕方ないんだ。お前が大嫌いで、顔も見たくなければ声も聞きたくない。当然だよな、だってお前は、あいつのストーカーなんだから」

「……っ」

「相応しくないだの認めないだの好き勝手なこと言いやがって、それ以前にお前は安曇に相手にもされてねぇんだよ。ただの迷惑な存在だ。あいつにとって、お前はゴミ以下だ」

「……うっ」

「それをさっさと自覚して、安曇にも俺にももう近づく………ってお前、なに泣いてんだよ」

「……だ、だって…」

突然涙をぽろぽろこぼし始めた俺を見て、驚いた拍子に手を離す九ヶ島。しかし今の奴の言葉はそれほどまでに堪えた。なんていったって今の発言は何一つ、間違ってなどいないのだから。

「おい、んなことでいちいち泣いてんじゃねぇ。俺が悪いみてーじゃねぇか」

「…っ、仕方ないだろ…! 俺だって、…とっくにわかってんだよ。安曇が俺のこと迷惑がってるって。でも、でも…っ!」

こんな奴に安曇をとられてしまうのが、本当に悔しくてたまらない。だって俺の方がずっと安曇を好きで、大切に思っているのだから。

「安曇がいくら俺のこと嫌ってたって、俺は安曇がす……んんっ」

顔をぐしゃぐしゃにしながら子供みたいに泣きわめいていた俺の口は、奴によって塞がれた。奴の、その唇によって。

「んっ、な、なに、ちょ…!?」

角度を変えて何度も口づけられ、頭の中が真っ白になってしまう。なんで俺、九ヶ島とキスなんかしてんの?

「んぅ、んっ……」

抵抗しようともがいても奴の俺を締め付ける力はちっとも緩まない。舌を入れられて俺の口の中を好き勝手されているのに、なすすべもなくされるがままになるしかなかった。

すっかり力が入らなくなった頃、俺はようやく奴から解放された。九ヶ島は口元を拭い、肩で息をする俺を見下ろしながら満足げに微笑んでいる。

「……な、何笑ってんだよ。つか何やってんだよ…っ!」

「いや、泣き止ませようと思って」

「逆効果だボケ!」

最後の力を振り絞って奴に殴りかかるもあっけなく空振り。つか泣き止ませるためにキスするって、こいつの思考回路はいったいどうなってるんだ。

「俺の周りの奴らはキスしたら、結構すぐに泣き止むんだけど」

「俺はお前の恋人じゃねえぇ!!」

「ああ、そうだったな」

「て、てめぇ…」

その悪びれない態度に怒りがこみ上げ、俺の身体に再び力が戻ってくる。一発殴ってやらなきゃ気がすまないと拳を振り上げたが、やはりあっさりと阻まれ、ぐいっと奴の胸の中に閉じ込められて顎を掴まれた。

「っ……」

「惚けた顔しやがって。そんな感じやすくて、安曇を満足させられんのかよ」

「ふっ…ふざけんなぁ…っ!」

その途端、背中に鋭い痛みが走りそのまま九ヶ島の膝の上に崩れ落ちる俺。奴は力の入らなくなった俺の身体をそっと地面に寝かせると、そのまま立ち上がり1人で歩いていってしまう。

「ま、待て九ヶ島…」

「お前は駄目だって。顔の熱が引いて、ちゃんと服整えてから出てこいよ」

「はぁ…?」

「俺が理性を保てる男で良かったな、上山」

意味不明なことを言って逃げようとする九ヶ島は先程まであんなに苛立っていたはずなのに、今はなぜか上機嫌にすら見える。自分の無力さに歯噛みしながら、俺はその後ろ姿を黙って見届ける他なかった。











「……っていう訳だよ。あの野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ……って痛」

「千昭、お前って意外と怖いもの知らずだなぁ」

光晴は俺の身体をそっと抱き起こしながら、呆れたような視線を寄越してくる。九ヶ島に置いていかれた俺は、あの後持っていた携帯で光晴に助けを求め、運良くまだ近くにいた奴にここまで来てもらっていた。そこで状況を簡単に説明したところ(泣いたことは伏せたが)、光晴は青い顔をして驚いていた。

「ていうか九ヶ島先輩、キスって、…いやいやいや」

「嫌がらせにも程があるだろぉ。あー口ゆすぎたい」

「お前、話聞く限りじゃ相当ヤバかっただろ。そんなピンチよく切り抜けられたもんだ」

「すでに色んなとこ殴られて死ぬ程痛いけどな。まぁ死ななかっただけマシか」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「?」

光晴は小さくため息をつくと、俺のシャツを雑に引っ張り綺麗に整える。その動作はまるで母親のようだった。

「……九ヶ島先輩が悪い人じゃなくて良かったよ、マジで」

「おい光晴、俺の話の何を聞いてそう思った。完全に悪い人間だろ」

「もうあの人が苛ついてる時に近づいたりするなよ。特に、人気のないところでは」

「……」

悔しいがまったくもって光晴の言うとおりなので、ここは大人しく頷いておく。幸いにも、鈍い俺は自分の身が命の危険とはまた別の危機に晒されていたことに気づくことはなかった。

おしまい
2012/4/1

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