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してる」を全力で
005






「おいおい、いったい何なんだよコレは」


「……っ」

振り向いた先にいたのは、地面に書かれた文字を見下ろしながら苦笑する九ヶ島、とその連れだった。奴と同類の柄の悪そうな連中がぞろぞろとやってきている。


「まさかお前がやったの? ストーカー君」

「……ストーカーじゃない、上山だ」

「そうだったっけ? でもこんなの、かなり大胆なストーカーじゃないとできねぇと思うけどな、俺は」

九ヶ島は俺の目の前までやってくると、安曇を守るように立ちふさがる。顔は笑っていても目は少しも笑っていない。冷静に俺を見据えていた。

「安曇が友達だっつーから見逃してやってたが、上山、まったく懲りてねぇみたいだな。これ以上安曇に迷惑かけんなら、黙ってねぇって言ったはずだ」

脅すようなその口調に、奴の連れが冷やかすようにわざとらしい口笛を吹く。しかし俺は九ヶ島を目の前にして怯むことはなかった。奴が恐くないといえば嘘になるが、俺の思いが九ヶ島のそれに負けているとはちっとも思えなかった。だが、ここで引けば俺は九ヶ島に負けたということになるだろう。俺は精一杯の虚勢を張って奴をにらみ返した。

「……うるせぇんだよ、九ヶ島」

「あ?」

これでもう無傷では帰してもらえないであろうことを覚悟しなければならなかったが、この先どうなるかよりも今逃げ出さないことが俺には先決だった。自分がどれだけ安曇を好きか、本人にわかってもらえなければ意味がない。

「…九ヶ島、俺はお前に絶対負けない。俺の方が安曇を好きだし、お前なんかに俺は止められねぇよ」

こんな大口を叩きながらも、俺は安曇の顔をちらりとも見ることができずにいた。俺が九ヶ島に歯向かうことが、安曇にとって迷惑でしかないことはわかりきっている。今の俺は九ヶ島よりも安曇を見ることの方が怖かった。

「どうやら、何を言っても無駄みたいだな。口でわからないなら実力行使もするぜ、俺は」

囃し立てる仲間の声を背後に九ヶ島はゆっくりと俺に近づいてくる。凶器となる拳から目を離せずにいると、奴は容赦なく俺の胸ぐらを掴み上げた。殴られる、と身構え目をつぶったがいくら待ってもその衝撃はこない。恐る恐る目を開けてみると俺と奴との間には後ろにいたはずの安曇が立っていた。

「あ、安曇…?」

「ごめんな、九ヶ島。でもこいつに何か言えるのも、こいつをぶん殴っていいのも僕だけだから」

唖然とする九ヶ島の前で安曇は淡々とそんなことを言う。あっけにとられていたのは九ヶ島だけではない。俺もまた、九ヶ島以上に安曇の言葉に驚かされていた。安曇が九ヶ島から俺をかばってくれるなんて思ってもみなかったのだ。

九ヶ島はしばらく放心した後、俺と安曇を交互に見る。そしてふっと小さく笑うと俺からゆっくりと離れていった。

「……わかったよ、悪かったな上山君。どうやら俺の負けらしい」

「えっ?」

九ヶ島は俺の頭を少し乱暴に撫でるとやけに吹っ切れた顔で去っていく。あっさり校舎に戻っていく奴を見て、一緒にいた不良達が唖然としたまま叫び始めた。

「おい九ヶ島! なんで帰っちまうんだよ! さっさとぶん殴っちまおうぜ」

「あんなこと言われて、黙ってるなんてらしくねぇだろ!」

だが友人達に何を言われても、九ヶ島が戻ってくることはなかった。俺はただ奴の後ろ姿を凝視した後、うつむく安曇の様子を窺っていた。

「安曇…?」

本当に九ヶ島を止めて、帰してしまって良かったのか。ひょっとして俺のせいで、安曇の意に添わぬことをさせてしまったのではないか。心配になって恐る恐る声をかけると、安曇はきっとこちらを睨んできた。

「お前のせいだぞ」

「え?」

「千昭があんまり馬鹿なことするから、怒る気もひっぱたく気も起こらなかったんじゃないか。僕のことなんか放っておけば良かったのに、なんでそんな、余計なことばっかり……」

じわじわと涙混じりになじられ、俺はもう我慢ができなかった。本能のまま安曇の手をとり、その場に跪いた。

「好きだ、安曇」

「……っ!」

俺の告白に安曇は目をまん丸くさせうろたえる。真っ赤になった顔を背けなんとか離れようとしていたが俺はそれを許さなかった。

「俺は安曇が好きだ。たとえ安曇の気持ちが誰にあったとしても、俺の気持ちはずっと変わらない」

「う、うるさい」

「聞いてくれ、安曇」

無理やり振りほどこうとしてくる手をさらに強く握りしめ、俺は懇願した。

「だからどうか、俺と付き合ってくれないか」

「な……」

膝まずいて頭を下げる俺を呆然と見下ろす安曇。隣からは光晴の「嘘だろ…」という驚きの言葉やどよめく周りの囁き声が聞こえていたが、俺はまったく気にならなかった。

「これから先、俺に可能性が少しもないのなら、俺を蹴飛ばして罵ってくれてもかまわない。でも忘れないでくれ、俺はこの先もずっと安曇の幸せを願ってるって」

九ヶ島のために自分を犠牲にし、奴に嫌われたくないと嘆いた安曇が俺は誰よりも愛おしい。そんな安曇を俺が幸せにできるというのなら、これ以上の幸せはないだろう。

プライドを殴り捨て、自分の感情のすべてを出しきった俺は、ただ黙って安曇の返事を待った。正直な話、安曇が断りにくい状況を作っているというのは自覚している。ここで俺が本当に蹴り倒されれでもしたら、確実に学校中の笑い者だ。しかし俺はもちろんそれでもかまわないし、安曇だって同情だけで俺を受け入れたりはしないだろう。俺が仕向けたことなのだから、責任を取る覚悟はとっくにできている。

「お前は本当に馬鹿なんだな千昭。こんなことされて、僕が喜ぶとでも思ったわけ? 僕があんたを受け入れるとでも? 好きになるとでも? はっきりいって、いい迷惑だ」

「……だったら、無理やりにでもこの手を放してくれ。安曇ならできるはずだ」

俺の手につつまれた安曇の手が強ばった。足に力を込めて踏ん張ろうとしているのがわかる。俺は覚悟を決め、きたるべき痛みを待った。

「でっ……きるわけないだろこの馬鹿!」

「い…っ!」

安曇は俺の頭に盛大な頭突きをかまし、よろけて離れた俺の腕を自ら掴んだ。そして俺の身体をひっぱりあげ、おもいっきり怒鳴りつけた。

「だからお前は馬鹿だって言ってるんだ! そんなに僕を悪役にしたいのか!? おかしいのはそっちなのに、どうして僕がお前を庇わなきゃならない! どうして……っ」

「…安曇?」


「どうしてお前を、嫌いになれないんだよぉ…!」

絞り出すようなその声が、俺の耳を劈く。泣き叫ぶ安曇の言葉を聞き、たまらず俺は彼を抱き締めていた。もう二度と離すものかと、強く強く安曇を抱き締めていた。

「うっ、うっ…千昭のばか…」

泣き止まない安曇を胸に閉じ込めた時、このまま時間が止まればいいと思った。それこそ安曇が九ヶ島を忘れ、俺を好きになるまで。どうにか幸せにしてあげたい、してみせると、俺は自分の中の安曇を思う心に誓っていた。


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あきゅろす。
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