「愛してる」を全力で
004
「……え、えーと千昭?」
「おっ、光晴か。おはよ、遅かったな」
「うん、おはよう。……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「―――これ、なに」
登校時間の、校庭。今しがた学校に到着してきたらしい光晴に声をかけられ、俺は持参した手頃な木の棒を片手に振り向いた。光晴が凝視する運動場の地面には、俺が1時間弱かけて制作した“贈り物”がある。
「何って、告白に決まってんだろ。俺から安曇へのな」
「……正気か?」
運動場の地面に彫られたでっかい文字を瞬きを忘れる程凝視する光晴。目が充血するんじゃないかと俺が心配し始めた頃、奴は泣きそうな顔で俺にすがりついてきた。
「千昭、頼むから正気に戻れ! いやアホだアホだと思ってたけど、まさかこんなにもアホだったなんて!」
「何がだよ。まあ確かにLとEの文字がかなりいびつになったけど、仕方ねぇだろ。真っ直ぐ引くの大変だったんだから」
「そういうことじゃねえ! こんな目立つことやって頭大丈夫かって訊いてんの! だいたい何なんだよ、この『I love you』って」
「だから、安曇への告白」
俺は朝早くから、時間をかけてこの特大の文字を地面に刻んだのだ。うちの運動場は教室の廊下側に面していて、登校すればこの文字に嫌でも気がつく。これで俺がここに立っていれば、この文字が自分へのメッセージだと安曇にもわかるはずだ。
「はっきり言おう。千昭、お前はたちの悪いストーカーだ」
「誰がストーカーだよ、誰が」
「……手遅れか」
光晴は泣きたいのか笑いたいのか、それとも怒りたいのかよくわからない顔をする。そして今の今まで慌てふためいていたのが嘘のように、がっくりと項垂れた。
「らしくねぇよ千昭ー…。プライドだけは一人前だったお前が、こんな恥ずかしいことやるなんて。絶対明日から学校の笑い者だぞ」
光晴のいう通り、目立つように目立つことを書いたグラウンドの俺の文字は、登校してきた殆どの生徒の好奇の的となっていた。今も廊下の窓から何人もの生徒が地面を見て驚きながらも笑っている。一階の生徒などはいったい何事かと運動場に集まる始末だ。
だが自分がやっていることが異常である、と俺自身よく理解していた。それでも俺は、こんな馬鹿げたことしか思い付けず、周りからどう思われようともやるしかなかったのだ。
「安曇が見たら、笑ってくれるんじゃないかと思ったんだ…」
「周りをよく見ろ、千昭。みんな笑いながら引いている。ちなみに俺もだけどな」
険しい顔をして大真面目にそんなことを言う光晴に、俺は少しだけ申し訳なく思った。恥ずかしい思いをするのは俺だけではなく、友人までとばっちりを食うということを忘れていた。
「ごめん、光晴。でも、俺はもう安曇に喜んでもらう方法がわかんねぇんだよ」
「……」
落ち込む俺を見て光晴は深いため息をつく。しばらくの間、地面に書かれた文字をじっとりと眺めていたが、次の瞬間、光晴は目を見開いたまま固まってしまった。
「……千昭」
「? なに」
「youのところ、yuoになってる……」
「えっ」
光晴に指摘され、慌てて確かめると確かにyuoとなっている。……というか、ユーってyuoじゃなかったっけ?
「…間違えた」
「アホすぎるだろ、お前」
「ええっ、どうしよう光晴! 俺、このままじゃ一世一代の告白で書き間違いした馬鹿な男じゃねえか!」
「知らねぇよ馬鹿。もともと馬鹿なことやってんだから今さらだろ。今は二重の意味で恥ずかしいけどな」
「うわあああ!」
顔を手で覆い隠し呆れ顔の光晴にすがりつく。いや、これは普通に恥ずかしいし絶対にやってはいけないミスだ。こんなんじゃ安曇には見せられない。
「だから英語はちゃんとやっとけって言ったじゃねえか……。ったく仕方ない、今回だけだぞ」
「へ」
光晴はあっけにとられる俺の腕から木の棒を取り上げ、yuoの文字があるところまで歩いていく。そしてしばらく何かを目測していたかと思うとuとoの間に線を足していった。
「ま、こうすりゃオッケーだろ」
満足げに呟く光晴に俺が地面の文字を見ると、oの次に線が出されたことにより、yuoがyutoになっていた。
「アイラブゆうと、だ。文句は受け付けません」
「……光晴」
「ん?」
「俺、お前と友達で良かった…!」
「なんだ、今さら気づいたか。もっと普段から感謝しろよ」
にやにやとふんぞり返る光晴に思わず抱きつく俺。まさか助けてくれるとは思っていなかっただけに光晴の行動はとても嬉しかった。
と、その時。
「おいっ、千昭! なんだよこれ!」
鞄を肩にかけ、たった今登校してきたらしい安曇が鬼の形相でこちらにやってきた。本気で怒っているらしい安曇の様子に俺は思わずたじろぐ。
「なに勝手に人の名前書いてるんだよ! 今すぐ消せ!」
「いや、名前書くつもりはなかったんだけど……。安曇、もしかして怒ってる?」
「当たり前だろ!!」
よくよく考えてみれば安曇の反応はまっとうで、至極当たり前のものだったのだが、ちょっとは感動してくれるかもと思っていた馬鹿な俺はかなりショックを受けていた。喜ばせることにあっけなく失敗して、安曇にあわせる顔もなくがっくり項垂れるしかない。
「困らせるつもりはなかったんだよ。安曇が、笑ってくれるかと思って」
「普通に笑えないから」
「……ごめん。でも俺、ほんとに安曇が好きだよ。安曇はふざけてるって思うかもしれねぇけど、ふざけてこんなことできないし、俺が本気だってわかってほしかったから」
しゅんと落胆しながら話す俺を見て、安曇の表情がちょっとだけ柔らかくなる。これ以上ないくらい重いため息をつき、呆れ顔で項垂れた。
「千昭、お前馬鹿じゃないのか、ほんとに…」
「…安曇?」
消え入りそうな声で呟く安曇は、俯いたまま動かなくなってしまう。黙り込んだままの安曇の顔に手を伸ばそうとした時、後ろから誰かに声をかけられた。
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