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してる」を全力で
003



その日を境に、俺と安曇はあまり関わりを持たなくなった。安曇はあの後も九ヶ島に告白したりすることはなく、表面上は何もなかったかのように過ごしている。あんなことになる前は九ヶ島と安曇が一緒にいるところを時々見かけたものだが、今はそれもなく友人として関わることすらしていないように見えた。

俺はといえば、話しかけてくれることのなくなった安曇に対して、自分の方から関わりを持とうとすることはなかった。安曇が好きだと自覚した今、俺のやることには必ず下心がついてきて、純粋に優しくすることも慰めることすら難しくなっていたのだ。それに傷心の安曇にかけてやる言葉も見つからない。何を言えば安曇が元気になってくれるのか、九ヶ島のことを忘れてくれるのか。いや、きっとそんな言葉は存在しないのだろう。安曇が本音を見せた相手はきっと俺だけだ。俺と一緒にいれば彼の傷がさらに深くなる気がしてならなかった。


この時にはもう、俺の九ヶ島に対する怒りや憤りはほとんどなくなっていた。自分の気持ちを伝えなかった安曇にも否はあるのだし、九ヶ島と安曇が両思いになっていたとしたら、俺はもっとつらかったはずだ。安曇の幸せより自分の気持ちを優先してしまうこれこそが、恋という感情なのか。

浮気者の九ヶ島もきっともう、色んな男と浮気することもなくなるだろう。いま付き合いがある連中とはまだ手が切れていないようだったが、久遠とやらにフラれでもしてようやく目が覚めたようだったし、今さら俺が九ヶ島に言えることはない。そして、俺が安曇にしてやれることも、何一つない。







「……あれ?」

安曇との関わりを失ってからしばらくたったある日、俺は中庭で珍しい組み合わせを見かけた。

「おい光晴、あの九ヶ島と一緒にいるやつ、うちのクラスの天谷ひなたじゃねーか」

「あ?」

廊下の窓から中庭で楽しそうに会話する九ヶ島とクラスのアイドル、天谷ひなた。接点などないと思っていた二人だが、なんと仲睦まじく昼食をとっている。思わず隣にいた光晴に言うと、奴は悔しそうな目で九ヶ島を睨んでいた。

「あーそうそう。なんかひなたちゃん、九ヶ島に告白したんだとよ。結局みんな、九ヶ島みたいな美形が好きってこった」

「……はあ?」

一瞬、光晴が何を言っているのか理解できなくて思考が停止する。思いがけない組み合わせに、事実として飲み込むまでにかなり時間がかかった。

「ってことはあの二人、付き合ってるのか?」

「みたいだな。確かにお似合いだけどさ、似合ってるってのもまたこう腹立たしいもんだよ。うちの部員の奴らなんか半狂乱だったぞ。ついに九ヶ島が誰かのものになっちゃった〜って」

「そんなの俺、初耳なんだけど」

「え、だってお前安曇のことはもういいんだろ? だったら九ヶ島のこともどうでもいいかと思って」

「……」

つまり何か、九ヶ島にもようやく本命、好きな相手ができたということなのか。しかしその相手が天谷ひなたとは、どうもしっくりとこない。それに天谷はうちのクラスの木月と付き合っているのではなかったのか。

「ということは、天谷は木月と別れたってことなのか」

「だろうよ。まあ九ヶ島とのカップルの方が遥かにお似合いだから、仕方ないっちゃ仕方な……おっと」

すぐ近くに木月本人がいることに気づいた光晴は、慌てて口を塞ぎ木月の様子を窺う。幸いにも彼はこちらに気がついておらず、ただ真っ直ぐに天谷と九ヶ島を見ていた。

「可哀想になぁ、ひなたちゃんもいちゃつくなら木月の目に入らないところでやればいいのに」

光晴が同情のこもった小さな声で俺に耳打ちする。確かに天谷にふられた木月は、これ以上ないくらいつらい思いをしているはずだが、どうもあの視線にこめられたものは嫉妬なんて単純な感情だけではないような気がした。

「……光晴、ちょっと先行ってて」

「え。まさか千昭、お前…えー…」

唖然とする光晴を残して、俺は木月に近づいていく。木月は窓の外ばかり見ていて、すぐ隣に行くまで俺の存在に気づかなかった。

「……お前」

「よお」

俺と木月の初めてのまともな会話は、木月のあっけにとられた声から始まった。突然今まで話したこともないクラスメートから声をかけられたのだから、当然の反応ともいえる。俺もまた、なぜ木月に話しかけてみようという気になったのか自分でもわからない。ただ、こいつと話してみれば俺の中のもやもやしたものが綺麗さっぱりなくなってくれるのではないか、などと思ってしまったのだ。

「木月、今あの二人を見てたんだよな」

「は?」

「いや、俺も好きな奴を九ヶ島にとられたから気持ちはわかるっつーか、なんつーか……」

なるべく木月に不快な思いをさせないよう、しどろもどろに話す俺。余計なお世話だ、とでも言い返されるとばかり思っていたが、予想に反して木月は俺の言葉を小さく鼻で笑い飛ばした。

「なんだ、お前も勘違いしてたクチか」

「…勘違い?」

「ああ。俺とひなたは付き合ってなんかいねえんだよ、最初から。ずっとただの友達だ」

「え」

木月から告げられた事実は俺にとってかなり衝撃的なものだった。あれだけ毎日一緒にいてベタベタしておきながら恋人関係じゃない? すんなり納得はできないが、もしそれが本当のことだとしても、木月が天谷を好いていることは事実だろう。

「でも木月、天谷が九ヶ島と付き合うのは反対なんだろ」

「当たり前だ。なんでわざわざあんな最低野郎と」

「最低野郎ね。止めないのか?」

「……」

俺はそうした。あんな奴と安曇が付き合っていることが我慢ならなくて、九ヶ島に別れろと迫った。結局軽くあしらわれてしまっただけだったが、ただ黙って見てることなんてできなかった。木月だって俺と同じ気持ちのはずだ。

「俺は、あいつに幸せになってもらいたい。できるなら、俺が天谷を幸せにしてやりたい。……けど、俺には無理だから、俺はあいつが傷つかないようできる限りのことをする。それこそ、何でもな」

「何でも?」

それはいったいどういう意味なのか。決意するように小さく呟いたその言葉が気になったが、俺が訊ねる前に木月は天谷達から目をそらし歩いていってしまい、木月の意味深な言葉だけが俺と共に残された。

「おい、千昭! お前木月に何言ってんだよ」

「いや……」

隣で光晴が何か言っていたが、まるで耳に入ってこない。木月の、あいつが傷つかないようできる限りのことをする、という言葉が頭から離れないのだ。自分ができることなど何一つないとわかっていて、それでも何かしてやりたいと思う気持ちが確かにあるのに、なぜそれができないのか。すべて、自分のことだ。

「……光晴、やっぱり俺、このままなんて嫌だ」

「千昭?」

訳がわからないという顔をする友人に向かって小さく呟き、俺は遠くにいる九ヶ島達を見据える。
あれを見た安曇は、いったいどう思ったのだろう。その傷が少しでもわかるのは俺だけだ。つまり今の安曇のために何かしてやれるのも、俺だけなのだ。


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