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してる」を全力で
002



俺は安曇を連れて、人気のない校舎裏までやってきた。これからする話を誰にも聞かれたくなくてこんなところまで来てしまったが、安曇は特に文句を言うこともなくついてきてくれた。

「安曇、九ヶ島の話聞いたんだな」

「……」

返事がない、ということはそれが答えなのだろう。もしかすると噂以上の話も知っているのかもしれない。

「九ヶ島の奴、なんでいきなりそんなこと言い出したんだ。もしかして、久遠とかいう奴と……」

「それは違うよ。いや、違わないのか。久遠は転校したから」

「え?」

怪訝そうに顔をしかめる俺を見て安曇が小さく笑う。視線を地面に向けながら話を続けた。

「久遠は親の都合で遠くに引っ越したんだって。九ヶ島、『好きな人を見つけたい』って僕に言ってたから久遠とは別れたみたいだけど、同時に他の奴らとも縁を切ることにしたらしい。僕との偽装も含めてね。多分、久遠に何か言われたんだと思う」

「……」

ということは、やはり安曇も奴と別れていたのか。なぜかはわからないが、俺はその事実にまるで自分のことのようにショックを受けていた。これまでのことを考えれば安曇が九ヶ島から解放されたことを喜んでもいいぐらいだが、安曇がどれだけ奴を好きか知っているだけに、あっけなく終わらせられたことに悄然とするしかない。

「安曇は、承諾したのか」

「……したよ」

「なんでだよ。殆どの奴らは別れたくないって言ってるって聞いたぞ」

「だろうね。あの人、結局相手に泣かれたら何も言えなくなるだろうから」

「ならどうして…」

それなら安曇も、他の奴らと同じように別れたくないと言えばいい。偽装の恋人関係などやめて、好きだと告白すればいいのだ。安曇は九ヶ島のためなら、いくらでも涙を流せるだろう。なのになぜ、今そんな平気そうな顔をしているのか。虚勢を張っているのだとしても理解できない。

「恋人って名目がなくても、守ってやるって。呼んでくれたら絶対に駆けつけるって言われたら、従うしかないよ」

「そんなことで諦めんのかよ! 奴に何にも言わないで、後悔しねえっていうのか」

九ヶ島のことがあんなに好きだったのに、何も行動せずに身を引く安曇の気持ちがわからなかった。責めるように彼を問い詰めると、今まで諦めたような顔をしていた安曇が感情的に言い返してくる。

「だってしょうがないじゃんか!別れたくないなんて言ったら、絶対九ヶ島を困らせる。僕のこと迷惑だなんてちょっとでも思ってほしくない! ただでさえ、好きでもない僕を今まで守ってくれたんだ。もうこれ以上、何も望めないよ」

「そんなの、お前に優しくしたアイツが、お前を惚れさせた九ヶ島が悪いんだろ! ちょっと困らせるぐらい何だよ! 安曇が気にすることじゃない!」

涙混じりにわめき散らす安曇に、それ以上に強い口調で言い返す。安曇自身が許しても、俺はどうしても九ヶ島を許すことができなかった。
安曇が大切にしていた関係を、奴はどうでもいいことのように一瞬で壊したのだ。わからせてやればいい。好きにさせた責任を奴にとってもらえばいいのだ。安曇は十分苦しんだのだから、九ヶ島だって少しぐらい傷ついたっていいだろう。

「……要するに安曇は自分が傷つきたくないだけなんだ。お前の気持ちはそんなもんなのかよ」

「そんなわけないだろ!」

俺のあまりの物言いに激昂した安曇が怒りにまかせて俺の肩を叩く。……そんなわけないなんて、ほんとは俺だってよくわかってる。ただ、安曇の本心を聞かせて欲しかっただけだ。

「だったら九ヶ島に言えよ。お前がどうしたいのか」

「む、無理だって言ってるじゃんか。もう、僕のことはほっといてくれ! 千昭には関係ないだろっ」

安曇は涙で濡れた顔をぐしゃぐしゃにしながら俺を突き飛ばそうとする。苛立ち、怒り、悲しみ。抱いた感情まるごとすべてぶつけてくるような視線を俺に向けてきた。

「ああ、そうだよ! 僕は九ヶ島が好きだ。そんな簡単に諦められるわけがない。でも仕方ないだろ、九ヶ島は僕のこと好きじゃないんだから…!」

「安曇……」

気づくと俺は崩れ落ちかける彼の身体を抱きとめていた。この弱った姿を見ていると、どうしようもなく守ってやりたい気持ちにさせられる。俺の言葉は安曇の心をさらに傷つけたのかもしれないが、あれ以上平気そうなふりをして自分の受けた傷を隠すようなことはして欲しくなかった。


「別れたくない、別れたくないよぉ…っ」

大声で泣き崩れた安曇の涙が俺の制服を濡らす。これが、安曇の痛いくらいの本音なのだ。わかっていたはずなのに、俺はそれを聞いた瞬間もう何も言えなくなってしまった。同時に九ヶ島への怒りがどんどん膨らんでいく。奴が絶対的に悪いわけではないことはわかっているが、今すぐにでもこの手でぶん殴ってやりたくなる。そして安曇の気持ちをその身にわからせてやりたい。そんなの俺がでしゃばることじゃないとわかっている。それでも……


――結局、俺は安曇が好きなのだ。冷めただの恩人だのいくら言い訳を並べ立てたって、やっぱり自分には嘘をつけない。安曇に泣いてほしくないと思ってはいても、九ヶ島とうまくいけばいいとは思えないのだ。あんな野郎には絶対にわたさない。もう二度と顔もあわせて欲しくない。これが、俺の自分勝手な本音だ。


俺なら、俺なら安曇にこんな悲しい思いはさせないのに。でもきっと、俺では安曇をこんなにも悲しませることはできないのだろう。


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あきゅろす。
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