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してる」を全力で
005



安曇の言葉に俺は何と返していいかわからなかった。疑問点が多すぎて何から尋ねればいいのか判断できない。

「久遠が好きって、何で安曇はそんなこと知ってるんだ? 九ヶ島に言われたのか?」

「まさか。でも見てたらわかるよ」

「そんなの、安曇の勘違いかも……」

「勘違いならどんなにいいか」

安曇は吐き捨てるようにこぼすと、九ヶ島から目をそらす。正しく言うと久遠と楽しそうに笑う九ヶ島から、だ。

「九ヶ島があいつに接する態度とか、表情とか僕や他の奴らといる時とは全然違う。ずっと見てるんだから、わかる」

「でも、だったら何で九ヶ島は浮気なんかするわけ? 久遠だけと付き合ってりゃいいじゃん」

俺の至極当然の質問に、安曇は小さく笑った。そして窓の下にいる九ヶ島を愛おしげに見下ろす。

「気づいてないんだよ、あの人」

「……は?」

「自分で、久遠が好きだって気づいてないの。馬鹿だよ、あんなに特別扱いしといて気づかないなんてさ」

安曇につられて、俺も窓の外に目線を移す。そこには幸せそうに久遠を抱き込む九ヶ島がいた。

「……だから、諦められないんだけどな」

そんなことを言う安曇の一瞬だけ見せた自虐的な笑みに、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。きっと俺が安曇を思っていた以上に、安曇は九ヶ島が好きなのだ。最初から俺に勝ち目などなかった。それがわかった時点で、たとえ九ヶ島がどんな男でも、俺は安曇への思いを諦めることを認めるしかなかった。










それからの俺はといえば、安曇のことはきれいさっぱり忘れて新しい人生を前向きに進んでいた……というわけでもなく、むしろ前以上に安曇と話すようになった。俺が安曇への恋心を諦めること伝えると、安曇が態度を軟化させたのだ。俺も俺で安曇を好きでいることはやめても、安曇が俺の恩人で可愛い存在なのは変わらない。俺達はいわゆる“いい友人”としての付き合いを始めたのだ。






「安曇ー!」

昼休み、学校の中庭。週に一度は俺と一緒にご飯を食べてくれるようになった安曇に笑顔で呼び掛ける。けれど安曇は軽く手を上げただけで反応がいつもより微妙に鈍かった。

「……安曇、なんか機嫌悪い? 俺が遅れたから?」

「違うよ、バカ」

つんとした態度も口の悪さもいつも通りだ。これは心を許してくれている証拠だから別にいい。ただ、普段より元気がないのは間違いない。そして安曇の気分が優れないのは、十中八九、九ヶ島に原因がある。

「……まさか、九ヶ島に俺との仲を誤解されたとか?」

「違うってば。千昭とは、友達になったってちゃんと言ったんだから」

「……」

九ヶ島にそんな風に紹介されていたとは知らなかった俺は、少しこそばゆい感じがした。友達という関係を望んでいたわけではなかったが、今となっては安曇に側にいることを認められている、それだけで嬉しい。

「……九ヶ島の奴、また新しい男と付き合い始めたんだよ」

「え」

「しかも相手は1年。まったく何考えてるんだか」

安曇の口調にははっきりとした苛立ちが込められていて、九ヶ島に対してかなり腹をたてているのがわかった。告白を阻止できなかった自分への苛立ちではない。どうやら安曇はけして九ヶ島に対して、いい感情ばかり持っているわけではないようだ。

「もう安曇もさ、一応……っつったらアレだけど、付き合ってるなら文句の1つぐらい言ってもいいんじゃないのか? いい加減にしろってさ」

「……」

俺の言葉に、なぜか項垂れよりいっそう落ち込む安曇。自分が本命ではないと自覚があるだけに、やはりそれを口にするのはタブーなのだろうか。

「…僕にそんな権利はないよ。だって僕と九ヶ島、ほんとは付き合ってないもん」

「…………はい?」

さらりと衝撃的なことを言われ何も言葉が出てこなくなる。付き合ってないなんて、いくらなんでもそれはないだろ。

「あの…安曇、それは一体……」

「僕、いま九ヶ島にボディーガードみたいなことやってもらってるんだよ。九ヶ島が恋人なら、迂闊には手が出せなくなるから」

「え、じゃ、じゃあなにか? 九ヶ島と安曇は付き合ってるふりしてるってことなのか?」

「そう言ってるじゃん」

「でも安曇は九ヶ島が好きなんだろ?」

俺の問いかけにおもいっきり顔をしかめる安曇。まあ、そんなことは聞くまでもないことだったわけで、けれど安曇は俺の野暮な質問にも丁寧に答えてくれた。

「……ここに入学したばかりの頃、先輩に襲われそうになったところを、たまたま通りかかった九ヶ島に助けてもらったんだよ。未遂とはいえ僕はその一件でめちゃくちゃビビりまくってて、九ヶ島の恋人になったら襲われずにすむんじゃないかって考えた結果、利用するために九ヶ島に近づいて告白したってわけ。ボディーガード目当てでね」

「……そ、それで?」

「あっさりいいよって言われた。浮気性だってのは知ってたし、断られることはないって思ってたけどさ。でも、九ヶ島は最初から僕の目的に気づいてたんだ。だって恋人同士なのに、キスさえしてこようとしないんだから」

「じゃあ、安曇と九ヶ島って……」

「身体の関係も何もかもいっさいなし。周りへのアピールのために手を繋いだり、イチャイチャしてみたり。九ヶ島はなんにも言わないから、僕らの暗黙のルールみたいになってる。でも」

安曇が膝に顔を埋め、頭を腕で覆う。俺の、というより人の顔をまともに見て話せる内容ではないらしい。

「そうやって恋人ごっこしてるうちに、九ヶ島のことが気になってどうしようもなくなってた。だってあんなに優しくされたのも、あんなに僕のことを考えてくれた人に会ったのも初めてだったんだ。あんな自分の気持ちにも気づかないで浮気ばっかしてる男、好きになんかなったって報われっこないのに、馬鹿だよ」

「安曇…」

きっと安曇のためを思うなら、九ヶ島なんて男と引き離すのが一番なのだろう。ここまで安曇を惚れさせておいて、本人にはその気がまったくないなんて酷すぎる。でもそんなことは安曇は望まないし、その後のことに責任など持てない。俺が安曇にしてあげられることなんて何一つないのだ。

「俺、安曇には幸せになって欲しいから、応援する。話聞くぐらいしかできないけど」

「……ありがとう、千昭」

今にも泣きそうな顔をする安曇の頭を優しく撫でる。安曇がもう何度も九ヶ島を思って苦しんだことを思うと、俺は自分の胸がきりきりと痛むのを感じた。


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