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してる」を全力で
004




しばらくはショックで安曇をまともに見ることができないだろうとばかり思っていた俺だが、それから数日とたたないうちに俺は再び安曇の姿を目にとめることとなった。
その時の安曇は、生徒達が行き交う廊下の窓辺から何かを見下ろしていた。その物憂げな表情に引き付けられ少しの間放心していた俺だが、ハンカチのことを思い出し恐る恐る声をかけた。



「安曇」

「……」

「安曇!」

「…えっ、あ、ごめん……ってアンタか」

話しかけてきた相手が俺だとわかるなり、苦々しい顔つきになる安曇。周りの様子がわからなくなるほど、いったい何を見て、何を考えていたのだろう。

「で、何の用」

「……これ、返そうと思って。かしてくれてありがとな」

「……」

俺が差し出したハンカチを安曇は無言で受けとる。そのハンカチをすぐにしまいこむと、もう用はないとばかりにそっぽを向いてしまった。


「安曇、いま何見てた?」

「別に何も」

ぞんざいに答えた安曇はすぐに窓から離れて俺を睨み付ける。さっさとどっかに行け、ということなのだろう。けれど俺からは窓の外の様子がばっちりと見えていて、下の中庭にいる奴の存在に気づいた後では動きたくとも動けなかった。

「…九ヶ島じゃん」

「……」

この場所からは下の中庭がよく見える。俺の視線の先、否、安曇の視線の先には中庭で楽しそうに笑う九ヶ島の姿があった。

「あいつのこと見てたのか?」

「だから、関係ないだろ」

安曇は顔をしかめながら俺からすぐに離れようとする。だが安曇のこの表情は俺に会ってしまったせいだけではないことはわかっていた。

「いま九ヶ島と一緒にいるのって確か、…久遠とかいったっけ? 九ヶ島と初めて会った時も一緒にいた」

九ヶ島の浮気相手の名前を出すと、安曇の表情はいっそう険しくなった。本人は隠しているつもりなのだろうが、気落ちしているのがバレバレだ。

俺が言えることでもないのだが、どうして安曇は九ヶ島がそんなにも好きなのだろう。最初から納得がいかなかったことだ。安曇が他人を脅してまで、あんな浮気性の男を手に入れたいと思う理由がどこにある。

「…安曇ってさ、九ヶ島の何がいいわけ?」

訊くつもりはなかったのだが、気づくと口が勝手に動いてしまっていた。だってあんな大っぴらに浮気されたら、少しは愛想をつかしてもいいだろうに。俺を殴った女達と同じように、ちょっとくらい九ヶ島を痛い目にあわせてやりたいと思ってもいいぐらいだ。

「たしかに、九ヶ島は完璧な男かもしれねぇよ。でも、結局は単なる遊び人じゃんか。あんな誠実さの欠片もないような奴のために、何であそこまで…」

「うるさい」

すっかり油断していた俺は安曇に胸ぐらを掴みあげられ息を飲む。その小さな身体のどこにこんな力があるのか。俺は驚愕の表情で安曇を見下ろした。

「それ以上九ヶ島のことを悪く言ったら、絶対に許さない」

脅すような目でキツく睨み付けてくる安曇。どうやら彼の逆鱗に触れてしまったらしい。

「だいたい誠実さの欠片もないのはどっちだよ。言っとくけど、あんたの僕への告白は最悪だった」

「……」

ごもっともな安曇の言葉に俺はまるで言い返せなかった。何度となく光晴に言われたことだったし、しかしまあ本人にこうもズバリと言われてしまうと悲しいものがあるが。

「とにかく、僕と九ヶ島のことはあんたには関係ない。頼むからもう関わらないでくれよ」

「……ああ、悪い」

この時点、というか安曇が罪もない男子を脅しているところを見た時点で、俺は彼を諦める気でいた。幻滅した、とまではいかないが、やはり嫉妬で暴力を振るうような相手を好きではいられなかったのだ。

「でも、やっぱり九ヶ島に告白しようとしている奴を脅すのは、もうやめてほしい。安曇にはそんな役目似合わない。告白ぐらいさせてやったっていいじゃんか。その中に九ヶ島が本気になる相手がいたって、それは仕方ないだろ? 安曇に邪魔する権利はない」

こんなことを言っても、お前には関係ないって切り捨てられるのがオチだろうと思っていた。俺の言葉で改心するぐらいならとっくにそうなってるだろうし、そもそも俺に説教される謂れもないはずだ。でも、俺はどうしても安曇にはあんなことをしてほしくなかった。だから言わずにはいられなかったのだが、意外なことに安曇は怒るでもなくなぜか俺を見て小さく笑っていた。


「安曇?」

「……確かに、上山君の言うことは正しいよ。でも1つだけ間違ってる。確かに九ヶ島は、誰が告白してきても受け入れる浮気者だけど、その誰にも本気にはならない。誰が告白したって結局無駄なんだよ」

「……それって、九ヶ島は周りからの好意に慣れすぎて誰のことも本気では愛せなくなった、とかいうちょっと可哀想な感じ?」

「いや」

安曇は悲しそうに笑うと、今の今まで自分が見下ろしていた窓辺に視線を向ける。彼につられて俺も中庭で話す九ヶ島を見た。



「九ヶ島は、いま隣にいる男…久遠が好きなんだよ」


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