[携帯モード] [URL送信]

してる」を全力で
003




失恋の上にまたさらに失恋をするという重すぎるダメージをくらった俺は、もはや再起不能なところまで追い詰められていた。安曇のためにこの男子校に通っていた俺は、隣で励ましてくれる光晴がいなかったら本当に登校拒否になっていたかもしれない。それぐらい、あの天使の存在は俺の中で大きかったのだ。







「だからー、男にか弱さとか優しさ求める方が間違ってんだって。女の子の方が優しい子多いぞ? 絶対」

「いや、女はみんなゴリラだ」

「それはお前の周りにいた肉食系女子の話だろ! あれは特殊なの! 俺の奈子ちゃん思い出してみろよ!」

「いや、あれはあれでゴリラ系……ぐっ」

ちょっと彼女の悪口を言っただけなのに問答無用で俺の腹を殴る光晴。まるで見たこともない鬼の形相で俺を睨み付けている。

「もういーよ、千昭なんか! 勝手に男に夢見て男とくっついてればいいだろ」

「いや、別に男だったら何でもいいわけじゃ……」

「じゃあ何!? 女以上に優しくて健気で可愛らしい男がいるとでも!?」

「緒川君」

すっかり熱くなっていた光晴に、愛らしい笑顔を向けるクラスメートが1人。まともに話したことはないが、彼の名は誰もが知っていた。

「あ、天谷(アマヤ)……」

「話してる最中にごめんね。さっき緒川君がいない時に吹奏楽部の南君がきて、今日パート練習の前に音楽室で話し合いするからって言ってたから。それだけ伝えたくて」

「あ、うん。わかった。わざわざごめん」

「ううん、部活頑張ってね」

しどろもどろに返事をする光晴に小さく手を振り、ふわふわした空気だけを残して去っていく天谷。その後ろ姿を横目で見ながら、光晴は声を落として騒ぎ始めた。

「やっべ、天谷ひなたに話しかけられちゃったよ! うわ〜緊張した〜っ」

「光晴……お前彼女一筋なんじゃなかったのか」

「馬鹿! 天谷ひなたはそういうんじゃねえだろ! もう顔が綺麗すぎて、何か芸能人と話した気分だもん」

「ああ……それは確かに」

うちのクラスの天谷ひなたは、男とは思えないほどの愛くるしい顔をしていて、1年の、いや学校全体のアイドルのような存在の奴だ。噂によると入学してまだ間もないのに、校内にかなりのファンがいるらしい。

「しかも顔だけじゃなくて中身もいいもんなー。部活頑張って、だって。そんなこと言われたら意地でも頑張るっつーの! さすが1年の安曇悠人と呼ばれるだけのことは……」

そこまで言ってしまってから、光晴ははっとしたように俺を見る。俺に気をつかっているのかと思っていると、奴から出たのは予想外の言葉だった。

「いるじゃん! 女以上に可愛げがあってか弱くて、思わず守ってあげたくなるような男が身近に! 千昭、安曇先輩から天谷ひなたに乗り換えちゃえよ」

「あほか」

ふざけた提案をしてくる光晴を肘で小突く。そう力も込めていなかったが光晴は大袈裟に顔をしかめた。

「何だよ、痛いだろ。俺はお前のことを思ってだなぁ」

「冗談でも変なこと言うな。だいたい天谷には恋人いるだろーが」

「……あー、木月君ね」

光晴は天谷の横に並ぶ男、木月をちらりと盗み見る。彼ら二人はうちのクラスの名物カップルで、常に一緒にいてイチャイチャしていやがるのだ。絶世の美少年と地味な男というなんとも不釣り合いな組み合わせのため、天谷のことを諦めきれない男共がまだたくさんいるようだが。

「大丈夫、あれならすぐに横取りできるって。自信持てよイケメン!」

「だからいらんって言ってるだろ。人の話を聞け」

天谷ひなたに恋人がいようといまいと、俺が彼を好きになることはない。確かに天谷は俺の理想通りの奴なのかもしれないが、可愛いと思うだけで恋人にしたいなどという発想にはどうしたってならないのだ。いくら自分の理想像が崩されたとはいえ、安曇は長年片思いしていた相手で、当分忘れることなどできないだろう。


「結局、ハンカチ返せなかったなぁ……」



先ほどの安曇と、俺を助けてくれた安曇。どちらが本当のあいつなのだろう。いや、今はもう何も考えたくない。俺は無理矢理頭の中から安曇のことを追い出し、自分の机に突っ伏した。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!