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未完成の恋(番外編)
005


「お前、それでオッケーしちゃった訳!?」

「……ああ」

颯太は、信じられないとでもいう風に、口を大きく開けて俺を凝視していた。

「やっぱすげーなー…お前」

「…それほどでも」

褒められてる感覚はなかった。だいたい間違っても褒められるようなことじゃない。しぶい顔の俺を見た颯太は、めずらしく口をとがらせた。

「でもさ、好きでもないのに付き合うなんて、相手のためにはならないんじゃないのか?」

「うるせーな、俺だって断ってるっつの」

やけに説教くさいことを言われて、俺は少しイラッときた。
俺の気持ちもわかんねえくせに。毎回目の前で、知らない男に泣かれる俺の身にもなってみろってんだ。

「だいたい向こうだって俺が好きなんじゃなくて、俺の外見が好きなんだよ」

苛立ちのあまり、冷たい言葉、というより建て前のない本音が出てくる。
考えてみれば俺に告白してくる奴の大半が初対面。自分が騒がれる存在だという自覚もある。

「…そうかな、俺は違うと思うけど」

「なんで?」

気休めともとれる颯太の言葉に、俺は眉をひそめた。

「だって成瀬は優しいから」

机にひじを突き、にこにこしながら恥ずかしげもなくダイレクトに言いきる颯太に、俺は一気に脱力してしまう。颯太のこういう所には時々調子を狂わされるが、嫌いじゃない。友達ってのは、ちゃんと中身を見て付き合える最高の関係だと、俺は思っている。だからたまには素直になってみようかと、俺はゆっくり口を開いた。

「颯太、俺は颯太のこと……」

「あっ、圭人!」

最高のダチだと思ってる、という俺の感動的な台詞は、最高のダチの言葉によってかき消された。ちょっとありのままの自分を見せようとした俺をあっさり見捨て、教室のドアへと駆け寄る颯太。あのクソ野郎、絶対もう何も言ってやんねえ。


颯太のお目当ては、1日に1度はやってくる大好きな後輩だ。すでにこのクラスの日常の一部となった光景。でも今日は何かが違った。

俺は颯太が戻ってくるのを待っていたため、当然視線は颯太に向けていた。でも今日に限り、それは俺だけじゃなかった。

ここにいるほとんどの奴が、颯太、というよりは颯太を訪ねてきた後輩を見ていた。最初は訳が分からなくて何故だろうと首をひねっていたが、その答えはすぐに見つかった。

「おい…アレが例の……」

「そうそう、天谷ひなた」

今日、颯太の後輩にはツレがいた。そいつの顔を見た瞬間、たとえまわりの会話が聞こえなかったとしても俺は誰なのか気づいた。

その男、天谷ひなたは噂以上の綺麗な顔をしていた。可愛い、なんて生やさしいものじゃない。格もレベルも全然違う。まさに血統書付き、住む世界が違う人間のようだ。
こりゃ噂になるのも頷ける。この学校の男共が放っておくはずがない。

こんな美人と知り合いなのか颯太の後輩君は。と関心を向けた瞬間、久遠の言葉がよみがえった。

『相手は同じクラスの木月圭人。四六時中一緒にいんじゃん』

変わった名前だから覚えていたが、よくよく考えれば颯太の後輩の名前は“圭人”。つまり天谷ひなたの恋人というわけだ。

わあー…、悪いけど正直言って、全然釣り合ってない。
いや、あの顔だ。釣り合う男なんてそうそういないだろう。

どういう経緯でつき合いだしたかはわからないが、とても幸せそうなカップルだと俺は思った。楽しそうに颯太としゃべる木月を、天谷ひなたは大人しくひかえめに待っている。その視線には確かな愛情が感じられた。それほどまで優しい目をしている。

しばらくして、天谷と木月は仲良く2人で帰っていった。それと共にいつもの空気に戻る教室。俺は戻ってきた颯太に今のことを尋ねようと口を開けたが、颯太の手に大きな紙袋が握られていることに気がついて、訊こうとしたことが変わった。

「颯太、何だよそれ」

「あ、コレ?」

颯太はその紙袋を持ち上げて、机に静かに置いた。

「鰺の南蛮漬け」

俺が顔をしかめる前に颯太が紙袋からタッパーを取り出した。

「俺が頼んだら、圭人が作ってきてくれたんだよ。圭人の料理、マジうまいから」

颯太がタッパーのふたを開けた瞬間、体験したことのない香りが鼻をくすぐる。紙袋の中には腐らせないためかタオルにくるんだ保冷剤が敷き詰めてあった。

「そりゃ良かったな。けど男が料理って、変わった趣味じゃねえ?」

しかも南蛮漬けって。よく知らないがそんなに手軽な料理じゃない気がする。

「趣味じゃねえよ。圭人1人暮らしだから自分で料理すんの」

「へぇー…」

俺にしたらそれでもすごいと思う。もし俺が1人暮らしをしても絶対料理なんてしない。つか出来ない。

「圭人はえらいんだよ。何でも自分でやっててさ」

高校生で1人暮らしって、ずいぶん自立した奴だ。颯太が褒めるのも当然だと思う。思う、が1つ気になることがあった。天谷ひなたのことだ。

あんな人間離れしたような美少年がすぐそばにいたってのに、颯太はまったくその話に触れてこない。まるで見えていなかったみたいに。颯太が美少年に興味がないのは知ってるが、そういう奴じゃなくても気になってしまうほど天谷の存在感は強かった。それなのにこいつは、さっきから木月圭人の話しかしない。
まあ、たぶん颯太にとって木月圭人という後輩はそれだけの存在なんだろう。しかもよりどりみどりであるはずの天谷ひなたが選んだ相手だ。よほど性格がいいんだろうな。

「お前いっかい圭人の味噌汁飲んでみ。………惚れるぞ」

あんまり真剣な顔で颯太が断言するから、俺は思わず声を出して笑ってしまった。


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あきゅろす。
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