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未完成の恋(番外編)
004


俺の苦手なタイプだ。


一目見た瞬間、第一印象がそれだった。



呼び出されたのは人気のない校舎裏。俺を呼んだ1年は、男にしては小柄すぎるし顔も可愛すぎる。一目でわかった。ダメ、苦手。

「あの、九ヶ島様…!」

これだよ、様付け。
俺にとって“九ヶ島様”は“成瀬”よりも嫌な呼ばれ方だ。普段外野からワイワイ呼ばれることには慣れたが、こう面と向かって言われると、胸にずんとくるものがある。だいたい何で様を付ける必要があるんだよ。

「僕、1年6組の紺野あおいっていいます。入学して一目見たときから、ずっと九ヶ島様が好きでした!」

中性的な顔を真っ赤にして、その紺野という男は俺に告白した。もう何度目かわからなくなるほど言われたその台詞は、俺にとってさほど特別なことじゃなかった。

「九ヶ島様に恋人がいるってのは知ってます。でも僕も、九ヶ島様と付き合いたいんです!」

まあ喧嘩のお誘いじゃなかっただけマシだ。たまにいるんだ、こんな呼び出し方して俺をボコろうって奴。

「悪いけど、俺、お前とは付き合えない」

その言葉に、感情なんてこもってなかった。いつものお決まりの台詞だ。気持ちが入る訳がない。

「──ごめん」

そういって足早にここを去ろうとする俺の腕を、紺野はつかんだ。

「待ってください!」

震える声で俺を引き止める。彼の手も震えている。

「話は終わって──」

「僕、あきらめられません!」

「…………」

そんなこと言われても、俺はそんな気さらさら起こらないのに。さて、どうしたものか。

「九ヶ島様が、僕のこと好きじゃなくてもいいんです。セフレでもいいからっ……」

絶対離さない、とでも言わんばかりに俺の腕を握る力が強くなる。

「そばに、いさせて下さい…」

ここまでしつこく懇願してくる奴は、ほとんどの確率でセフレでもいいなんて言ってくる。ひどく失礼な話だ。俺に対しても、自分に対しても。

「紺野」

俺が名前を呼ぶと彼は体をビクつかせた。俺はそのまま紺野の手を優しく振り払った。

「ほんとに好きなら、セフレでいい、なんて二度と言うな。お前もし告白してたのが俺じゃなかったら、どうなってたかわかんねえぞ」

この学校には、男同士で付き合ってる奴もいれば、平気で男とセックスのみの関係を貫いている奴だっている。たいていそんなのは好き勝手いいようにされて、最後はあっさり捨てられるだけだ。

「…そんなことありませんっ…僕が好きなのは九ヶ島様です。九ヶ島様だからなんですっ…。他の人と体だけの関係なんて……絶対嫌です」

俺を見る紺野の目は必死で、真剣だった。どうしてこんな一生懸命になれるんだ。好きとか好きじゃないとか、付き合う付き合わないが、そんなに大事なことだろうか。だいたい俺がしてることだってほめられたもんじゃない。恋人の中には2、3回会っただけ、セックスしかしてない、なんていう相手もいる。キスだけなんて相手もまれにいるが、そこに“特別”という愛情がないのなら、体だけの関係と同じようなものなんじゃないだろうか。

「悪い、いくら言われても俺はお前とは……」

きっぱり断ろうとした瞬間、すぐ近くで人の気配がした。俺は慌てて紺野を引きずり校舎の陰に隠れた。

「どうしたんで…」

「静かに! 人が来た」

俺は人差し指を唇に当てて恐る恐る様子をうかがう。ちょうど談笑している2人組の男達が通り過ぎるところだった。
そいつらが完璧に遠ざかったのを確認して、俺はほっと息を吐いた。

「…やっと行ったか。良かったな、気づかれなくて。俺と一緒にいるとこ見られたらヤバいぞ」

久遠いわく、一部の生徒の間では、俺に話しかけただけでソイツは簡単に顰蹙を買うらしい。だから俺を呼び出すのは命がけなんだと。聞いたときはそんな馬鹿なと鼻で笑ったが、用心するにこしたことはない。

「いつまでも一緒にいるとヤベェから、お前早くここから…」

言い終わる前に思い切り抱きつかれ、胸に顔をうずめられた。

「嫌です…!」

「い、いやって…」

紺野は痛いくらいにすがりついてくる。俺は胸になにか熱いものを感じて、目線をさげ紺野を見た。

「なんと言われようと、僕は九ヶ島様が好きなんです! 今日話してみて、もっと好きになりました」

俺から2歩ほどゆっくりと距離をとった紺野は、俺をまっすぐ見上げてきた。その瞳は涙に溢れかえっている。

「お願いします九ヶ島様! 僕、何でも言うことききますから…」

ぼろぼろと涙を流す紺野。泣くのは反則だと、いつも思う。こっちが悪いことをしているような嫌な気分になる。まるで激しい罪悪感だ。

俺は心の中でため息をつくと、覚悟を決め泣きじゃくる紺野の背中を優しくなでてやった。


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