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未完成の恋(番外編)
プロローグ


夏休み間近のこの日、あまりの暑苦しさにまいっていた俺は、癒やしを求めて意中の人の家に無理やり押しかけた。相手は迷惑そうな顔をしつつ家に上がらせてくれる。かなりの進歩だ。あのときからの慎重で誠実な態度が功を奏したのだ。だが、

「し、つ、こ、い」

ありえないくらいの負のオーラを発している背中に抱きついた瞬間、言われた言葉がそれだった。しかも憎悪のこもったどす黒い低音ボイスでだ。

「いーじゃねーか。俺もっと圭人に触りたい」

「う、うざ…!」

心から言われてるのはわかっている。でもそんなことでは、めげやしない俺は腰にまわした手にさらに力をこめた。

「やめろ! はなせってば!」

無視無視、聞こえない聞こえない。

「テメェ…殴るぞ!」

「おいおい、圭人はすぐ暴力にはし……ぐっ」

可愛い反抗期、かと思ったら本当に殴られた。至近距離、しかもグーで。
あまりの仕打ちに涙目な俺が頬をさすりながら倒れると、圭人は冷え切った目で俺を見下ろしてきた。

「この自己中野郎! たまには俺のいうこときけ!」

「…圭人のいうこときいたら、俺一生お前に触れねーじゃん」

「さわらんでいい!」

すさまじいまでの拒絶。ちょっぴり傷つき悲しい顔をした俺に気がついたのか、圭人は言葉をにごした。

「…だってしょうがねぇだろ。お前、いっつも自分中心で他人の迷惑考えないし……」

だんだん声が小さくなっていく圭人。真剣な発言なだけに簡単には言葉に出来ないんだろう。

「なんつうかさ、好きなら相手のことを一番に考えるってか、普通好きな奴には、気ぃ使っちゃうもんじゃねえのかな、って…」

しまいにはうつむいてしまった。話が微妙にズレている気がするのは俺だけだろうか。

「愛情の表現は、人それぞれだろ」

自分的には良いこと言ったつもりだったが、圭人の表情はさらに険しくなっていく。

「……お前って、なんで俺が好きなの」

今度は俺が顔をしかめそうになるのを必死で抑える。この手の質問はどうも苦手だ。

「好きなことに、ちゃんとした理由がいるか?」

「………俺は、欲しい」

うお。
今のセリフが俺の心を揺さぶったことに気がつかないで、落ち込んだように顔を伏せる圭人。欲しい、って言葉が俺の中で勝手に都合のいいように変換されていく。

「圭人がどう思おうと俺はお前が好きだ。ずっと、前から」

「前か、ら…?」

圭人は納得してない。俺がしたことを考えれば当たり前か。

「そ、ずっと前から。まあ気づいたのは最近だけど」

「いつだよ」

そこがどうしても気になるようだ。俺は観念して口を開いた。

「覚えてないだろーけど、ちょい前、俺ら購買で会ったことあんだろ」

「こう、ばい?」

やっぱり忘れられてたか。圭人はあんまり記憶力がいいようにも見えないし。絶対言わないけど。

「本当に覚えてない?」

「………」

ここまで言って思い出さないとは、よほど圭人にとっては、どうでもいいことだったようだ。

それにしても、懐かしい。そこまで昔というわけでもないが、最近色々ありすぎたせいで時間の経過が遅く感じる。

「…まったく覚えてない」

「そりゃ残念」

たとえ圭人が覚えてなくとも、俺にとってはなかなかいい思い出だ。あらゆる意味で、忘れられない。

「そんときのこと、詳しくきかせろよ」

有無を言わさぬ圭人の命令口調に、俺は思わず笑みがこぼれた。

「やだ」

「はあ!?」

目を大きく見開いて叫ぶ圭人。その後彼はしつこく問い詰めていたが、頑として口を開かない俺に業を煮やし、ついには怒って口をきいてくれなくなった。

悪いな、圭人。大切な思い出こそ、独り占めしたくなるってもんじゃないか。

だいたい忘れてる自分が悪いんだろー、と反抗したくなったが結局何も言えなかった。怒らせれば怒らせるほど圭人は壁を作っていく。しかもやたら高く分厚い鉄壁。破るのは簡単じゃない。

時間が解決してくれることを祈りながら、俺は圭人のベッドに横になり自分だけの思い出に浸りながら、彼の機嫌がなおるのを待つことにした。


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