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未完成の恋(番外編)




「……い、九ヶ島」

「え?」

突然、圭人がベッドに頭をこすりつけ何かをつぶやいた。俺はそれを聞き取るために圭人に近づくも顔を背けられてしまう。

「…怖い、九ヶ島」

「圭人」

肩が僅かに震えている。本当に何かをするつもりはなかったのだが、少しやりすぎただろうか。

「大丈夫か? そんなにおびえるなよ、…って」

俺が気を抜いた一瞬、圭人は人が変わったように拘束が緩んだ体をひねり、自分の拳を思い切りぶつけてきやがった。

「っ…圭人、てめぇ!」

拳が鼻をかすめ俺が怯んだ隙をついて圭人が俺の下から這い出す。自ら器用に床へと転げ落ち、壁を背にして俺を睨んだ。

「俺にさわるな! これ以上勝手なことしやがったら、許さないからな!」

圭人は目をぎらつかせて威嚇を始める。どうやら怯えていたのはフリだったらしい。いつも通りの威勢のいい圭人に戻ったことに安心しつつも、警戒心丸出しのその態度には自分が原因とはいえ少々傷ついた。

「悪かった、圭人。何もしねぇから、近づいてもいいか?」

「……」

返事を待たずに、俺は一歩一歩、俯く圭人に歩み寄ってみる。逃げない代わりに圭人はずるずるとその場に座り込んでしまった。俺は圭人の真正面に立ち、ゆっくり腰をおとした。

「…不安なんだ。いつかお前を颯太や天谷にとられるんじゃないかって。お前は俺ほど、俺のこと好きじゃないだろ。いつ俺に嫌気がさしても………いや、悪い。今のは忘れてくれ…」

自分はいったい何を言ってるんだろう。こんな姿を見せたって圭人が困るだけなのに。呆れられしまうかもしれない。

「九ヶ島」

けれど予想に反し、弱音を吐く俺を見て圭人の方から手を伸ばしてきた。俺の首筋にそっと触れ、ぐいっと引き寄せ、呟く。

「……俺は、九ヶ島が俺を必要としてくれて嬉しかった。それまで、俺はずっと1人になることが怖かったから。本当はひなたも颯太先輩も俺を大切に思ってくれてたけど、気づけなかった。九ヶ島と会って、ひなたや先輩のことをちゃんと知ることができたから、それはすごく感謝してる。でも、俺はお前を満足させられるような言葉は言えない。自分の馬鹿なプライドのせいでな。…そんな男でも九ヶ島はいいのか?」

「はっ…。今更訊くなよ、そんなこと」

今度はこちらから圭人を抱き寄せて、優しくキスをする。圭人は反応こそしなかったが、抵抗もしなかった。

「本気で嫌なら、俺のことぶん殴っていいから」

シャツをめくりあげ、むき出しになった肌に手を滑らせる。首に吸い付くたびに圭人の身体が震えた。
理性のストッパーが激しい音をたててはずれていく。我を忘れかけていた俺は、迷わず圭人のベルトに手をのばした。

「ま、待て九ヶ島。俺、まだそこまでは…」

圭人は俺の手首をつかみ激しい抵抗を始める。それでも俺は本能のままに圭人に迫り続けたが、その瞬間、後ずさりをしていた圭人が俺の学生カバンを派手に倒してしまった。

「あ、っ…悪い」

中身が乱雑に飛び出したカバンに、圭人が慌てて駆け寄る。だがこれを理由に俺から逃げようとしているのは明らかで、ついむっとしてしまった。

「圭人、んなのほっとけよ」

「だってこの袋、お前へのプレゼントだろ。もし割れ物だった、ら………」

「圭人?」

突然静止してしまった圭人の肩越しに手元をのぞき込むと、そこには封を切られた状態の茶色い紙袋があった。畑本から押し付けられた、例のアダルトなブツが入った紙袋だ。

「あ」

俺の血の気が、一瞬で、これでもかというぐらい引いた。

「なんだよ…これ…」

「待て、圭人。これはもらいモンで、断じて俺が買った訳では」

ちゃんと畑本に返したはずのプレゼントは、なぜか今俺のカバンに入っている。……あのクソ野郎、こっそり入れてやがったな!
そのブツのパッケージには、ご丁寧に使い方やその効果まで明確に記載されている。最悪だ。

「てめぇっ、俺にこんなもん使う気だったのか!?」

「ち、違う!! 別に、お前に使うつもりは」

「じゃあ誰に使うつもりだったんだ、この変態野郎!」

俺の身体を突き飛ばし、怒りに身体を震わせる圭人。俺が必死に言い訳…ではなく事実を述べるも、まったく聞いちゃくれなかった。

「いいか、よく聞けクソがしま! 今度俺に近づいたら、本気でぶっとばしてやるからな!」

「待て圭人、誤解だ! 話せばわかる」

「近づくなって言ってんだろぉがぁぁあ!」

鬼神と化した圭人は、無防備だった俺の顔をぶっ飛ばした。床に倒れる俺を無視して部屋を出て行ってしまう。

「うぅ……」

圭人の足音が、痛みに顔をしかめる俺の元からどんどん遠ざかっていった。












結局、圭人に誤解だと説明できたのはその5日後で、再びまともに会話してくれるようになったのはそのまた5日後だった。
しかもあろうことか、そもそもの発端である畑本は、怒り狂う俺を見て爆笑しやがった。それが原因で俺は畑本と学校内で大喧嘩、大乱闘。当然俺は勝ったが、親と学校が出張ってきたせいで、まさかの停学処分。最終的には怪我をした畑本に頭を下げる羽目になってしまったのだ。










「ちょっと成瀬ー? 4日ぶりに帰ってきた母親に対しておかえりもなしー? そりゃ誕生日に帰れなかったのは悪かったけど、いつものことでしょー」

「…ああ、なんだよし子か…」

「親を名前で呼ぶな! あんた、いつまでそうやって引きこもってんの。さっさと部屋から出てきなさい」

「俺の勝手だろ…。もうほっといてくれ…」

「ほっとけるわけないでしょー! お姉ちゃんも部屋にこもって全然出てこないし、まさかあんた何かしたー?」




こうして、俺の17歳のバースデーは人生史上最低最悪な1日となった。








おしまい

2010/3/17


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