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未完成の恋(番外編)



お姉さんの希望により、俺達は彼女を1人残してリビングから出ていった。九ヶ島と俺は共に部屋に戻ったが、奴の顔は無表情でまったく何を考えているかわからない。お姉さんが無事に目覚めて安堵しているのか、告白してしまったことを後悔しているのか。半分は俺のせいとはいえ、ずいぶんとシビアな現場に居合わせてしまった。

「…でも、良かったな。お姉さんにわかってもらえて」

俺なりに精一杯励まそうとしてみたのだが、ベッドに腰を下ろす九ヶ島の表情はなぜか曇っていく。何かまずいことを言っただろうかと焦る俺の前で、奴は小さく首を振った。

「ありゃ全然わかってねえよ。俺が好きだから、ただ理解できたふりしただけで」

「…そうなのか?」

俺からすれば大団円にしか見えなかったのだが、長年一緒に暮らしてきた弟の意見は違うらしい。どうりでこいつの表情が芳しくないわけだ。

「わかるわけがない、ねぇにわかるわけないんだ。…少なくとも、今すぐは」

「九ヶ島、お姉さんのこと大好きなんだな」

「はあ? 俺は別に。向こうが俺を好きなんだろ」

「おいおい、『ねぇ』とか可愛い呼び方しといて別にはないだろ」

俺の茶化したような発言に、九ヶ島は一瞬目を瞬かせる。しかし、すぐさま何か不味いものでも食ったようなしかめっ面になった。

「『ねぇ』じゃなくて『ねい』。九ヶ島寧っていうのが姉貴の名前なんだよ」

「九ヶ島ねい?」

「丁寧の寧な。変な名前とか言うなよ。気にしてんだから」

変な名前、とは思っていない。むしろ美人で優しそうなお姉さんにあったいい名前だと思う。しかし俺の話を聞かない九ヶ島はどんどん渋い顔になっていった。

「うちの母親がつけた名前だ。あいつ、自分の名前がよし子で普通だからって、俺らに変な名前あてがいやがって。普通が一番良いってのに…」

「く、九ヶ島?」

「お前も颯太もいいよな、今時の名前で」

ふてくされたように枕に突っ伏してしまった九ヶ島に、俺はどう反応していいかわからなくなった。思えばお姉さんにバレる前から、こいつはちょっとおかしかったのだ。いつもの九ヶ島がいいというわけではないが、今の奴はかなり苦手である。

「なんなんだよお前、さっきからうじうじうじうじしやがって。別人みてーで気色悪いぞ」

「なんだって?」

「だから、大人しすぎてキモいからそういうのやめ……なっ」

最後まで言い終わることなく俺の身体はベッドの上へと引き倒された。すぐに起き上がろうとするも九ヶ島の容赦のない力で押さえ付けられる。

「そうかそうか、そんなにいつもの俺が好きか。だったらもう手加減しねえよ。腹くくれ、圭人」

「お、おい。ちょっと待て、落ち着け」

当然ながら、九ヶ島は待ってはくれなかった。奴は先ほどと同じように俺の身体を足でおさえつけると両手で俺の顔をがっちり固定する。そしてそのまま俺の口に唇を押し付けてきた。そのかぶりつくような勢いと強引さに、俺はあいてる両手を使って必死に奴から逃れようとしたが、マウントをとられているせいか普段の半分も力が入らない。

「やめ、はなしっ…。おいっ九ヶ島!」

「お前、姉貴から俺のこと任されただろーが。俺を受け入れるんじゃなかったのかよ」

「馬鹿! あの状況で『俺達付き合ってないんで』とか言えるわけねーだろ!」

「ほーお」

あ、キレた。そう思ったときにはもう遅かった。
俺の腕をひねり上げてきた九ヶ島に頭を手酷く掴まれベッドに押し付けられる。こいつ、うつ伏せにする気だ。
俺を反転させるために九ヶ島が身体を浮かした時、肘で奴の顎、膝で足を攻撃してやろうと思った。だが九ヶ島には俺の考えは読めていたらしい。

「うああっ!」

「暴れんなって、どうせお互い怪我するだけなんだからな」

男の急所をつかまれて、みるみるうちに俺の身体から力が抜けた。大人しくうつ伏せにされた俺の上から、九ヶ島の嘲笑が聞こえる。なんて野郎だ!

「お前が素直になったら離してやるよ。言え、圭人」

「な、にを」

「さっき言いかけてただろ?」

うつ伏せになってて良かった。今だけは切実にそう思う。恥ずかしくて、奴の顔なんてとても見れそうにない。

「九ヶ島…」

離せクソ野郎! んなとこ掴んでんじゃねえよ! と怒鳴りつけたいところだが、それが逆効果なのはわかりきっていた。だが奴を納得させられるような発言はできそうにない。それにこんな、まるで脅しのようなやり方にも腹が立つ。柔道でもやってれば寝技をかけられたのだろうが、俺にそんな技術はない。

だが早く、早く何か言わなければ、俺はこいつのいいようにされてしまうだろう。それだけはどうしても、避けなければならなかった。


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