未完成の恋(番外編)
◆
校門付近の女子集団の中に圭人を見つけ、慌てて靴を履き窓から飛び出した俺は、状況もわからないまま圭人の名前を呼んでいた。なぜか女に囲まれていた圭人は、突然現れた俺を見て少し驚いているようだった。
「誰ー? あの人」
「ウソ、天谷くんと同じぐらいかっこいい…!」
女達のひそひそ声が聞こえてくる。どうやらこいつ等の目当ては天谷だったらしい。
気持ち的に慌てていた俺はタイミングや周りの目も気にせず、圭人に詰め寄った。
「なあ圭人、今日遅くなってもいいから一緒に…」
「……そうか、その手があったか…」
「圭人?」
1人、謎の意味不明な言葉をつぶやく圭人の様子を俺がうかがっていると、コイツときたらいきなり天谷の手をひっつかみ走り出した。
「……えっ、ちょっとひなた君!」
「あーっ、逃げられた!!」
女達が気づいた時には、すでに圭人と天谷君は数十メートル先。唖然とする俺に向かって圭人は走りながら叫んだ。
「悪ぃ九ヶ島! 後よろしく!」
……はい?
よろしくって、まさかこの天谷大好き女子達を俺が何とかしろということだろうか。
な、何で!? 何で俺が!?
あまりな扱いに俺がショックを受け茫然としていると、残された女子達が焦った様子で相談し始めた。
「ど、どうしよう追いかける?」
「でもあんまりしつこくしたら、いくらひなた君でも怒っちゃうかも…。それにプレゼントはわたせたんだし、相手が木月くんなら仕方ないよ」
「けどせっかく走ってきたのに、一緒に過ごせないなんて! 木月圭人だけいっつもズルい!」
目の前の女子達の会話を聞いているうちに、俺は圭人の心情をなんとなく察した。きっと圭人は、天谷をしつこい女達から守るため誕生日を共に過ごしているのだろう。いや、ただ単に天谷と一緒にいたいだけという可能もあるが、それはこの際無視だ。天谷のボディーガードである圭人のことだから、きっとそんな使命感があるに違いない。そう考えるとなんとなく救われる気がする。圭人に誘いをすげなく断られた俺の心が。
「あのさ、お嬢さん達。天谷君達のことはそっとしといてやってくんない? あいつら友達同士で過ごしたいみたいだからさ」
「えー、でも…」
「まだガキなんだよ、許してやって」
やべぇ、俺って悲しくなるほどお人好し。
心の中で自分を褒め称えながら、俺は女の子達に軽く頭を下げる。だがその瞬間、背中に重みを与えられ俺の身体はあっけなく崩れた。
「そうそう、天谷君は忙しいみたいだからサ」
「俺達にかまってよ」
この声は…長谷寺と畑本。コイツら、いつの間に隣に。
「つーか、いつまで乗ってんだ!」
俺の背中を圧迫していた長谷寺達を振り払うと同時に、奴らは俺の首に手を回してきた。いきなり現れた胡散臭い男共に女達は少し警戒しているようだ。
「大丈夫、この九ヶ島くんは天谷君と超仲良しの優しい先輩だから。そんなかまえなくてもヘーキヘーキ。俺達と遊ぼうぜ!」
「おい、俺は別に…」
「まあまあまあ」
長谷寺は俺の首を絞めながら、そのままぐるんと回って耳打ちしてきた。
「いいからちょっとぐらい付き合えよ。お前が来るっていったら女も来る!」
「何で俺がわざわざ誕生日に知らねえ女に媚び売らなきゃならねえんだ。だいたいコイツら天谷が好きなんだろ」
「だからー、あのかわい子ちゃん達が望み薄なのは明らかだし、そこに付け込むんだよ。お前は用事が出来たとか言ってすぐ退場すればいい。頼むよ九ヶ島、友人のために一肌脱いだってバチはあたらねえだろ」
「……」
長谷寺の顔を探るようにじとっと睨む。確かにこいつら男にはかなり酷いが、女相手ならきっと問題を起こしたりしないだろう。最近ご無沙汰らしい長谷寺の恋人が欲しい気持ちもわからなくはないし、どうせ暇なんだから断る理由もない。
「わかったよ、行けばいいんだろ」
「うっし! サンキュー九ヶ島!」
「の前に」
俺は一目散に女達の元へ戻ろうとした長谷寺の首根っこをひっつかみ、ぐいっと引き戻した。
「お前はどうせ天谷の話を餌にするつもりなんだろうけどな、絶対余計なことは言うなよ。話していいのは当たり障りのないことだけだ。もちろん圭人のことも。圭人の元同級生みてーだから、丁重にな」
「へーへー、なんだよお前、目ぇひん剥いちゃってさ」
「長谷寺!」
「わあってるよ、女相手に乱暴なことするか。つかお前こそ、ちょっとぐらい遊んだっていいじゃねえのか? 付き合えっていってるわけじゃないんだから」
「女はすぐ俺を恋愛対象にするからイヤだ」
「…すんげぇセリフだな。まあ確かに、お前にとって女は対象外。男じゃないと駄目だもんな」
「俺は…」
「じゃ、よろしくな九ヶ島!」
話をつけた途端、長谷寺はさっさと女達の元に飛んでいってしまう。その背中を見ながら俺は深くため息をついた。
…俺は、男じゃないと駄目なんじゃない。もう圭人じゃないと駄目なんだ。そんなこっぱずかしいセリフ、こいつの前でなんか絶対言わないけれど。
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