未完成の恋(番外編)
サイコな男
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春。
桜の花芽吹くこの時期、それは出逢いの季節であり、そしてまた別れの季節でもある。
俺もまた、何人かの年上と別れ、そして何人かの年下と出逢った。
「んだよ九ヶ島、ぼーっとして。ちゃんと起きてるか?」
いま俺の目の前にいる男、久遠珠希は、そのどちらにも当てはまらない。同い年で、隣の隣のクラス。もう1年の付き合いになる。
「なんつーかさ、春ってこう、ちょっと感傷的にならねぇ?」
「はあ?」
窓辺から見える桜の花を眺めながら、らしくないことを言ってみた。案の定、久遠は俺に気持ち悪いものを見るかのような視線を送ってくる。
「何言ってんの、お前」
「………久遠にはわかんねぇんだよ、俺の悲しみがさあ。もう俺は、沖野先輩に会えないんだぜ」
久遠のじっとりとした目つきを無視して、俺は卒業してしまったゆかりある人達に思いを馳せていた。
「あと多島先輩にも、日向先輩にも、森口先輩にも、村上先輩にも…」
「う、る、さ、い!」
久遠が机を乱暴に叩く音で、俺のナイーブな心はよくない方に揺さぶられる。
「九ヶ島、お前いつまでめそめそしてる気だ。卒業どころか、もう入学式から2日たってるんだぞ! いい加減気持ち切り替えろ!」
そんなことを言われても寂しいものは寂しいんだ。俗に言うセンチメンタルになっていた俺は、窓辺からの穏やかな風にあたりながら何やら腹を立てているらしい久遠を見ていた。
「だいたい部活も入ってねーくせに、なにが先輩だよ。無駄に関係持つから、んなことになんだろ」
腕を組みながら冷たい言葉を吐く久遠。しかしそのおかげで、ぷりぷりする久遠の怒りの原因がわかった俺は、ちょいちょいと彼を手招きした。
「なんだよ」
「いいから、こい」
久遠は警戒心のかたまりになりながらも俺に歩み寄ってくる。やっと手が届く範囲にきた時、俺は久遠の腕をつかみ首筋に触れキスをした。
「んっ…!?」
驚きで目をまんまるにする久遠。体が強張っている。俺は久遠に抵抗される前に唇を離し微笑んだ。
「な、にすんだよ…!」
久遠は顔を真っ赤にして逃げるように後ずさる。その様子があまりに面白く、そして可愛らしくて、さらに笑みを深くしてしまった。
「いやぁ、お前がめずらしく嫉妬なんてするから」
俺のからかいに絶句する久遠。ますます愉快だ。
「バカじゃねえの!? 俺がいつ嫉妬なんてしてた!」
「はは」
「笑うな!」
寂しい気分が少し晴れた俺は、再び人の少なくなった外に目をやる。まだ昼過ぎだが今日は短縮授業なので、もう生徒のほとんどは帰宅しているのだろう。
「……九ヶ島」
名前を呼ばれ振り向くと予想以上に久遠との距離が近かった。そして真剣な顔をした久遠にそのままのしかかられ背中が壁にぶつかる。久遠は唇を噛んで慎重に口を開いた。
「今日は、やってもいいけど……」
おや、めずらしい。
シャツに手をかける久遠の首の後ろで手を組み、そのまま引き寄せる。体勢を崩した久遠は体のバランスを失い事故のような形で俺に口づけた。いや正しくは、させた、だが。
ひととおり好きさせた後、久遠の方から唇を離す。何度目かわからないぐらい慣れた行為なのに、久遠は最初とまったく変わらない反応だ。
「無理すんな、一週間前にしたばっかだろーが。もっと体を大事にしろ」
どれだけ優しくしたって、やられる方に負担がないはずがないのだ。しかもここは学校の空き教室。痛がりのコイツに無理はさせたくない。それなのに。
「一週間も、だろ。お前がそんなにしないで、平気なわけがない」
面と向かって悪口を言われた。発情期のオスじゃあるまいし、そこまでサカってたまるか。
「………もしかして、他の奴と、した?」
おそるおそる、といった感じで久遠は俺に尋ねてきた。まったく、そんな顔するぐらいなら訊かなきゃいいのに。
「してない」
これは本当だった。数多と付き合ってる奴がいるが、俺はそこまで欲求不満でもない。現にキス以上の関係になっていない奴だっている。俺は真性のゲイだが、男に身体は求めない。
「でも今日は駄目。これから先約あるし」
「………あっそ」
一瞬、久遠の瞼と眉がくっつきそうなくらい近づいた。だがすぐにいつものすました表情に戻る。
「そうむくれんなよ。しょうがねえだろ? 約束なんだから」
「なっ……お前がどこで何しようと、俺には全然関係ない!」
ふん、本音じゃないくせに。久遠の考えてることはまるわかりだ。
「俺はいくらでもお前に触りたいけど、お前の体に負担かけるくらいなら、一緒にいれるだけで満足」
「…………バカじゃねえの」
そんな軽口たたきながらも久遠の顔は真っ赤だ。俺は彼の体をそっと起こし自分も立ち上がった。
「そういう、変に優しいのやめろよ…」
「ん?」
久遠は赤く染まった頬を隠すためなのか、そのまま膝に顔をうずめる。俺は彼の頭を優しくなで教室を後にした。
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