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未完成の恋(番外編)




あ、俺その日無理だから。


そうアッサリと告げられたのは、俺の誕生日、夏休み明け3日前のことだった。

せっかく勇気を振り絞ってデートに誘ったっていうのに、返ってきたのはそっけない返事。そればかりか、実はその日は誕生日なのだと打ち明けるとアイツは少しびっくりした後、じゃあこれやるよ、と食べかけのチョコレートをよこしてきやがったのだ。俺はショックのあまり、しばらく言葉が出なかった。

「圭人の馬鹿野郎…」

1人寂しく迎えた誕生日の朝、俺は自分の部屋で圭人がついでとばかりにくれた板チョコを見つめていた。目覚めてすぐに携帯を確かめたが、友人知人からのおめでとうメールは入っていても圭人からのメールはなかった。

「圭人の馬鹿野郎ー…」

俺が椅子に座りながら膝を丸めて落胆していると、部屋のドアが突然開き鬼の形相をした姉が入ってきた。

「ッと成瀬! 起きてるならさっさと着替えて! 今日から学校でしょ」

「…入るときはノックしろって言ってんだろ」

「あんた、次そんな口きいたら明日から朝ご飯作ってやんないから」

「……」

今年で25になる俺の姉は、めったに帰らない両親のかわりに家事いっさいを引き受けていた。そのせいかいつもこの家の支配者のようなツラをして、思春期真っ盛りの弟の部屋にノックもせず入ってくる。けれど姉がずっと親代わりをしてくれていたのも事実で、そのことが理解できる年になった俺としては、なかなか頭が上がらない。

「今日あたし帰らないから、夜はどっかで食べてきなさい。お金はリビングのテーブルの上」

「帰らないって…何で?」

「馬鹿っ、今日あんたの誕生日でしょうが! 彼女の1人でも連れ込みなさいって言ってんの!」

「だから彼女なんていないんだって…」

だって俺、ゲイだし。
この一言が言えないまま早数年。こんな状況で軽く告白することじゃないが、どうにも心苦しい。
落ち込んだ俺の気分を察したのか、姉貴の手が首にまわされる。その動きは、なんとなく同情的だった。

「え、まさかほんとに女いないの? 別に隠すことないんだからね」

「だから何度もいない言ってんだろ」

「…ああ、だから男子校なんかやめろって言ったのに! もったいない!」

悲しみに染められた声で叫ぶ姉は俺をさらにきつく抱きしめる。つーか、もったいないって、いったいどういう意味だ。

「…可哀想ななーちゃん。あたしがいい人紹介してやろっか」

「いい、俺ねーちゃんと違って年上好きじゃないから」

「……その呼び方禁止って言った」

「じゃあ、『なーちゃん』もやめろ」

「人前では呼んでないじゃん」

これだから、うっかり人を家には連れてこられないのだ。ブラコン気味の姉のせいで俺がシスコンだと思われてしまう。

「でも成瀬、好きな子はいるよね」

やっと俺から離れた姉貴は壁にもたれかかり、ヤな感じの訳知り顔で笑った。

「…なんでそう思う」

「勘。でも当たってた。ねえ、その子を誘ってみたら? きっとうまくいくわよ」

「もう断られた」

「どうして? 彼女でもないのに誕生日を2人きりですごすなんて重いとか?」

「ちげえって。なんか友達の誕生日とかぶってんだと。だから絶対無理だって」

「それは…運がないわね」

まったくもってその通りだ。俺の誕生日はあろうことか、圭人の大親友である天谷ひなたと同じ日だったのだ。実のところ、俺はこの事実を天谷から聞いて知っていた。当然知った時は驚いたが、その後色々ありすぎてすっかり頭から飛んでしまっていたのだ。いや、理解はしていても重視していなかった。これ以上の不運はないというのに。

「ねえ、成瀬。もしかしたらその子、本当は成瀬と一緒に過ごしたかったのかもよ。でも友達の誕生日は無碍にできないでしょう。だから夕方からでも会えないかって、もう一度誘ってみなさい。遠慮するなんて、あんたらしくもない」

いつもえらそうな姉貴の命令に近いアドバイスはたいてい鬱陶しいだけだが、今日に限っては違った。
指摘されてようやく気づけた。ちょっと圭人に冷たくされたぐらいで諦めるなんて、まったくもって馬鹿らしい。

「…確かに、そんなの俺らしくないな」

「頑張って! 成瀬なら絶っ対大丈夫だから。あたしが保証する」

俺がやる気を取り戻すと、姉貴は満足したのか部屋に背を向け出ていこうとした。俺は着替えるための準備をしながら、姉貴を呼び止めた。

「あのさ、俺一応誘ってみるけど家には呼ばないから。あと、今度入るときはノックしろよ」

「そんなこと言ってる余裕があるなら仕度して。いつまでも夏休み気分じゃ駄目なんだからね。――あ、そうだ」

姉は何かを思い出したらしく、ひょこっと顔だけ俺に見せて微笑んだ。

「誕生日、おめでとう」

「……」

俺が返事をする前に、階段をおりる姉貴の足音が聞こえる。今更かよ、と心の中でツッコミを入れながらも、無性に気分が高揚してくるのを感じた。けれどその後すぐに俺はやっぱりシスコンなのかもしれないと思い、激しく落ち込んだ。


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