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未完成の恋(番外編)
エピローグ



トントン、という規則的な音で目が覚めた。圭人のベッドで横になっているうちに、いつの間にか本当に寝てしまったようだ。寝ぼけて頭が働かなかった俺は、すぐにはその音の正体がわからなかった。けれど意識がしっかりしてくると共に、今まで何度となく耳にしたそれが何の音かはすぐに気づいた。

俺ははずみをつけて体を起こし、ぼやける頭を押さえながら立ち上がる。台所の方を覗くと案の定、圭人がまな板の上で何かを切っていた。もうそんな時間か。俺は壁にかけてある時計で時刻を確認しながら、圭人に気づかれないようゆっくりと近づいた。圭人の後ろ姿を見ると、どうしても飛びつきたくなってしまう。

「やめろ、包丁持ってるんだぞ」

俺が3歩も近づかないうちに、圭人は後ろを振り返らないままそういった。それは包丁を持ってるから危ないぞ、という意味ではなく、それ以上近づいたら刺すぞ、といっているかのような口ぶりだった。

圭人は今でも俺に冷たい。それは当然だ。むしろ俺と普通に話してくれることの方が驚きだった。俺が圭人にしたことは最低だし、けして許されはしないだろう。弱みにつけ込んで強姦なんて、まともな人間のすることじゃなかった。あの時の俺は圭人を無理やり組み敷くたび、ひどい罪悪感に苛まれていた。

体だけでいい、なんて、どうして思ったりしたんだろう。

俺は圭人を驚かせないようゆっくりと近づき、彼の肩をそっと抱いた。もちろん圭人の顔は見えなかったけれど、苦悶の表情を浮かべているであろうことは容易に想像できた。

「ごめんな、圭人」

「な、なんで謝るんだよ!?」

また俺が何かよからぬことをしたんじゃないかと焦る圭人。切りかけの玉ねぎを放置して包丁を置き、まわりをきょろきょろ見回している。

俺は笑顔で圭人の頭をなでてから、彼から離れた。急に喉の渇きを覚え断りもせずに冷蔵庫を開ける。その瞬間、気になるものが目に飛び込んできて俺はそれを手に取った。

「お前もそれ好きなのか」

圭人は俺が持っていたフルーツ牛乳を見て、意外な共通点を見つけたとでもいうようにそう尋ねてきた。

「昔はそんなにだったが、今は好きだ」

俺が答えると圭人は途端に笑顔になる。颯太に会いに来る圭人はいつもそんな顔をしていた。

「俺も昔は嫌いだったんだけど、中学んときから飲めるようになったんだよ。慣れるといいもんだな」

言い終わると同時に再び包丁を持ち、玉ねぎを切り始める。その手つきは手練そのものだった。

「飲みたかったら飲んでいいぞ」

動かない俺に気づいたのか、圭人は玉ねぎをみじん切りにしながら呟く。その好意すらも俺は奇跡のように感じていた。

期待してもいいのだろうか。机に並べられた2枚の皿も、1人で食べるには多すぎる材料も、すべてが俺を自惚れさせてしまう。
圭人、待っていればお前は俺を受け入れてくれるだろうか。
俺は、期待してもいいんだろうか。




再び圭人に近づいた俺は、彼が玉ねぎを切り終わるのを待ってから、その背中に思い切り飛びついた。

「それより俺、圭人が作った味噌汁が飲みたいなあ」

「…………それ、飲み物じゃねえじゃん」












end

2008/9/18


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