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未完成の恋(番外編)
019


その後はもう俺の思惑通りに行き過ぎて、顔がにやけないようにすることに必死だった。案の定、俺の言葉を聞いて逆上した木月は、本性を現し俺につっかかってきた。2人きりで話そう、と言った俺に大人しくついてきた木月を見て、内心小躍りしそうだった。

俺は木月を体育館倉庫に連れてきた。誰にも話をきかれたくなかったからだ。木月がこんな間近、しかも俺と話すためにここにいる、なんて。それだけで俺の気分は高揚した。

倉庫に入った瞬間から、木月の目はいつもの先輩を慕う暖かい眼差しからは、かけ離れたものになっていた。俺はこの目が好きだ。あの時と同じ。大切なものを守ろうとする目。




「…お前ひなたのこと好きじゃないんだろ! なんでそんな飼い殺しみたいなことすんだよ!」

狭い体育館倉庫の中に木月の怒鳴り声が響き渡る。木月は俺のへらへらした様子を見て、さらに怒りが膨れ上がったようだった。

「んー…俺はひなた嫌いじゃねえよ。ま、好きでもねえけどな」

木月の怒りに満ちたまっすぐな目を見たくて、俺はわざと怒らせるようなことを言った。ついにキレたらしい木月は、俺の胸ぐらを乱暴につかみ立ち上がらせる。

「いい加減にしろよテメェ! 俺は今すぐにでもお前をボコボコに出来るんだ。それなのに、なんで殴らないかわかるか? え? お前を殴ったらひなたが悲しむからだクソ野郎! テメェがどんなに最低な奴でもな、ひなたはテメェが好きなんだよ!」

木月の必死な様子に俺の心はチクッと痛んだ。俺と木月はある意味同じ境遇にある。いくら好きでいても、意中の相手は自分を好きになってはくれない。彼にはもう、好きな人がいるからだ。

「頼む九ヶ島…何も言わずにひなたと別れてくれ。アイツを騙すのは、もうやめてくれ」

震える声で大嫌いなはずの俺に懇願する木月。俺はそんな彼の姿を見て、いたたまれなくなった。

「…騙してるつもりはねぇんだけど。つうかそんなに天谷ひなたを愛しちゃってるなら、なんでお前ら付き合ってねえの?」

それこそが最大の謎だ。端からすればどう見ても相思相愛なのに、木月は天谷に気持ちを伝えたことはないのか。
そう訝しがっていた俺は、次の木月の言葉に唖然としてしまった。

「違う。ひなたは俺の親友だ」

「…!」

生まれてから今までで、ここまで驚愕したことはないかもしれない。うつむく木月の口調はけして強がりなんかじゃなくて、ただ事実だけを言っていた。俺の考えていたことすべてが一瞬で覆される。ショックだった。木月が天谷を親友としか思っていなかったことにじゃない。俺は知りたくもないことを知ってしまったんだ。



木月の口から真実を聞かされるまで、俺には自信があった。いくら想っても報われない天谷より、俺のことを好きになってもらえる自信が。それこそが俺の得意分野といってもいい。だからこそ木月をこうやって誘い込んだんだ。言うつもりだった。天谷を他人に犯らせるなんて嘘だ。俺はお前が好きなんだ、って。

でももし木月と天谷が、恋愛感情ではなく友情で結ばれていたとしたら? 友達ってのは、ちゃんと中身を見て付き合える最高の関係だ。そこには一つの懸念も駆け引きもない。親友に他に愛している人がいたとしても、自分が親友を好きじゃなくなることはない。それが恋愛との最大の違いだ。つまりいま俺が確実にわかることは、


木月圭人は絶対に、俺を好きにはならない。



認めたくないが、それが純然たる事実だった。自分に置き換えてみればよくわかる。俺はいくら猛アピールされても、親友の片思い相手なんか好きにはならない。それはきっと木月だって同じはずだ。


だとすれば俺は、いったいどうすればいい。あきらめるか、木月を。本当に木月を想うなら、彼と天谷の友情が壊れる可能性があるようなことはするべきじゃない。潔く身を引くべきだ。

でもこの時に限って、俺はそんな考えを認めたりしなかった。木月のために自分を抑えて身を引くなんて絶対出来ない。
だって、そんなの、








俺らしくない。











前までの俺なら、ここであきらめていたかもしれない。でも俺はもう以前の俺とは違う。他人の迷惑なんか考えてやるもんか。何を言われても自分がしたいことをするだけだ。


「いいぜ」


了承の言葉と共に、うつむいていた木月の顎に手をかけその瞳を見た。そう、こうなることが俺の望みだった。

「天谷ひなたと別れてやっても、いい」

「ほんとか?」

途端にほっとしたような顔になる木月。これから自分がどうなるかなんて、思ってもいない顔だ。
俺は逃がさないとばかりに木月の肩をつかみ、溢れる征服欲を少しだけ満たした。


木月、俺はお前が好きだ。天谷に囚われているその心も、少しの迷いもない真っ直ぐな瞳も、全部好き。
だから俺は、お前を自分のものにしたい。


「そのかわり──」


たとえそれが、体だけだとしても。


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あきゅろす。
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